第152話 精霊祭13
いつも誤字報告ありがとうございますm(__)m そしてすみません……。
「あ、サーシャ……」
「塔から落ちた⁉」
「あ……」
「……サーシャ? どういうこと?」
笑顔で己を問い詰めるオリヴィアにサーシャが息を飲んだ。
――微笑みながら怒るという器用な真似が出来るのは、お兄様だけかと思っていたわ……。
「ああ……あの。……庭園の外れの研究棟に入っていく黒ずくめの妙な男を見たから追って行ったのよ。塔の最上階まで追って行ったのだけれど、すでに男はいなくて……。それで男が起こした風に塔から落とされかかったの……」
「ああ、サーシャ……なんてこと」
オリヴィアは額に手をあて天を仰ぐ。
「で、でも、そこにフィーラが来て助けてくれたのよ!」
「お嬢さんがどうやって助けたんだ?」
ディランがフィーラを見ながら不思議そうに問いかける。
「……え? 落ちそうになっているサーシャの手を取っただけですが……」
「……そういうときは人を呼べ」
今度はディランが呆れたように大きく溜息をついた。
「でも周囲には誰もいなかったんです。サーシャは今にも落ちそうだし、迷っている暇なんかなかったわ」
「……やっぱり記憶に干渉されたのはその時でしょうね。サーシャの言う通り、その男がきっと精霊王だわ。人がいなかったのは結界をつくったか何らかの方法で人避けをしたのでしょうね」
――あ……そういえば、フォルディオスのときは人の行動を操ったと言っていたわ。今回も同じようなことをしたのかしら?
「こんな広範囲の記憶への干渉は本人でなければ出来ないわ。大聖堂はティアベルトで一番精霊の力の漲る場所に建てられているの。力を広範囲へ駆使するならうってつけの場所よ」
「やっぱり!」
それみたことかとサーシャが拳を握り締める。
「それで、手を取ったあとどうしたんだ」
塔から落ちた話はそこで終わるかと思ったが、ディランは追及を止めなかった。
「……助かりました」
「……そうね、助かったわ」
確かに結果的には助かっている。嘘は言っていない。だが無茶をしてしまったという多少の罪悪感もあり、フィーラはディランとオリヴィアの二人から目を逸らした。
「落ちたのよね? どうやって助かったの?」
そこに笑顔のオリヴィアも追及の手を加える。事の真相をはっきりとさせるまでは許してくれそうもないらしい。
――うう。これって、絶対怒られるパターンじゃないかしら? 確かに無謀なことをしてしまったとは思うけれど……。
「……私と一緒にフィーラも塔から落ちたんだけど……、そこで風に押し上げられて助かったのよ。フィーラは精霊と契約していないはずだったし、王族でもない。だからフィーラが次の精霊姫かもって気づいたの」
「ああ、もう……。もしフィーラちゃんが次の精霊姫じゃなかったらあなたたち助からなかったのよ?」
「そ、そうよね。でもまさか風を使って人を塔から落とすなんて思わなかったのよ。最初はただの精霊士だと思っていたんだもの」
「妙な男だと思っていたのにか? もっと警戒しろ」
「精霊士にだって妙な奴はいるわよ! ……でも反省しているわ。結局フィーラを巻き込んでしまったのだもの」
「サーシャ……」
勢いをなくし急に小さくなってしまったサーシャの背に、フィーラが手を添える。
「サーシャ、終わりよければ全てよし、ですわ。結局わたくしもサーシャもこうして無事だったのだもの、問題ありませんわ」
「問題はあるわよ? フィーラちゃん。いくら精霊王の護りと言っても、まだフィーラちゃんとカナリヤは正式に契約しているわけじゃないのだから。本当、次からは気を付けてね? サーシャもよ?」
「はい……」
「申し訳ありませんでした……」
フィーラ同様反省の意を示ししょんぼりしていたサーシャだったが、気になることがあるらしくすぐに表情を引き締め、オリヴィアに問いかけた。
「……ねえ、伯母様。今回私は塔から落とされそうになったけど……これって私を殺そうとしたってことかしら?」
「……」
オリヴィアは何やら考え込んでいるらしく、サーシャの問いかけにもすぐに返事をしない。代わりにディランが自らの見解を述べた。
「そうとも言えないな。まくことができたならわざわざ殺す必要はないだろう」
「でも、結局サーシャの見た男が精霊王だったのなら、サーシャに見られたことで口封じに殺そうとしたとか……」
――精霊王がそんな俗っぽいことをするかといわれれば、微妙だけれど……。
