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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第160話 反転した世界6



 翌日もフィーラたちは三人揃って食堂へと来ていた。今日は騎士科の生徒は少なく、周囲に人はまばらだ。フィーラたちはいつもの場所で昼食をとることが出来た。


「やっぱり、こっちの方がいいわね」


 サーシャはナポリタンスパゲティを食べながらご満悦だ。


「そうですわね。わたくしも今日はカレーライスの日だったので、こちらに座れて良かったですわ」


 最初一週間に一度だったカレーライスの日は、今では二週間に一度になっていた。もちろん、その日に食べられなくとも別の日にはちゃんと食べてはいる。


「……何だ、カレーライスの日とは」


「カレーライスは中毒性があるのです。本当は毎日……はさすがに飽きましたが二週間に一度は食べたいくらいなのです。ですが、それだと少々カロ……栄養を取り過ぎてしまうのでわたくしはカレーライスを頼む日を決めているのです」


「中毒性って……それはあなたがそれほどにカレーライスが好きってことよね?」


 まさか本当に中毒性のある素材が入っていやしないわよね。そういってサーシャが眉根を寄せる。


「もちろん! おかしな素材は入っていませんわ!」


――危なかったわ! わたくしの不用意な一言で大事になるところだったわ……。


「本当、変な子ね。とても公爵令嬢とは思えないわ」


 サーシャの言葉に、フィーラはわずかに唇を尖らせる。カレーライスを好きだと言うだけで変人扱いされるなど、フィーラとしては納得できない。


 しかしフィーラの感覚はやはりこの世界の人間とは多少異なっている。いくらフィーラが言い募ったとしても、サーシャに理解してもらえるかは疑わしい。それなら反論せずに無難に処理した方が良いだろう。結局それほど大したことではないのだから。


「ああそうそう。言い忘れていたんだけど、私今日昼休みに先生の手伝いをしなくてはならないのよ。食べ終わったら先に帰るけれどいい?」


 フィーラやクレメンスなどはまだ半分も食べ終わっていないのに、サーシャの皿はすでに残り少なくなっている。


 一度行動を別にしても何も起こらなかったこともあり、サーシャも休憩ごとにフィーラの席に来るような行動はとらなくなった。クレメンスと友人になったことも大きいだろう。


――サーシャがクレメンスと仲良くなったのは昨日のことだけど、やっぱりサーシャもすぐにクレメンスが信頼に足る人だと気づいたのね。


「ええ。クレメンスも一緒だから大丈夫よ」


 そうは言ったところでクレメンスには意味がわからないだろうが、紳士的なクレメンスは女性を一人残して行くような真似はしないだろう。もちろん、サーシャ同様、クレメンスにも用があるということなら仕方がないが。


「……ちゃんと食べ終わるまでついているから心配するな」


「よろしくね。この子目を離すとすぐ厄介なことに巻き込まれるから」


「そんなことないわよ」


「そんなことあるわよ。じゃ、お先に失礼するわ」


 ナプキンでささっと口元を拭い、サーシャは給仕を呼びとめて席を立った。


「……サーシャ嬢は友人思いだな」


「ええ……。本当に感謝しているわ」


 最初はサーシャに対して遠慮をしていたフィーラだったが、今は気の置けない関係になっている。

 オリヴィアから前世の世界の話を聞いていた影響からか、サーシャにはエルザよりも前世の友人に近い感覚で接することが出来きていた。






 サーシャが去ってからしばらくして、フィーラたちも食事を終えた。ゆっくりと食後の紅茶まで飲み干し、そろそろ帰ろうとしていたところに声をかけられた。


「ここにいたのか。探したぞ」


 そこには微笑むハリスが立っていた。


――ハリス殿下……今日は機嫌が良いわね。


 昨日のハリスは、フィーラが怒らせてしまったため気分を害して去ってしまった。しかし、昨日の今日だと言うのに、ハリスの機嫌は良さそうに見える。


 ハリスはフィーラとクレメンスの座るテーブルの椅子をひき、腰を下ろした。


――……今帰ろうとしていたのだけれど……まあ、しょうがないわね。


 王族であるハリスを、あまり無下に扱うことも出来ない。フィーラはクレメンスと視線を合わせ小さく頷き合った。


「ハリス殿下。今日はどういったご用事で?」


 フィーラの問いには答えないまま、ハリスはなぜかフィーラの手を取り、フィーラの瞳を見つめて微笑む。


「え? ハリス殿下?」


 フィーラの知る限り、いつも表情に乏しいハリスが微笑んでいるのは珍しい。そしてそれがフィーラに向けられるなど、なおさらだ。


――まあ、とはいえ、わたくし普段からハリス殿下と付き合いがあるわけではないし……顔見知りになれば意外と豊かな表情を見せてくれるのかもしれないわ。……あと接触が多いわね。

 

