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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第155話 反転した世界1




 前夜祭、本祭、後夜祭と、三日間の精霊祭が終わった翌日は学園は休みとなる。明け方まで大聖堂に残った特別クラスの生徒たちには貴重な休息日だ。


 フィーラも明け方、大舞踏会を終えるとすぐに、寮へと戻った。家が近い生徒たちは家に帰る者もいたが、フィーラはそのまま寮へと戻ってきた。


 記憶に干渉された、いわば今までの世界から反転してしまった世界で、もし、家族にクリードのような態度を取られたらと思うと、やはり帰る勇気が湧かなかったのだ。


 幸いにも父も、父の仕事を手伝っているであろう兄も忙しいだろうから、フィーラが家に帰らずともとりわけ不審には思わないだろう。


 そして湯舟につかり疲れと汚れを落としてから寝台へと倒れ込み、起きたのが昼過ぎ。もう少し寝ていたかったがあまり寝すぎると翌朝起きるのがつらくなるため、フィーラは眠い目をこすりながらどうにか寝台から起き出した。


――ああ、眠いわ……。でも頑張って起きていなければ明日の朝起きられなくなっちゃう。


 もそもそと着替えをしているうちに、胃が切ない音を立てた。


 少し遅い朝食兼昼食を取ろうと、フィーラは食堂へ行こうと思い立つ。明け方、同じように寮へと戻ったサーシャにはあまり一人で出歩くなと言われていたが、食堂へ行くくらいならいいだろう。


 食堂にはフィーラ以外にもちらほらと学生の姿が見受けられた。一瞬ひとの目が気になったが、誰もフィーラのことを気にする様子はない。ほっと胸をなでおろし、フィーラはいつものように庶民向けのメニューが置いてある奥のテーブルへと座った。


――今日は何を食べようかしら? 今日はカレーの日ではないし……。軽くサンドイッチにしましょうか。


 フィーラは給仕を呼び止めようと手を挙げた。と同時に真後ろからも給仕を呼び止める声が聞こえた。その声を聞いたフィーラの心臓が跳ねる。


 フィーラが後ろを振り返ると、そこには思っていたとおり、良く知った人物が座っていた。


「あ、ごめん。君のあとでいいよ」


「エル……ザ・クロフォード様」


――いけない……。今のエルはいつものエルじゃないのだわ。


 愛称で呼びそうになったフィーラはあわてて誤魔化した。


 昨日の態度である程度予測はついていたが、今エルザは真正面からフィーラの顔を見たのに、フィーラのことを君と呼んだ。やはり今までフィーラと関わった記憶はなくなっているのだろう。


「あれ? 私のこと知ってたの? 君他の人のことなんて目に入っていないかと思っていたよ」


「そ、そんなことは……」


 しかし以前のフィーラだったら、きっとエルザが言ったような態度をとっていてもおかしくはなかったし、すぐに普通科に移ると思っていたフィーラが積極的に友人を作ろうとしなかったのは事実だ。


――わたくしと友人になる前、エルにはわたくしがそういう態度に見えていたってことかしら? それはちょっとショックだわ。


「んー。でもここにいるってことはそれほどお高く止まっているわけでもないのかな? ここって庶民と騎士科の生徒くらいしか使わないもんね」


 エルザは給仕からメニューを受け取りフィーラに手渡す。


「何にする?」


「……ではサンドイッチを」


「じゃあ、私はオムライス」


――ああ……そういえばエルはいつもオムライスばかり食べていたわね。


 エルザとエリオットと一緒にここで食事をしたのは、つい先日のことだ。


 美味しそうにオムライスを頬張るエルザの姿を思い出し、フィーラの目に急に涙が込み上げて来た。友人に忘れられることが、これほどまでに堪えることだとは思わなかったのだ。


