第15話 怒らせてはいけない…
「やれやれ。変わったとは聞いていたけど、能天気で楽観的なところは相変わらずだね? フィー」
「ちょっ、お兄様⁉」
もしや自分は嫌われていたのかと思い、あわてて兄の顔を見るが、ロイドは楽しそうに笑っていただけだった。
「安心したよ。どれだけ変わったとしても僕の可愛いフィーには違いないけれど、やっぱり少し寂しかったんだ。君が急に大人になってしまったような気がしてね」
「お兄様……。わたくしの本質は、きっと変わっておりませんわ。……だからこそ、一生懸命、良き者であろうとしているのです」
「そうだね。本来のフィーは、楽観的で、能天気で、裏表がなくて、自分の気持ちに正直だ。ただ、ちょっとだけ、その表現の仕方が間違っていたんだよ」
――ええ? お兄様……。嬉しいけれども、やっぱりお父様と同じね。以前のわたくしは、そんな可愛いものではなかった気がするのだけど……。
「それはそうと、フィー。顔つきが柔らかくなってますます綺麗になったね。やっぱり学園に行かせるのは心配だな……これは男どもが放っておかないぞ」
「まあ、お兄様。そのような心配は御無用です。わたくし、自慢ではないですけれど、男性には嫌われているのですよ。蛇のような目だと、言われたこともあるくらいですもの」
フィーラが何気なくそう言った途端、ロイドの雰囲気が変わった。今は春の筈なのに、急に寒気を覚えるほどに。
「フィー……一体誰がそんなことを言ったんだい? 僕のフィーが蛇だって? そいつは目がおかしいんじゃないのか? そんな役に立たない目はいらないだろう?」
うっとりする程の笑みを浮かべている筈なのに、ロイドの目は全く笑っていない。何て器用な……などと思いながらも、フィーラの声は上ずってしまう。
「お……お兄様。ど、どなたが言っていたかは全く、全く覚えてはおりませんけれども……そう、あの、わたくしのこの瞳の色が、まるでトガ蛇の鱗のようだとおっしゃって、……ええ、別にわたくしの造形に関しておっしゃられた訳では……」
必死に相手を庇おうとしたフィーラだったが、どうやら火に油を注いでしまっただけのようだった。ロイドの形相はどんどんひどくなっていく。もう微笑みの貴公子の異名は影も形もなくなっている。
――こわっ……恐い。お兄様、怒ると恐いっ! 笑顔なのにぃ……。
「はあ? フィーのその森の木々を映した清流のような瞳のどこがトガ蛇の鱗に似ているって言うんだ。そいつは目だけじゃなく頭までおかしいのか?」
――あっ、頭は関係ないのでは⁉
「お、お兄様、良いのです。わたくしの瞳の、この青とも緑ともつかない色合いを、不気味だとおっしゃる方も多くて……」
「殺そう……」
「えっ?」
「そいつら全員殺そう」
「ダメです! ダメですよ⁉」
一体何がここまで兄を怒らせたのか、フィーラにはさっぱりわからない。そんなことはいつも言われてきたことだ。実際自分でも思ったのだから、他人が思っても仕方がない。
「落ち着いてください、お兄様。わたくしはもう大丈夫ですわ。そんなこと、気にするまでもありません。確かに他人の容姿をとやかく言うのは褒められたことではありませんが、何を見て、どう感じるかはひとそれぞれなのです。それも尊重しなくてはなりませんわ。それに、トガ蛇、わたくし実は結構好きなのです! あの黒く円らな瞳など、よく見ると結構可愛いですし!」
兄の服の裾をつかみ、フィーラは一生懸命力説をする。ここで兄を説得できなければ、相手を探し出し、殺さないまでも公爵家の権力を使い、社会的に抹殺しかねないと思ったからだ。
そんな妹の様子に何かを感じ取ったのか、急速にロイドの怒りは萎んでいった。
「ああ、フィー。君は何て強く、そして優しいんだ」
「お兄様……」
――分かってくれたのかしら……。心臓に悪いわ。普段温厚な人が怒ると恐いって本当ね……。
「そうか……フィー。君はそんな奴らを相手にしていたんだね」
ほっと胸を撫でおろす妹を横目に、ロイドは一人呟いた。




