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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第146話 精霊祭7



 フィーラは正門を通り抜けるサーシャを見送り、小さく息を吐いた。



 きっとサーシャには、声が震えていることを気付かれてしまっただろう。サーシャは少し目を見開いたあと、悔しそうに、泣きそうに顔を歪めたのだ。


――優しいわ……。そして強いわ、サーシャは。それに比べて……。


「……ダメですわね。わたくしは」



「何が駄目だって?」



 突如、後ろからかけられた声に、フィーラは驚いて振り返った。


「久しぶりだな、お嬢さん」


「ディラン、様」


 男の名を知ったのはデュ・リエールのとき。そして名前を呼ぶのは今がはじめてだ。


「ここで何をしてるんだ? 精霊姫候補は向こうに集まっているはずだが」


「え? あ……そうだったわ」


 今日、精霊姫候補たちは精霊の力が一番高まる真夜中に、精霊姫とともに世界中の人々へ祈りを捧げる役割がある。


 まだ真夜中には一時間以上あるはずだが、すでに皆集まっているのだろう。


「でも……わたくしが出ても良いのかしら……?」


 フィーラは先ほどの聖騎士と精霊士の言葉と視線を思い出していた。


 一旦は精霊姫候補を外されたフィーラがまた候補となることを、快く思わない者たちだっている。それは周囲の人間だけではなく、大聖堂や精霊教会側の人間にも当てはまることだということに、フィーラは今まで気づけなかった。


 さきほどの二人の意見は、そういった者たちの心を代表しているのかもしれない。


「君は精霊姫候補だろう? 出て良いに決まっている」


 仕方のないことだが、フィーラの心の内も知らずにディランが請け負う。


「そうなのですが……」


「だが、出たくないなら、出なくてもいいんじゃないか?」


「……良いのでしょうか?」


 出ない選択肢など思いもつかなかった。候補であるからには絶対に出なければいけないのだと思っていた。


「まあ、俺なら出たくないことには出ないけどな」


「出たくない、というわけではないのです。多分……」


「多分?」


「自分の気持ちがよくわかりません」


 フィーラはゆっくりと息を吐きだした。


「わたくし……実は一度精霊姫候補を外されているのです」


「候補を? ああ……そういえば、確かそんなご令嬢がいたな。君か」


「……お恥ずかしい限りです。……わたくし、以前はとんでもない我儘娘だったのです。気に入らないことがあると、癇癪を起していました。自分の意見は曲げません。嫌なものは嫌、嫌いなものは嫌い。皆が我慢していることに、わたくしは我慢できなかった」


 フィーラはディランに話しているうちに、だんだんと以前の自分のことを思い出してきていた。


「なぜ、あんなに感情を抑えられなかったのか。今となっては自分でも不思議でなりません。まるで幼い子どものようでした」


「まあ、実際子どもだったんだろう。今君は十五か? だったら今より以前なら、そうおかしなことでもないんじゃないか?」


「公爵家の令嬢としては致命的ですわ。ちゃんと、教育も受けているのです。貴族の、それも高位貴族の令嬢が、とっていい態度ではありません」


「面倒だな、貴族は。そんな子ども、俺の周りには結構いたぞ?」


 ディランの言葉に、フィーラは顔をあげる。視線をあげたことで、ディランの若葉色の瞳と視線が合った。


「そうだ。俺は貴族の生まれじゃない。だから、貴族の決まり事やら暗黙の了解とやらが、ときどき煩わしくて仕方ない。ちょっと貴族の常識から外れた子どもを、貴族らしくないといって排除しようとする気持ちは、俺にはわからないな。人間なんていろんな奴がいるもんだ。同じ種類の人間としか付き合わないと、それがわからないんだろうな」


「昔の君がどうあれ、今の君は、俺にはちゃんとした貴族の令嬢に見える。俺は聖騎士になる以前から色んな貴族を目にしている。なかには胸糞悪くなる奴だって少なくはなかったが、君はそいつらとは違う。一生変わらない奴もいる。でも変わった奴もいる。君は変わったんだろう? だったら、昔に捕らわれるな」


 フィーラの瞳から涙があふれる。捕らわれているつもりはなかったのに、ここまで傷ついてしまうのはきっとそういうことなのだろう。


 フィーラは今、ニコラスのことを考えていた。自分を認めてくれる相手は、自分にとって、とても特別な相手だ。きっと、ニコラスにとって、フィーラははじめて自分を認めてくれた相手だったのだろう。


――わたくし、ニコラスに真摯に向き合ってなかったわ。


 ニコラスの気持ちを、フィーラが理解できなかったように、ディランもまた、フィーラの気持ちを理解することはないだろう。

 