「そういえば、君。昨日の後夜祭で私と目が合ったよね」


「……はい」


「何故か泣きそうな顔をしていたけど、私君に何かしたのかな?」


 覚えはないんだけど、と首を傾げるエルザの姿に、フィーラの涙腺が崩壊してしまった。


「え⁉ ちょっと、何! どうしたのさ!」


「ご、ごめんなさい。わたくし……」


 エルザからフィーラの記憶がなくなったことがただただ悲しい。エルザはただ純粋にフィーラの行動を訝しがっただけ、それだけだろう。なのになぜか責められているかのような気持ちになってしまった。

 エルザに気を使わせないよう、とりつくろうようにフィーラは気持ちとは別の言葉を口にした。


「あなたと……こんな風にお話しできたことが嬉しくて……」


 しかしこの言葉もまるきりの嘘ではない。もっと険悪な雰囲気になることを予想していたフィーラは、意外にもフィーラに対し普通に接してくれるエルザに驚き、同時に安心したのだ。


「ええ……参ったな。もしかして君、友達いなかった?」


「……も、ものすごく少ないですが、います」


――ただし、この変わってしまった世界でもそう言えるかはわからないわね。


「そうか。いないのか。ごめんね?」


――いないなんて言ってないのに!


 眉を下げ哀れなものを見るような目でエルザに見つめられたフィーラは、唇を引き結ぶ。


「ごめんて。そうだ、私と友人になろう! 君思っていたような子じゃないようだしさ。どう?」


「友人に……なってくださるのですか?」


「騎士科で女性は私一人だから、たまに食堂で一緒に食事をしようよ」


「……はい!」


 エルザの言葉に、フィーラの瞳からはますます涙が溢れてくる。


――ああ、おとといからのわたくしはとても涙もろいわ。


「また泣いた……。私が泣かせていると思われるじゃないか」


「ごめんなさい」


 フィーラが泣き笑いをしながら謝っていると、ずかずかと音を立てて、こちらに誰かが近づいてきた。


「ちょっと! 何でこんなところで一人で食事しているのよ!」


 やってきたサーシャは腰に手を当て仁王立ちだ。


「サーシャ……どうしてここだとわかったの?」


「私もお腹が空いていたからよ!」


 サーシャが幾分胸を張りながら答える。フィーラは聞かなかった振りをしたが、サーシャのお腹が結構な音を立てて鳴った。


「そ、そう。ごめんなさい、一人で出歩いて。でもわたくしも空腹が我慢できなくて……」


「……まあ、いいわ。それより、またあなた泣いているの?」


 言うや、サーシャはエルザを睨みつける。サーシャに睨まれたエルザは目を見開き首を横に振った。


「私じゃないって! ほら、私が泣かせたと思われる」


「サーシャ、違うの! これは嬉し涙よ!」


「嬉し涙? 相変わらずあなたも伯母様も変な言葉を使うんだから」


――ええ? 嬉し涙って変な言葉? こちらでは言わないの?


「何だ、君友達いるじゃないか」


 フィーラとサーシャのやり取りを見たエルザがどこかほっとしたように、そして嬉しそうに微笑んだ。


「……ちゃんといるって言ったわよ?」


「だったらこんなに泣かなくていいのに」


「そうなんだけど……」


 フィーラの頬にはまだ涙の痕がついている。悪役として嫌われる覚悟をしていただけに、エルザの言動は本当に嬉しかったのだ。


「意外と涙もろいのよ、この子。変わった言動をするから誤解もされやすいんだけどね」


「ああ、確かにね。私も同じクラスにいたときは気位の高いご令嬢だと思っていたよ」


「全然そんなことないわよ? 美形すぎるから表情がないと怖く見えるだけなのよ」


「なるほどねぇ」


――結構言われたい放題だけど……サーシャは誤解を解くためにあえてそう言ってくれているのでしょうね……。


「私はサーシャ・エーデン。あなたはエルザ・クロフォードよね? 良かったら私も食事に混ぜてくれない?」


「もちろん! 食事は一人でとるのはやっぱり味気ないもんね」



 その後サーシャはナポリタンを頼み、三人で色々話ながら有意義な食事を終えた。





                  



