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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第141話 精霊祭2



「……うそ。皆どこに行ったのかしら?」


 フィーラがふと気づくと、先ほどまでそこかしこにひしめいていた人たちの姿が、今はまったく見当たらなくなっていた。


――少しの間、考え事をして歩いていただけなのに……あれだけいた人間が、一体どこへ消えてしまったのかしら……?


 確かにどんどん奥へと歩みを進めていた自覚はあったが、それでも周囲にはまばらではあるが人がいたはずだ。それがいつのまにか人っ子一人見当たらなくなっている。


「全員神隠し……なわけないわよね。というより、もし神隠しにあったのだとしたら、それはわたくしのほうでは?」


 口にしたことで、フィーラの身体に一気に怖気が走った。


「いえいえ。そんな馬鹿な。ここは異世界よ? 神隠しなんて……あ」


――確か前世には妖精の世界に連れていかれる人間の話があったような……。妖精ではないけれど、この世界には……。


「精霊がいるわ」


――嘘でしょ……? 嘘ですわよね……⁉ 精霊ってそんなものだったかしら? 神隠しなんてやりそうなのはどちらかというと魔ではなくて⁉


 フィーラはひとしきりその場で煩悶していたが、すぐに落ち着きを取り戻した。現在、自分が神隠しと同等と呼べるほどには不可思議な体験していることを思い出したからだ。


――考えてみれば、異世界に転生したことだって相当不可思議なことよね。このうえ、精霊の世界に連れていかれたからって、大した差はないような気がするわ。それにまだわたくしの勘違いかも知れないし。結構奥へと来てしまったものね。もうすぐ森林との境だわ。


 フィーラは目の前に広がる鬱蒼とした森林に目をやる。


 大聖堂の敷地を取り囲むように存在する森林は広大だ。迷い込んでしまえば、戻るのは容易ではないだろう。否、きっとどんどんと森の奥へと入ってしまい、二度と出ることは叶わなくなってしまうかもしれない。


 庭園も森林との境で終わっているため、きっと人々もここまで来ないで引き返しているのだろう。そのうえ、フィーラは上の空で歩いていたのだから、引き返していく人々に気がつかなかったということも、十分考えられる。 


「……とりあえず、大聖堂が見えるところまでは戻りましょうか」


 さすがに、大聖堂付近まで行けば人がいないなどということもないだろう。真夜中までにはまだ時間があるとはいえ、今の時間帯はすでに周囲は漆黒の闇に包まれている。灯りはあったが、周囲に人がいないとなれば、非常に心細い。


 フィーラは気を取り直し、大聖堂へと向かって歩き出した。










「大丈夫……。落ち着きなさい、私」



 間一髪で落ちるのを免れたサーシャは、塔の縁へぶら下がりながらどうにか自分を落ち着かせるため、呼吸を整えていた。


 何度か大きな呼吸をしたあと、サーシャは目を閉じ意識を集中した。


 閉じた目の奥に感じる小さな光が、サーシャの呼びかけに答え徐々に大きくなっていった。


 サーシャの精霊は下級精霊だ。


 上級ともなれば頭の中で思っただけでも動いてくれるが、中級でさえも意識を集中させてからはっきりと指示を出さなければ、契約者の思惑をなかなか読み取ってはくれない。


 これが下級ともなれば、個としての精霊の形を整えてからでないと、精霊の意識が希薄すぎて用を成すことができなくなってしまう。


 普段は主に手の平を使用していたが、今は両手が塞がっているため、サーシャは自分の精霊を呼びだそうと、どうにか一本指を立て、意識をその指先に集中させた。

 サーシャの細い指先に、光が集まる。その光がサーシャの指先から離れて浮いた。


「さあ、助けを呼んできて」


 サーシャが精霊に向かって指示を出す。大聖堂まで精霊を飛ばせば、万が一聖騎士本人は来られずとも、精霊だけでも来てくれるはず。


 だが、精霊は動かなかった。


 サーシャの意思を理解し動こうとしている様子は伝わってくるのだが、大きく点滅するだけでそれ以上指先から離れようとはしない。


 そして精霊がサーシャに伝えて来たのは……。


「……動けない? うそ! どうして?」


 サーシャの意思は理解しているし、実行しようとする意思も精霊にはある。


 精霊はさらに大きく点滅を繰り返す。どうやら、この場所から離れることが出来ないらしい。


「……また結界が……?」


 学園に結界が張られ、大騒ぎをしたことはまだ記憶に新しい。しかし、サーシャが今いる場所は広いとはいえ、精霊姫がいる大聖堂の敷地内だ。最初に魔が出たティアベルトの王宮よりも、学園よりも、さらに強力な結界が張られているはず。それに、伯母は小さな穴が開いていたせいで学園の結界は破られたと言っていたのだ。その事実を知っているのに、対策をしていないわけはない。