「見られたからと言って大した痛手にはならない。すでにオリヴィアは精霊王の存在を知っていたし、オリヴィアに自分の存在が知られるだろうことも、向こうだって予想はつくだろう。むしろそこで人死にがでたほうが、今後やりにくくなるはずだ」
「……そうね。サーシャを殺そうとしたかはわからないわ。脅そうとしただけかもしれない」
今まで考え込んでいたオリヴィアもディランと同じ答えを出したようだ。
「いえ、落ちたわよ! 私」
「結果的にな」
「ええ⁉ もしかして、私がどんくさいから落ちたってこと⁉」
「さ、サーシャ、落ち着いて」
サーシャは顔を青くしたり赤くしたりして慌てふためいている。フィーラもひとのことは言えないが、サーシャもどうやら運動神経はあまりないらしい。
「でも……たとえ殺そうとしていなくても危険すぎます。わたくしが駆け付けなかったらサーシャは塔から落ちていましたわ」
「……それなんだけど、今カナリヤに確認したら、二人を助けたその風はカナリヤの護りが発動したわけじゃないそうなの」
「え? じゃあ……」
「もちろん、そんな場面だもの、カナリヤの護りも発動したとは思うけれど……その風はカナリヤの護り以前に発生したものらしいわ」
「それは、もうひとりの精霊王がお嬢さんとサーシャを助けたということか?」
「……そうなるわね」
オリヴィアはまたしても下を向き考え込んでいる。
「……お嬢さんを助けたのか、サーシャのことも最初から助けるつもりでいたのか……」
「本当に……殺すつもりじゃなかったのかしら? 私のこと」
オリヴィアと同じようにサーシャも下を向き、オリヴィアと同じように顎に手を当て考え込んでしまった。
――仕草がそっくりだわ……血のつながりを感じるわね。
「しかし、これで確定したな。もうひとりの精霊王はやはりお嬢さんを狙うつもりはないようだ。お嬢さんが次の精霊姫だということは知っているだろうに」
「そうね。デュ・リエールのあと、フィーラちゃんが次の精霊姫に決定したことを秘密にしたのは、敵を炙り出すためでもあったじゃない? あの場にいた人間でフィーラちゃんが次代の精霊姫だと知った人物は、ヘンドリックス、クリード、ディランとジークフリート君、それにサルディナちゃんの五人だけ。それ以外の人間がそのことを知っているとしたら、それはあの魔と通じている者だということになるもの。でもその後フィーラちゃんは狙われなかった。あの精霊王が意図的にその情報をあちら側に隠しているということは確実だと思うわ」
「あるいは、相手もそのことを知ってはいるけれど何か意図があってフィーラを泳がせているということは?」
「それは考えにくいな」
「そうね。フィーラちゃんが次の精霊姫であることを相手側が知ったとしたら、ステラちゃんを精霊姫にすること諦めるか、諦めないならフィーラちゃんを攻撃してくるかのどちらかでしょうから。でもステラちゃんがどこまでこの世界のことを仲間に話したかによっては、ありえなくはないのかしら。向こう側がステラちゃんは最後には必ず精霊姫になれると思っているのなら、それまでこちらを泳がせておくという選択肢も考えるかもしれないわ」
「向こう側もこの世界のことを知っていると思うか?」
「ある程度の話を聞いていなければ、行動は起こせないでしょうし、知っているのではないかしら?」
「そのステラという子が話したと?」
「……いえ。それはわからないわ。わからないから慎重に行くべきだと思っているのよ。私たち以外にも向こうの世界から来た人間がいないとは言い切れないもの。でもフィーラちゃんが正式に精霊姫になれば、状況は変わるわ。フィーラちゃんが精霊姫となれば、それで記憶への干渉はすべて解くことが出来る」
「精霊姫にならなくてもフィーラは一度は精霊王を降ろしているのでしょう? 今のままじゃ駄目なの? まだ選定も終わっていないのだもの、反発が起きない?」
「ちゃんと契約をしなければ長い間力を使い続けることはできないし、精霊王が持つ力をすべて引き出せるとしても、それは一瞬だわ。それにフィーラちゃんの身体に負担がかかってしまうのよ」
「確かに、契約していない火の精霊の力を使ったジルベルトは火傷をしていました。契約することで精霊の力から契約者は護られるのですね」
「あ……待って伯母様! なら相手側の精霊王はどうなの? こんな広範囲の記憶への干渉なんて、やっぱり相手側にもフィーラと同じぐらいに精霊姫としての素質がある人間がいなければ出来ないんじゃ……」
「いいえ。精霊は人の世に干渉するのに制限があるけれど、魔には精霊程の縛りはないのよ」
「なんで⁉」
