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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第165話 反転した世界11



「ロイド!」


 ジークフリートと一緒に寮の廊下を歩いていたロイドは、背後からかけられた珍しい人物の呼び声に振り返る。

 

 門限はすでに過ぎているが、申請すれば学園内の寮へは行き来することが出来るのだ。以前はこの寮でロイドの同室だったジークフリートだが、特別クラスが設置されてからはこの寮を出て王族専用の創智寮へと入っている。

 ロイドは今宵、ジークフリートとともに隠れてワインを飲もうと友人の部屋に向かっている最中だった。


「なんだ、サミュエル。お前が僕に用など珍しいな」


「フィーラが倒れた」


 開口一番、サミュエルの口から出た言葉に、ロイドの身体から血の気がひく。


 精霊祭からこちら、めずらしくもフィーラとは会えていない。一度教室へと訪ねて行ったが、入違ったのかフィーラはいなかった。

 一週間程度会えないことはさほど珍しいことでもなかったし、ニコラスが捕まったことで油断してもいた。


 体調が悪いと言う話も聞いてはいなかったが、前夜祭、本祭、後夜祭ともに、フィーラは精霊姫候補として出席している。体力面もさることながら、精神面でも疲れがでてもおかしくはない。


「無事なのか⁉」


「見た限りは眠っているだけのように見える」


 サミュエルの見た限りはという言葉にロイドの胸に不安が広がり、入学当初の記憶が蘇ってきた。


「医務室に……」


 走り出そうとしたロイドをサミュエルが制止する。


「医務室にはいない。フィーラは聖騎士によって大聖堂へ運ばれた」


「大聖堂⁉」


「リース医師も同行している。滅多なことにはならないだろう」


 サミュエルの言葉を聞き、ロイドはようやく胸をなでおろした。メリンダの医師としての腕は信頼している。彼女がついているのなら、安心だろう。


 ロイドが落ち着いたのを見たジークフリートが疑問を口にする。


「しかし……フィーラ嬢がなぜ大聖堂に? もしかして彼女が精霊姫候補だからですか?」


 ジークフリートがサミュエルに訪ねる。ジークフリートからのその問いに、ロイドが目を見開いた。


「ジーク……?」


「? どうした、ロイド」


 驚くロイドに、ジークフリートも驚き、そして訝しんでいる。それはロイドの知っているジークフリートのとる態度ではない。


「お前……」


 ジークフリートが周囲に隠し続けて来た秘密。その秘密に、ロイドはある程度の予想がついていた。もし、ロイドの予想が当たっているとしたら先ほどのジークフリートの言葉はおかしい。

 

 フィーラが何故大聖堂へ連れていかれたのか。その答えなど、本来のジークフリートならば知っていて当然なのだ。


「落ち着け、ロイド」


「サミュエル……?」


 サミュエルがロイドに近づき、小声で告げる。


「俺たちは恐らく精神か記憶に精霊からの干渉を受けている」


「何だって?」


「数日前から違和を感じていたが、その違和が何なのかわからなかった。きっと大聖堂へ行けばその理由がわかるはずだ」


 サミュエルの言葉に、ロイドの心臓が大きく音を立てる。


 サミュエルは優秀だ。サミュエルの優秀さは周囲が理解しているよりもさらにその上を行く。通常記憶に干渉されていた場合、そのことを自覚することは難しい。しかしそれをサミュエルが言うのならロイドは納得することが出来た。


「俺たちも連れて行けと言ったが……」


 サミュエルは後ろに控えるジルベルトを振り返る。サミュエルの視線を受けたジルベルトが小さく頷いた。


「サーシャ・エーデンに断られた」


「サーシャ?」


「サーシャ・エーデンは精霊姫、オリヴィア・コンスタンスの姪だ」


「……!」


「そのサーシャ・エーデンがエルザ・クロフォードは連れて行った」


「エル⁉ 何故エルを……。フィーラ嬢とエルは関係ないだろう!」


 今度こそ、ジークフリートの発した言葉にロイドは驚愕する。ジークフリートの従妹であるエルザとフィーラは仲が良い。互いに愛称で呼び合う仲だ。そのことはもちろんジークフリートも承知しているはずだった。


「なるほど……そういうことか」


 ジークフリートの言葉にロイドが頷く。


「何がわかった?」


 サミュエルからの問いに、ロイドが答える。


「おそらく干渉されている記憶はフィーに関してのものだ。お前にもジークにも守護精霊がついているから、かなりの力が働いているということか」


「おい、何の話を……」


「ジーク。とりあえず黙って聞いていろ。何か思い出したことがあれば口を挟んでいい」


 ロイドの剣幕に、訳が分からないという表情をしながらもジークフリートは素直に口を噤んだ。


「ジークもフィーの存在自体は覚えているようだな。では消えたのはここ最近のフィーと関わった際の記憶か? ジークは昨日まで国にいたから、気づかなかったな」


 ジークフリートは現在、兄に代わり王太子の業務をこなしている。ジークフリートだけではない。数日前に行われた精霊祭の後始末で、聖五か国の王族はここ二、三日は休みをとっていたはずだ。