――そして次の日。


 フィーラはいつもより早く教室に来ている。そして窓辺に立ち、サーシャと密談をしていた。


 昨日食事をしたあと、サーシャとはある程度の学園での過ごし方を話し合った。


 二人が話し合いの末決めた事柄は、フィーラは無理のない範囲でサーシャと一緒に行動をし、なるべく一人にはならないこと。ステラ・マーチには近づかないこと。そしてサーシャがいう人物にもなるべく近づかないことだ。


 サーシャが近づくなと言った相手はサミュエル、ロイド、クレメンス、ジルベルト、マークス、エリオット、カーティス。そしてリディアス、ジークフリート、ハリス、ウォルク、トーランド、テッド、ルーカスだ。

 

 サーシャが近づくなと言った人の数は十四人。オリヴィアが言っていた攻略対象の人数と一致する。


――それにしてもお兄様もテッドも攻略対象なのね……。入学初日、ステラ様がお兄様のことを知っていたのも、そういうことなのね。というより、わたくしの周りにいる方々ばかりじゃない。それはオリヴィア様も知らない方が良いと言うわけだわ……。


 結局知ってしまったが、以前から親しいとは言え確かに今の状況ではある程度この十四人を警戒してしまう。攻略対象ということは、ゲームにおいては基本的には皆ステラ側の人間だということなのだ。


――サミュエルがステラ様を特別扱いするのはある意味当然だったのね……。それにリディアス殿下も。


「ステラ・マーチ……肝心のあの子がいないじゃない」


「ええ……。リディアス殿下もおりませんわね」


 ステラはいつもフィーラより遅いので、まだ来る可能性はある。だがリディアスはいつもフィーラより早い。二人が揃っていないということは、やはりリディアス殿下はステラ側の人間だということなのだろうか。


「まあ、私たちは無茶なことはするなと言われているし何をするつもりもないけれど、相手もそのつもりとはかぎらないわよね?」


「まあ、そうですわね。……あちらはわたくしたちも変わったと思っているのかしら?」


「伯母様のいうとおり、向こうの精霊王が貴方のことを話していないのならそうかも知れないわ。いえ……でもそもそも、その記憶への干渉ってあなたに対しても行うつもりだったのかしら? 意味ないわよね?」

 

「……ですわね」


――わたくしの記憶へ干渉したとして、どうなっていたのかしら? ……どうにもならない気がするわ。あるいは、わたくしも皆のことを忘れていたとか……? まあ、考えてもしょうがないわね。実際わたくしは無事だったわけだし……。


 それよりもまずは出来ることからやるべきだ。


「サーシャ。わたくし、カディナ様と話をしてきますわ」


「ああ……おととい言っていた誤解を解きたいってやつね」


「ええ。ちょっと誤解されたままではあまりにクレメンスが可哀想で……」


 身を寄せ小声で話し合う二人を、すでに教室に来ている面々が興味深そうに観察している。その視線にフィーラは気が付いていたが、ないものとして扱った。いちいち気にしていたら身が持たないのだ。