「堕天……といえばフィーラちゃんにはわかるかしら?」
――ルシファー……じゃなくて! ええと……天界から落ちた天使が堕天使として悪魔になるのだから……。
「……魔は精霊とは存在する世界が違うと、そういうことでしょうか」
「そうね。精霊は人間の世界とは別の世界に存在しているの。でも魔はその世界から離れ人間の世界に存在しているわ。だから精霊のようにこの世界への干渉に制限がないの」
「ええ! ちょっと待って! 精霊って人間とは別の世界に住んでいるの⁉」
「ああ……そうね。これって世間には知られていないことだったわ」
「知らないわ! どおりで普段見かける精霊の姿が少ないわけよ……」
「そう考えると、意外と魔は人間に対して害にはなっていないのか?」
「そうですわね……制限なく干渉できるというのなら、今までこれだけで済んでいたのはむしろ少ない方なのでは……」
「世界の仕組みは複雑なのよ。魔は人間にとって厄介なものだけれど、魔がすべていなくなることは、必ずしも人間にとって良い結果をもたらすとは限らないわ。でも、そのことと今回のことは別よ。精霊王自らが干渉しているのだもの。だからこそ正式にフィーラちゃんが精霊姫となることが重要なの。カナリヤには相手と同じ土俵に立ってもらわなければ」
「そうなると、時間はあまりないな。記憶への干渉は長ければ長いほど定着しやすいし感情や精神に及ぼす影響も少なくない。それに、長いこと本来の記憶を封じられると、その記憶そのものを失ってしまうこともある。それまでに聖五か国の王たちを説得できるか?」
――本来の記憶を忘れてしまう……。そうね、ただでさえ、人間の記憶なんて曖昧なものだものね。
フィーラとて、前世を思い出す以前の記憶のすべてを思い出すことはもう出来ないだろう。
「やるしかないわ。戦いは長引かせないことが一番重要なのよ。大丈夫。無理やり捻じ曲げたものは、元に戻ろうとする反動も強いものだわ」
「それで? フィーラを精霊姫にするとして、私たちはどうすればいいの?」
「フィーラちゃんとサーシャは普段どおりに過ごしてちょうだい。しいて言えば無茶な行動は今後は控えること」
「えっ! こんなときに⁉」
「こんなときと言っても、あなたたち学生でしょう? それに学園ではまだ精霊姫の選定が行われていることになっているのよ? 記憶への干渉以外世界は普通に動いているわ。フィーラちゃんが精霊姫になるまではこちらも大々的に動くわけにも行かないのよ」
「……それもそうね。でも一体学園はどうなっているのかわからないんでしょう? ……皆クリードみたいな感じになっているかもしれないわ」
サーシャがフィーラをちらりと振り返る。どうやら気を使わせてしまったようだ。
「わたくしは大丈夫ですわ、サーシャ。サーシャがいてくれますもの」
「俺はどうする?」
「あなたは自由に動いても良いわ」
「お嬢さんの護衛はしなくていいのか?」
「ええ。ここに至るまでフィーラちゃんが相手側から直接狙われたことはないし、もうひとりの精霊王がそれを望んでいないことも今回のことでわかったわ。記憶への干渉が済んだことで相手側も油断しているでしょうし。フィーラちゃんたちとは別行動でいいわ。あなたはあなたの勘に従って動いて。もちろん、二人の傍にいた方がいいと思ったらそうしてちょうだい。もしそうなった場合学園に行く理由は……学園に魔が出たことを受けての警邏ではどうかしら?」
「カーティスにはどう説明する。あいつも干渉を受けているだろう?」
「一度こちらによこしてちょうだい。私も一対一なら記憶への干渉を解けるわ。それで元に戻るはずよ」
「え? 伯母様も戻せるの?」
「そりゃあね。私も一応は精霊姫ですもの。でも私の力ではあくまで個人的に接触しなければ行えないことなのよ。それではきりがないわ。」
「そうだな。相手もそのことはわかっていたのだろうな」
「じゃあ、精霊姫交代の舞台が整うまでは、それぞれの場所で戦うということね!」
「そうね。でもその前に、私とフィーラちゃんはこれからすぐにやることがあるわ」
「あ……祈り」
「もうそろそろ時間よね。私はこのままここにいればいいけれど、フィーラちゃんは下までいかなくちゃ。ディラン、送ってもらえる?」
「わかった。行くぞお嬢さん」
差し伸べられたディランの手を、フィーラが握る。
「あっ待って、私も!」
言うや、サーシャがディランの袖をつかんだ。
「終わったらまたここに集合してね。気を付けてね、みんな」
笑顔のオリヴィアを残して、三人は外へと移動した。