「ジークフリート殿下がフィーラと会ったのは学園に入ってからだったな。では学園に入学したあたりからで良いだろう。お前は何を覚えている、ロイド」


「……何を覚えている、か。案外難しい質問だな。まずは……フィーは精霊姫候補を外されたはずなのに、学園では特別クラスになった。フィーに惚れたソーン家の馬鹿息子に薬を盛られた……」


「まて……。俺は知らない」


「はっ? ……そこからか。お前よく何かがおかしいなんて気づいたな」


 フィーラが薬を盛られたことは、王家には報告してある。もちろんサミュエルも知っているはずだ。それを知らないと言うことは、ほとんど学園入学の頃からの記憶に干渉されていると思っていいだろう。


「フィーラが大聖堂へと連れていかれるまでの一連の状況が、俺の記憶の中にある情報からでは到達しえない状況だった」


「……ようするに勘だろ?」


「……違うが、もういい。続きだ」


「ああ。あとは、デュ・リエールに魔が現われフィーが襲われた……」


「おい……それは本当か?」


「ああ、ちなみに俺もお前もその場で昏倒しているぞ。ジークだけは最後まで意識があったらしいな」


「……」


「覚えてない……」


 サミュエルは眉を顰め、ジークフリートはどんどんと顔色が悪くなっている。


「それから学園で行った模擬戦でまた魔が出て、そこでフィーとエルザが魔に襲われているな」


「なんだって! エルは無事だったのか⁉」


「無事だったから今普通に生活しているんだろうが」


「そ、そうだな」


「学園にも魔が出たと言うのか?」


「ああ、しかも三体だ。お前もその場にいたぞ?」


「……デュ・リエールの時のことも、その時のことも俺は覚えていない。フィーラに関することだけではなく、魔に関することも記憶が書き換えられているのか?」


「……そうかもしれないな。あとは、エルザと親しくなって夏季休暇にフォルディオスに行っているが、そこでもまた魔が出ている。覚えているかジーク?」


「覚えていない……」


 そういったきり、ジークフリートが絶句する。顔色は今や青くなっている。


「その魔にはフィーが一人で会っている。ああ、そのとき水路に落ちたと言っていたな」


「おい……何をやっているんだ、あいつは」


「まだあるぞ。精霊祭の前夜祭ではソーン家の馬鹿息子にかどわかされ、そして、今回のことか」


 精霊祭の前夜祭はつい最近のことだ。ニコラスを牢から出した人物の目星はついているが、いまだ確保には至っていない。

 

 今回のこの記憶への干渉をアーノルドが一人で行ったとは考えてはいないが、事件が短期間に起こっていることといい、同じ手の者たちの仕業であることは間違いないだろう。そもそも特定の人間に関しての記憶を消そうなどとは、普通の人間なら思うわけがない。


 ロイドの話を聞いたサミュエルが大きく息を吐きだす。何事か考え込んでいるようだ。


「……どうやらお前はすべて覚えているようだな」


「おそらくな。だが、覚えていないことを思い出すのは無理だから、もしかしたらまだ抜けている記憶があるかもしれない。しかし、この記憶の不一致は一体何の差だ? フィーからの愛情か、あるいはフィーに対する愛情か……」


「……あり得るな」


「おい、冗談だ」


 真剣な表情で頷くサミュエルに、ロイドが眉を顰める。


「いや……フィーラに近しい者には記憶の干渉が緩いのかもしれない。この場合の近しいとは血が近いという意味だ」


「血縁か……。いや、だがサーシャという令嬢はどうなんだ? それにエルザは連れて行ったんだろう?」


「サーシャ・エーデンとエルザ・クロフォードにこれまでの記憶があるかどうかは確かめていない。だがサーシャ・エーデンがエルザ・クロフォードを連れて行って俺とジルベルトを連れて行かなかった理由には心当たりがある」


「それは昔お前が精霊姫から聞いた予言のことか?」


「……そこまで話したのか」


「それも記憶にないのか……。フィーに関することはとことんだな」


「フィーラの存在を記憶から消したというわけじゃないならば、学園入学からこれまでのフィーラに関する記憶を変えたということで間違いないだろうな。お前以外は皆フィーラに対する印象が真っ新な状態だ。……いや、真っ新ではないな。ジルベルト。お前のフィーラに対する印象はどうだ?」