「いえ、まだそうと決まったわけではないわ」


 サーシャは結界を感知できない。サーシャの精霊も、出られないと伝えて来ただけで結界が張られているとは言ってはいない。ただ、下級精霊ではどこまで人間との共通認識が出来ているかは不明なため、結界という言葉を使わなかっただけという可能性もあった。

 

 ともあれ、精霊が動けないのならば完全に宛てが外れてしまった。このままではサーシャは、いつか力尽きて塔から落ちてしまうだろう。



「どうしよう……。誰か……誰か、助けて!」










 大聖堂へと戻るべく歩き出したフィーラは、来た時とは異なる区画を帰り道に選んだ。整えられた庭園は、区画ごとに様々な国の見たこともない植物たちが植えられているのだ。見ないのはもったいない。


――そういえば……今のこの庭園を造らせたのが、フェリシア様なのよね……。もとも大聖堂に庭園はあったようだけれど、ここまで整ったものではなかったと聞いたわ。


 フィーラは一度立ち止まり、己を囲む庭園を見渡す。今は夜だが、庭園のところどころには外灯が立てられていたため、庭を見るには何の不自由もなかった。


――でも、今度は昼間ゆっくりと見たいわ。……それにしても、フェリシア様。本当に植物がお好きだったのね。わたくしも好きだけれど、庭園を新たに造らせようとまでは思わないわ。


 そもそもすでにメルディア家には素晴らしい庭園があるため、新たに作るスペースはすでにない。


――庭の一画に花壇でも作ろうかしら? それともフェリシア様に倣って庭園を改造するのも良いかも知れないわ。


 フィーラは止めていた歩みを再開する。


 学園を卒業しても暇にしていたら本格的に計画してみようと考えながら歩いていたフィーラは、しかし、微かに聞こえて来た人の声らしきものにまた足を止めた。


「今……何か聞こえたわよね?」


 一瞬ぞくりとした感覚を覚えたが、それでもフィーラは周囲の音を拾うため耳を澄ます。


 さわさわと風にゆれる草木の葉音が聞こえる中、微かに人の声と思わしきものが聞こえ

て来た。


――まさか幽霊……じゃないわよね。


 神隠しのことを考えたりなどしたものだから、現在のフィーラの思考はホラー寄りになってしまっていた。


「………か。……た……け、て……」


 小さな声だったが、確かに聞こえた。恐らく、女性だろう。


――幽霊、じゃない。


 声の大きさの割に、その声からは切羽詰まったような感じを受ける。小さく聞こえるのは、きっと遠い場所から聞こえてくるからだ。


 フィーラの勘違いでなければ、声の主は助けを求めているように聞こえる。そして声のする方向はおそらく森林のある方向からだ。


 人気のない場所で、この時間に助けを求める女性の声。


 悪い予感しかしないが、誰かを呼びに行っている余裕があるかはわからない。まだ声の主がいる場所さえ、特定できていないのだ。

 

 もし誰かが襲われていたとして、人が駆け付けたことで犯人がそこから去ってくれる可能性もある。誰かを呼びに行っていて間に合わなくなることのほうが怖かった。


「……デジャブだわ。しかも今度は人間。……わたくしって間が悪いのかしら?」


 フィーラは学園の中庭で保護した子猫のことを思い出した。あの時もフィーラが人を呼びに行っていたら、子猫は木から落ちてしまっていたかも知れない。


 今回も考えようによっては、タイミングが良いともいえる。フィーラが気づかなければ、他の誰も気がつかないということだってあり得たかもしれないのだ。


――まあ、わたくしで解決できるかどうかは別ですけれど……。


 それでも何か行動しなければ……。そう思ったフィーラはドレスのスカートを捲し上げ、声のする方へと走り出した。

 

 庭園の外れ、森林との境あたりまで来た時、女性の声がはっきりとフィーラの耳に届いた。



「……助け、て!……誰か!」



 やはり女性が助けを求めている声だ。しかし周囲を見渡しても声の主らしき人物が見当たらない。しかも確実に近づいているだろうに、声はいまだに遠く感じる。

 フィーラは次に聞こえて来た声で居場所を特定しようと意識を耳に集中させた。


「誰か……!」


 もう一度聞こえて来た声に、フィーラは上を仰ぎ見る。すぐそばには灯りの灯っていない塔があった。


 はたして、そこにはフィーラの予想通り、塔の最上からぶら下がりながら、助けを求める女性の姿が見えた


「うそ……。これは……わたくしでは無理だわ……」


 フィーラの力では、全体重のかかった女性を持ちあげ助けることなどできない。


 これは誰かを……男性を連れて来た方がいい。そう判断して踵をかえそうとする直前、ぶらさがっている女性の身体が大きく揺れたのがわかった。


「……っ!」


 その姿を見た瞬間、考える間もなくフィーラは塔の最上へと登るべく走り出していた。


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