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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第144話 精霊祭5



 通常、大聖堂の正門には常に聖騎士と精霊士がいて、大聖堂を訪ねて来た人物を審査している。



「申し訳ないが、メルディア家のご令嬢は入れることは出来ない」


 聖騎士が鋭い視線でフィーラを見つめる。


「なんでよ!」


「一応精霊姫候補となってはいるが、あまりにも素行と評判が悪すぎる。精霊姫であるオリヴィア様に何かあっては大変だからな」


 一緒にいた精霊士が、当然と言わんばかりに、聖騎士の言葉を補足する。


「フィーラがそんなことするはずないでしょ‼ それに大聖堂はあまねく民が精霊王に祈るために開放されている場所のはずよ!」


「サーシャ様。いくらあなたの頼みだとしても、この正門の審査は私たちに一任されています。あなたをお通しすることは出来ても、メルディア家のご令嬢を通すわけには行きません。通常の日なら構いません。ですが、今日は精霊祭。人も多く、何か事が起きた際に対応が遅れてしまう場合もあります。不穏分子を入れるわけにはいきません」


「そんな……精霊姫候補は今日は大切な役目があるのよ⁉ それでもだめなの⁉」


「ならそれまで待っていてください。なぜ時間より早く大聖堂に入ろうとなさっているのですか?」


 聖騎士と精霊士のあまりの言い様に、サーシャは驚きのあまり口をつぐむ。精霊姫候補であるフィーラを、不穏分子とまで言い切るとは、到底普段の彼らからは考えられない言動だ。


 確かに聖騎士や精霊士の中には過激派もいるにはいる。オリヴィアを護ろうとするあまり、やり過ぎてしまうきらいがあるのだ。だが、そうはいっても皆節度も常識も持ち合わせている人物ばかりだ。内心どう思っていようと、あくまでそれをあからさまに表に出すことはない。それこそ、誰から見ても危険人物でもない限りは。


 いくらフィーラの評判が噂通りのものだとしても、普段の彼らであればこうまで徹底的に排除しようとはしないはず。フィーラの行動が心配なら、誰かを監視としてつければいいだけだ。いくら精霊姫候補とはいえ、フィーラはまだ何の力もない、ただのか弱い令嬢だ。何をそこまで忌避する理由があるというのか。


 サーシャはなおも言い募ろうとしたが、フィーラがサーシャの袖を引き、後ろに下がらせた。


「……サーシャ。わたくしはここでお待ちしています。サーシャだけでも、大聖堂へと入ってください」


 小さな声でフィーラがサーシャに囁くが、その声は震えていた。


「フィーラ! 納得できないわよ、こんなの!」


「ですが、この方たちを納得させるのは骨が折れそうですわ。わたくしは大丈夫です」

 

 フィーラは心配するなというように、サーシャに微笑んだ。


「……わかったわ。すぐに戻ってくる。待ってて」


「はい。お待ちしています」



 フィーラは微笑んでいたが、無理をしていることは明白だ。顔色は白く、いっそ青白いほどだ。


 サーシャはそんなフィーラを見て、悔しさに唇を噛みしめた。









 正門の審査を通り、サーシャは大聖堂内部の奥へと進んでいた。大聖堂はサーシャにとって庭のようなものだ。


 サーシャの母親はオリヴィアの異母妹だ。


 幼い頃から精霊姫である伯母を慕い、幾度となくこの大聖堂へと足を運んだ。精霊姫の家族は、大聖堂と王宮の転移門を自由に使うことができる。サーシャはオリヴィアの妹の娘ではあるが、オリヴィアに特別に認めてもらい、幼い頃は自由に大聖堂と王宮に出入りしていた。


 物心がついてからは、さすがに控えていたし、学園に入ってからは他の学生との公平を期すために、ちゃんとお金を払い学園の転移門を利用していた。


 だが、ティアベルトの学園に入学してからは、幼い頃のように、頻繁にオリヴィアに会いに大聖堂を訪れていた。長期の休みにしか家には戻らず、それ以外は大聖堂へと入りびたりだ。


 母はサーシャが子どもの頃に亡くなっており、父はすでに後添えを迎えている。義母や義弟と仲が悪いわけではない。むしろ良い方だと言ってもいいだろう。

 ただ、母に似ているオリヴィアと過ごす時間には勝てなかったというだけだ。


 オリヴィアはサーシャにとって、親愛なる伯母であり、敬愛する精霊姫であり、思慕する母親でもあった。


 サーシャは特別、精霊士としての才能があるわけではない。だが、異変が起きていることだけはわかった。

 心配なのは伯母の身だ。大聖堂のある敷地内は、精霊姫の縄張りと言ってもいい。その中で異変が起きたとなると、当然、伯母の身に何かあったのではないかと想像してしまう。


 サーシャは逸る気持ちのまま、大聖堂内の廊下を足早に移動していた。



「サーシャ?」



 突然かけられた声は、馴染みのある者の声だった。


「ヘンドリックスさん!」


「どうしたサーシャ? 何を慌ててるんだ?」


 精霊姫の筆頭騎士の一人であるヘンドリックスとは、すでに旧知の仲だ。幼い頃より大聖堂へと通うサーシャを、ヘンドリックスは大層可愛がってくれた。サーシャにとってヘンドリックスは、歳の離れた兄のようなものだ。