「なんで可哀想なのよ?」


「だって、わたくしのことを好きだと誤解されるなんて……」


「別に、好きでもおかしくないでしょ? あなた美人だし性格だって悪くないんだし」


 サーシャはさも当然のように言うが、ある意味フィーラはいわくつきの令嬢なのだ。


「サーシャ……。いえ、嬉しいですけれど、それとこれとは話が別です」


「ええ? 面倒くさい子ね。好きに思わせておけばいいじゃない」


「ではサーシャはディラン様のことが好きだと誰かに誤解されたとしても大丈夫なのですか?」


 サーシャがどうやらディランのことをあまり好きではないと言うことは、薄々感じていた。本気で嫌っているわけではないだろうが、気の合わない人間はどうしてもいるものだ。


――でも、わたくしとしては少しほっとしてるのだけれどね。


 たとえ恋愛ではなくとも、サーシャとディランが親しい間柄だということに変わりはない。大人げなくも、少しだけ、サーシャのことを羨ましいと思ってしまったのだ。


「ええ⁉ 嫌よ!」


 サーシャが眉根を寄せ口元を歪める。本当に嫌だという表情だ。


「そうでしょう?」


「あいつとあなたは違うでしょ!」


「同じですわ。それに、クレメンスには嫌われていないとは思いますが、もしクレメンスに好きな人がいるとしたら、避けたい誤解でしょうし」


「ああ……まあそうね。そういうこともあるか」


 サーシャは納得したように何度か頷いた。


「ええ。というわけで、カディナ様に話をつけてきます」


「……頑張って」

 

 サーシャがひらひらと手を振りながら自分の席に戻るのを横目に、フィーラはティオネラの席へと向かった。





「カディナ様! ちょっとお話よろしいでしょうか!」


 誤解を解こうと気合を入れるあまり、フィーラの声は大きくなってしまった。そのせいでクラス中の皆が二人に注目している。サーシャの呆れたような表情がフィーラの目に映った。


――ああ。わたくしの馬鹿! あまり聞かれたくない話なのに……!


「まあ、何事かしらメルディア様? わたくしに用事とは?」


 昨日も思ったがティオネラはどうやら猫を被るのが上手いらしい。


「あの……祈りの場での話の続きを……」


「話?」


 そうは言ったが、教室内でするには憚られる話だ。フィーラがどこで話そうかとしばし思案していると、廊下へと続くあの重たい扉が開け放たれているのに気づいた。


「……ちょっと廊下へ来ていただけますか?」


「よろしくてよ」


 クラス中の視線を浴びながら、フィーラとティオネラは教室の外へと向かう。授業まではまだ少々時間があるが、すでに廊下に人気はない。廊下に出て向き合ったところで、ティオネラが口を開いた。

 


「で? 何、話って?」


「カディナ様……わたくしは昨日ダートリー様について、わたくしは友人だと思っているけれど向こうは友人とは思っていないかもしれないと言う意味で言いました。ダートリー様がわたくしを好いているという意味ではございません」


「うん? それで?」


「……カディナ様が誤解をされていたようでしたので弁解しようとしたのですが」


――でもさっきの返事は、そんなこと知っているけど? というようなニュアンスで良いのよね? まあ、カディナ様も好き「かもしれない」と言っていたし……。


「それはあなたの見解でしょ? クレメンス・ダートリーが本当はあなたのことをどう思っているか、あなたは知らないはず。本人じゃないのだから」


「え? ええ……それはそうですが……」


――そうだけど……そうじゃないのよ! クレメンスがわたくしを好きだなんてあり得ないわ。


「でしょ? ならクレメンス・ダートリーがあなたを好きかもしれないことをあなたは否定出来ない」


「え、ええ?」


「じゃあね」


――なぜ……! なぜそこまでクレメンスがわたくしを好きだと言うことにしたいのよ! というか誤解が解けなかったわ……。このことがもしクレメンス本人の耳に入ったら、どうするのよ……。


 本人にこのことをどう伝えるべきかは非常に迷うところだ。知らなければそれが一番良いのだが、もしフィーラの知らないところでクレメンスの耳に入ったとしたら、一体どう思われるのかが心配だ。


 フィーラは教室へと帰っていくティオネラを追う。「あの……」とフィーラが声をかけるも、ティオネラはさっさと自分の席についてしまった。


 茫然としたフィーラがサーシャの座る席に目をやると、悲しそうに首を横に振るサーシャの姿が目に入った。フィーラの表情から何かを察したようだ。


――うう。これがまったく知らない人なら、その方には気の毒だけど別に誤解されたままでも良かったのに……。もしクレメンスにわたくしがそう言っていたなどと伝わってしまったら、一大事だわ。まったくそんな素振りもないのに友人が自分のことを好きかも知れないと思っているなんて、どれだけ自意識過剰なのかという話よ。そこからクレメンスとの関係がギクシャクするなんて絶対に嫌だわ。……まあ、今は本当に友人とは思われていないかもしれないけれど。