 以前のフィーラを含めて、フィーラを認めてくれた人間はディラン以外にもいる。家族はずっとフィーラを愛してくれたし、テッドも、クリスも、以前のフィーラを知っているはずなのに、今のフィーラに優しくしてくれる。 


 一体その人たちとディランは何が違うのだろうか。なぜフィーラはディランの言葉に心を動かされるのか。


――そうだわ、きっと、この人はわたくしとは何の関係もない人だから……。


 ただ、偶然出会っただけの人。だから、弱音が吐ける。本当の気持ちを言うことが出来る。フィーラのことを良く知らない人だから、きっと昔のことを話しても、失望したりしない。なぜなら、この人はきっと、フィーラに何の期待もしていないから。


――ああ、でも今は、この人に失望されたくはないわ。


 たった今から、この人はフィーラにとって特別な相手になってしまった。


 認めてほしい。側にいてほしい。その気持ちが当然のごとく胸の奥から湧いてくる。危ういほどに、危険な欲求だ。しかも、フィーラはその欲求を満たせる立場に手が届いてしまう。フィーラが精霊姫になれば、この人はきっと傍にいてくれる。


――ああ、本当に。今になってニコラスの気持ちがよくわかるわ。わたくしは本当に、候補を外されたままの方が良かったかも知れない。


 薬を盛ってまで、フィーラを手に入れようとしたニコラス。それはフィーラがディランのそばにいるために精霊姫を目指すのと本質的には変わらない。手段が、薬か、精霊姫かの違いだけだ。


 だが、対処の仕方も、ニコラスが教えてくれた。望み方を間違ってはいけない。恋の仕方を間違ってはいけない。この人にはこの人の人生がある。それを縛り付けようとしてはいけない。


 ニコラスは最後、フィーラの幸せのみを考えてくれた。ニコラスのその気持ちは、フィーラにちゃんと伝わった。


「大丈夫か、お嬢さん?」


 心配そうにのぞき込む淡い若葉色の瞳。また泣きそうになって、フィーラはあわてて目を瞬かせる。


「はい。大丈夫です。……祈りには出ますわ。ですが、今は人を待っているのです。その方が来てから向かいます」


「人を?」


「はい。わたくしの友人の……」


「フィーラ!」


「サーシャ」


「サーシャと友人なのか?」


 こちらにかけてくるサーシャを見て、ディランの表情が変わった。どうやら驚いているらしい。


「ええ。友人になったのはつい先ほどですが。ディラン様もサーシャをご存じで?」


「そりゃあ……」


「ちょっと、なんであんたがいるのよ!」


 駆けつけたサーシャがなぜかフィーラを背後に庇い、勢いよくディランに食って掛かった。


「ここは大聖堂だ。聖騎士がいるのは当たり前だろ」


「ぐっ」

 

「サーシャ、どうしたの?」


 一瞬言葉に詰まったサーシャだったが、フィーラから声をかけられて後ろを振り向いた。そしてフィーラの顔を見て大きく眉を顰め、ディランに向かって吼えた。


「何、フィーラを泣かしてるのよ!」


 サーシャがさらに一歩前に出て、ディランを威嚇する。


「違うわ、サーシャ! これはわたくしが勝手に……」


 フィーラはサーシャを止めるため、サーシャの腕を掴む。先ほどのことがあったため、サーシャはきっとフィーラがディランから何か言われたと思っているのだろう。

 

「まあ、確かに泣かしたのは俺だが」


 ディランの言葉を聞き、サーシャの目が座る。ゆっくりと腕をあげ、サーシャはディランに手招きをした。


「……あんた、ちょっと顔貸しなさいよ。もう我慢ならないわ。一発殴らせなさいよ。そしたらきっと目が覚めるわ」


「サ、サーシャ? 何を言ってるの?」


「ふざけんじゃないわよ。フィーラが何をしたっていうのよ。どいつもこいつも……私だってっ……! 本当のフィーラを知らないくせに! 知らなかったくせに!」


 サーシャの言っていることは、やっぱりフィーラには要領を得ない。だが、サーシャがフィーラのことを想い、怒ってくれていることだけはわかった。


――ああ、わたくしはなんて恵まれているのかしら。


 ディランだけではない。何の関係もないフィーラのことを、認めてくれる人間は他にもいる。きっとこれからも、フィーラが努力し続ける限り、認めてくれる人間は現れるだろう。


「おい」


「何よ!」


 ディランが顎をあげて、サーシャに後ろを見ろと促す。しぶしぶ後ろを見たサーシャは滂沱の涙を流すフィーラを見て、眼を見開いた。


「フィ、フィーラ?」


「お前も泣かせたな」


 愉快そうに笑うディランをサーシャが睨みつける。


「う、うるさいわよ」


 サーシャが焦っていると、聞いたことのない女性の声が聞こえた。


「あらあら。青春ねぇ」

 


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