 そのそろ手を離してほしいと言おうとしたフィーラだったが、ハリスはフィーラの手を握ったまま話はじめてしまった。


「昨日あれから、お前に言われたことを考えたんだ。確かに俺は精霊士に憧れていた。俺の精霊と契約した日から、王族としての役目とは別に、精霊士になった自分の姿を想像していた。しかし憧れれば憧れるほど、現実の自分との相違に悩み、どうにもならない運命に腹が立った」


「ハリス殿下……」


――ハリス殿下の口から精霊士に憧れていたと聞くと、やっぱり少し不思議よね……。


 王族らしいハリスがどちらかと言えば裏方を得意とする精霊士に憧れていたなど、昨日の言葉を聞いていなければとても信じられなかったかもしれない。


「だが、お前の言う通り俺は精霊士を目指しても良いのかもしれない。やってもいないうちから諦めるのは俺の性には合っていなかった。お前に言われてようやく気づいたんだ」


「……挑戦しないうちから諦めては、挑戦しなかったことに一生捕らわれてしまうかもしれません。結果はどうあれ、ハリス殿下のお気持ちはこれで前に進めると思いますわ。……それで、あの。ハリス殿下、手を……」


 フィーラの言葉を微笑みながら聞いていたハリスは、フィーラの手を一層強く握り締めた。


「もうひとつ、気づいたことがある。俺の初恋は実らなかったけれど、諦めなかったから、そのおかげで新たな出会いを見つけることが出来たのかもしれないと」


「……え?」


 ハリスの菫色の瞳は、フィーラをじっと見据えている。その瞳には熱が籠っているような気がしないでもない。


――まさか……。いえ、そんな……さすがにそれは自意識過剰というものよ。


 フィーラはハリスに好かれるようなことは何もしていない。むしろ嫌われたのではないかと思っていたくらいだ。しかも昨日の今日で心変わりなど、いくら何でも早すぎる。


 そう思ったところで昨日のサーシャの言葉を思い出したフィーラだったが、その記憶を振り払うかのようにぶんぶんと頭を振る。


――いえ、新たな出会いと言っても、それが恋愛とは限らないわ!


 前に進む言葉をくれたフィーラに対し、感謝の意を込めての発言かもしれないではないか。


 固唾を飲んでハリスを見つめるフィーラに、ハリスはにこりと微笑み、驚愕の言葉を放った。


「俺の妃になってくれ」


「………は?」


 ハリスのあまりに突然の告白に、フィーラだけでなくクレメンスも驚愕している。目を大きく見開き、口も開いている。


 そしてざわついていた周囲から、一瞬で音が消えた。


「お前は俺を好いているのだろう?」


――それ勘違い!


「違います!」


「怒っているのか? 確かに俺も悪かった。初恋に捕らわれ、目の前の運命に気づかなかったのだからな。それに、この間はつい感情的になってしまったが、お前の言葉は俺の心を解放してくれた。お前は俺の恩人だ」


「……いえ、あの。ハリス殿下。わたくしが殿下の妃など、そのような恐れ多い……」


「何を言うのだ。お前は大国ティアベルトの公爵家に生まれ、なおかつ精霊姫候補だ。そして美しく聡明で慈愛に満ちている。私の妃に相応しい」


――誰それ! 昨日は我儘姫って言ったのに! どうしてハリス殿下はこうも思い込みが激しいの……?


 フィーラは助けを求めて、隣に座っているクレメンスの方へと振り向く。フィーラの視線を受けたクレメンスは、一瞬ぎくりと身構え、そして観念したように息を吐いた。


「……ハリス殿下。どうかお戯れはそこまでに」


「戯れてなどいない」


「……殿下、フィーラ嬢には想い人がいるのです」


――ええ! ちょ、何で……クレメンスが知っているの⁉


 いきなりのクレメンスの爆弾発言に、フィーラは恥ずかしさと驚きのあまり頬を赤らめ目に涙を浮かべ、クレメンスを見つめた。そんなフィーラの様子を見たハリスが驚き、そしてフィーラとクレメンスの顔を交互にみやった。


「……まさか、お前たち」


「……え?」


「……殿下?」


――何かしら? 何か嫌な予感が……。


「……そうか。お前たち。そういうことか……」


「「違います!」」


 ハリスの勘違いを瞬時に悟ったフィーラとクレメンスは、同音異口で否定した。


「良い。何も言うな。しかし、だからといって、俺も諦めるわけにはいかない。初恋の相手に対し何の行動も起こせなかったことを今でも悔やんでいるんだ。今回は足掻けるところまでは足掻くつもりだ。挑戦しないうちに諦めるのは良くないのだろう?」


 言葉だけは殊勝に、しかし妖しく微笑むハリスに、フィーラとクレメンスは顔を青くして見つめ合う。


 そんな二人の様子を見たハリスがまた勘違いをしたのは言うまでもない。



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