「……俺のメルディア嬢の印象は、あくまで噂の域をでません」


 ジルベルトが言いにくそうに、だがはっきりと口にする。


「噂ね……。ああ、なるほど。フィーを貶めるためにやったことか。フィーが変わったのは学園入学前。学園に入学してからフィーと出会った者たちの記憶に干渉されているのか。ん? でもサミュエルも干渉されているな。お前は学園入学後フィーに出会ったわけじゃない。やはり僕が覚えているのは血縁だからか? 父様に確認すればわかるかもしれないな、父様もすべて覚えていたら当たりだ」


「……どのみち、やはり、予言通りに事を運ぼうとしている奴らはいるということだな。エルザ・クロフォードは予言には出てこない。そして精霊姫が予言を話していた相手は、おそらくサーシャ・エーデンだ。サーシャ・エーデンは予言の内容を知っている。そして記憶に干渉されていない。だから予言に出てこないエルザ・クロフォードなら安心だと思い連れて行ったのだろう」


「……君たちが何を言っているのかはわからないが……、精霊が私たちに干渉し特定の人物、この場合はフィーラ嬢に関する記憶を勝手にいじっているということでいいんだな?」


「そうだな」


「なぜ、そんなことをする必要がある。なぜフィーラ嬢なんだ?」


 ジークフリートの疑問は事情を知らない者にとっては当然のものだ。


「……おそらく、フィーが次の精霊姫だからだ」

 

 フィーラが次の精霊姫だということは直接誰かから聞いたわけではない。記憶をなくす以前のジークフリートの態度からロイドが推測したまでだ。


 しかし、そのことについても、それが根本的な原因ではないとは思っている。しかしサミュエルの記憶が完全ではない今、予言のことまでジークフリートに話すわけにはいかない。


 ロイドの言葉に、ジークフリートだけでなく、ジルベルトも目を見開いている。だがサミュエルは驚いていない。


「な……! そんな……まだ一学年も終わっていないんだぞ」


 精霊姫の選定は丸三年の猶予があるはずだった。それを一年経たない今、すでに後継が決まっているなどと、確かに誰も考えないだろう。


「精霊王の考えることなんて僕にはわからないが、フィーを選んだということは見る目だけはあるようだな」


「おい……不敬だぞ、ロイド」


「この状況を防げなかったんだ。これくらい言わせろ」


 ジークフリートの諫めを、ロイドは受け流す。


 こんな大掛かりな記憶の書き換えが行われたと言うのに、そのとき精霊王は何をしていたと言うのか。文句の一つも言いたくなるというものだ。


「正確には次代の精霊姫だからという理由だけではないだろうがな」


「それはあえて言わないでおいたんだ。それより、お前はやっぱり驚かないんだな」


「フィーラを連れて行った聖騎士がフィーラに対し、このお方と言った。それで大体の予想はつく。サーシャ・エーデンも、精霊姫とフィーラが同時に倒れるのは尋常なことではないと言っていたしな」


「精霊姫も倒れたのか⁉」


 ジークフリートが驚きの声をあげる。


「そうらしい」


「当代の精霊姫と次代の精霊姫であるフィーが同時に狙われたと言うことか。確かにそれは尋常ではないな」


「何をそんな悠長な……」


「精霊王をも出し抜く何者かに干渉されている以上、この事態にたいして僕たちが出来ることは何もないだろうさ。サーシャ・エーデンがサミュエルとジルベルトの同行を拒んだと言うのなら、僕だって拒まれるかもしれないからな」


 サミュエルから聞いた予言には、ロイドも重要人物として出てくる。同じくジークフリートもだ。

 サミュエルの言う通り、おそらくサーシャは現状フィーラに害をなすかもしれない人間をフィーラに近寄らせないようにしているのだろう。


「今は意識のないオリヴィア・コンスタンスに問いただすことはできないが、大聖堂へ行けばサーシャ・エーデンがいる。そこで詳しい話を聞こう。一度王宮へ戻り俺とロイドは大聖堂へと向かう。ジルベルト、お前はそのまま王宮で待機していてくれ」


「わかりました」


「ロイド、私に何かできることはあるか?」


「お前が一緒に来ても拒まれるだろうしな……」


「ジークフリート殿下、貴殿はフォルディオスに帰りすぐに立太子なさってください」


「サミュエル殿下……何を」


「これから先、おそらく三年待たずして精霊姫の交代は行われます。その儀式の場には聖五か国の王の他、王太子が伴われます。次代の王に儀式を見せ、引き継がせるために。だが今のフォルディオスは王太子が不在。あなたのお気持ちはわかるが、世継ぎがいるにも関わらず王太子が儀式に参加できないとしたら、フォルディオスの威信に関わるのでは?」


「……わかった。いい加減私も覚悟を決めよう」


「そうしてください。俺同様、あなたは新たな聖五か国の王となり、次代の精霊姫を支える人間だ」



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