 フィーラは意を決してクレメンスに事情を話すことに決めた。しかし今のクレメンスはフィーラのことをどう思っているかはわからない。恐らく、あまり良い感情は持っていないだろう。

最初に会ったときにも、噂を信じていたと言っていたのだ。サーシャにも極力関わらないほうがいいとは言われていたが……。


――でも言うだけは言っておきたいわ。それにクレメンスは記憶を失くしても女性には紳士的だと思うのよね。


 どのみちフィーラの席はクレメンスの隣だ。まさかこれから記憶への干渉が解けるまでずっと、一言も話さないなどということはないだろう。


 フィーラは自分の席につき、隣のクレメンスをこわごわと見つめる。


「あの……ダートリー様?」


 遠慮がちに話しかけたフィーラに対し、振り向いたクレメンスは見るからに驚いたとわかる表情をしていた。


「……ああ、何か用か?」


「あの、少々お聞きしたいことがありまして……」


「……何だ」


「ダートリー様はティオネラ・カディナ様とはお知り合いでしょうか?」


「……カディナ嬢?」


 そういうとクレメンスはクラス内を見まわし、まさに渦中の人物がいるところで視線を止めた。


「……カディナ嬢なら知っている。よく話しかけられるからな」


――そうだったの? 教室で話しているところはあまり見たことがなかったけれど……。


「そうなのですか? あの、今日はもう話されました?」


「いや? 何故そんなことを聞く」


「いえ、あの。わたくしちょっと誤解を招きかねない言い方をカディナ様にしてしまいまして……それがダートリー様に関わることだったので、少々……」


「……俺に関わること? 何を言った」


 いつもより声の低くなったクレメンスに、フィーラはつい慌てふためいてしまう。


「あああ、あの。わたくしとダートリー様が友人かどうか聞かれまして、わたくしは席も隣ですし同じクラスで学ぶ者同士、友人だと思っていると言ったのですが、ダートリー様の方はどう思っているかわからないと言いましたところ………非常に言いにくいのですが、ダートリー様の方は友情を超えた感情をわたくしに抱いているとカディナ様が受け取ってしまわれまして……」


 フィーラの言葉を大人しく聞いていたクレメンスは、途中から口が開きっぱなしだ。フィーラの顔を穴が開くほど見つめていたクレメンスが、不意に深いため息を吐いた。


「……誤解は解いたんだろうな」


「申し訳ありません! ご本人にも誤解だと言ったのですが、聞き入れていただけず……いえ、というよりカディナ様の言うこともごもっともなのですが……」


「……俺があんたに懸想していると?」


「違います! カディナ様はわたくしはダートリー様本人ではないのだから、わたくしにダートリー様の本当の気持ちはわからないだろうと!」

 

「……まあ、確かに理屈としては正しいな」


「……ええ。ですからそれ以上反論も出来ず。……本当に申し訳ありません」


「……それはあんたが悪いわけじゃないだろう。不幸なすれ違いだ」


「許していただけるのですか……。わたくしに懸想しているかもしれないなどという不名誉を与えられてしまったのに……」


「……そこまで自分を卑下することはないぞ。どうやらあんたは噂通りの人間じゃなさそうだしな」


 クレメンスは眉を下げフィーラを見つめる。同情してくれているのかもしれない。


――ああ、記憶がなくてもやっぱりクレメンスは優しいわ。


「あの、ダートリー様。これを機にわたくしと友人になってはいただけないでしょうか?」


「……あんたと?」


「はい!」


「……ああ。別に構わない」


「ありがとうございます!」


 クレメンスはフィーラの勢いに驚いているようだったが、それでも友人になることを了承してくれた。


 


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