「ヘンドリックスさん! 伯母様……伯母様は無事⁉」


 サーシャの剣幕に、ヘンドリックスの表情が険しくなった。


「オリヴィア様は、今、塔で祈っておられる。どうした? 何かあったのか?」


 何かあったのか。そう聞かれたサーシャは、どう答えたものか迷う。この異変をどうやって説明すればいいのかわからない。


「少し……嫌な予感がして。お願い、伯母様に会わせて」


 精霊姫の祈りとは、精霊との交信を意味している。定期的に精霊と交信することにより、世界の秩序を保っているのだ。とても神聖で、重要な儀式。本来なら、たとえ姪であるサーシャといえども、中断させて良いものではない。

 しかし、今はどうしても伯母の安否を確認したい。


 泣きそうに顔を歪ませ懇願するサーシャに、ヘンドリックスは短く息を吐き、ついてきなさいと言い、サーシャの前を歩き出した。


 大聖堂の中心部にある塔。それはこの世界中で一番高い建物であり、精霊姫の権威の象徴でもある。その塔の最上部で祈りを捧げる伯母の姿を見るのは、サーシャも初めてだ。



 ヘンドリックスの後を追い、螺旋階段を無言で登り続ける。途中、警備中の騎士に何人か会ったが、ほとんどの者はサーシャのことを知っているし、案内役が筆頭騎士であるヘンドリックスだったため、止められることもなくオリヴィアのいる最上層まで辿り着けた。


 螺旋階段が終わり、重厚な扉の前に辿り着く。しかしその扉には扉を開けるための把手がついていない。その扉とも言えない扉を、ヘンドリックスが姿勢を正して軽く二回、叩いた。


「失礼します、オリヴィア様。サーシャがお会いしたいと」


 しばらくして、扉の向こう側からオリヴィアの声が聞こえた。


「入って」


「失礼いたします」


 ヘンドリックスが扉に触れると、手の平が淡く輝く。その光を受け、カチリ、と鍵が開く音が聞こえた。そうして、扉は自動的にゆっくりと開き始める。


 扉の隙間から溢れてくる光の中、たおやかな女性の影が浮かび上がった。だんだんと光に目が慣れてくると、そこにいるのが、オリヴィアであることが確認できた。


「……伯母様」


「まあ、サーシャ。どうしたの? そんな泣きそうな顔をして」


 サーシャはふらふらとオリヴィアに近づく。そんなサーシャをオリヴィアは両手を広げて迎え入れた。


「伯母様……伯母様」


「まあまあ」


 オリヴィアに抱き着き、サーシャは頭をぐりぐりと押し付ける。大切な大切な、母と慕うオリヴィア。


「何かあったの?」


 オリヴィアの問いに、サーシャははっとして顔をあげる。安堵のあまり、子供じみたことをしてしまったが、早急に確認しなければならないことがあったのだ。


「伯母様、何か、何かがおかしいの! 私の精霊をここに飛ばそうと思っても阻止されてしまったの。それにクリードも……」


 おかしくなっている。そう言おうとして、ここには自分と伯母だけではないことをサーシャは思い出した。サーシャは後ろに控えているヘンドリックスを振り返る。


「ヘンドリックスにも言えないこと?」


「あ、あの……そうじゃなくて」


 結局のところ、もしヘンドリックスもクリードと同じようにおかしくなっていたら、話は通じない。それにもし、今までのことがサーシャとフィーラの勘違いで、おかしくなったなどといわれたクリードが変な扱いを受けることになっても困ってしまう。


 だが、伯母が変わっていないという保証は今のところ、ない。だったら、伯母とヘンドリックス、二人ともに答え合わせをした方が、今起きている異変を確実に捉えられるかもしれない。

 サーシャがヘンドリックスにもいてもらおうと言おうとした矢先、オリヴィアがヘンドリックスを下がらせてしまった。


「そうね、ヘンドリックスには下がっていて貰いましょう。伯母と姪の内緒話に、他人がいては無粋よ」


「サーシャを信用していないわけじゃないが……下がるのは扉の後ろまでですよ?」


「それでいいわ」


 ヘンドリックスはオリヴィアに一礼して扉から出て行った。 



「一体何があったの? 聞かせてくれる、サーシャ」


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