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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第140話 精霊祭1



 白い、ゆったりとしたドレスを纏ったフィーラは、己の頭上にあるティアラを恐る恐る触った。


 今日のフィーラは白金の長い髪をそのまま降ろしているのはいつもの通りだったが、頭上にはティアラを載せている。どういう仕組みになっているのか、頭を前後左右にゆらしても、このティアラはとれることはない。

 

 不安になったフィーラはティアラを恐る恐る動かそうと試みたが、やはりびくともしない。まるで頭から直接生えたようだ。


――なんか……ちょっと怖いわね。ピンで留めているわけでもないのに。……とるときに髪まで持っていかれるとかないわよね?



 前夜祭が過ぎ、今日は精霊祭の本祭。


 それぞれの国の王宮で行われる前夜祭と違い、この日のために、各国からは大勢の人間が大聖堂のあるティアベルトに集まってくる。

 転移門が使えるものは、転移門で。使えないものは長い道のりを、今日のために旅してくるのだ。


――聖地巡礼のようなものよね。もちろん、本場のほうの。


 生涯一度でいいから大聖堂を訪れたいと思う人間は、平民貴族を問わず大勢いる。大聖堂があるというだけでも、ティアベルトに生まれたことを誇る人間も多かった。


 そして本祭の後にある後夜祭も人々の楽しみのひとつだ。大聖堂にて行われる大規模な舞踏会には、精霊姫候補や聖騎士候補も参加する。


 本祭と後夜祭は、普段大聖堂や学園にいて会うことのできない彼らに会うことができる絶好の機会だった。


――その候補の一人としては、なんだかとてもこそばゆいと言うか、信じられないという心情なのだけれど。


 しかし賑やかな雰囲気の前夜祭や後夜祭と違い、本祭は祭典というよりは祭礼の趣がある。

 人で賑わってはいるが皆服装や行動、すべてを控えめにしている。それでも今日が特別な日であることには変わりはなく、大聖堂の周囲は静かな熱気にあふれていた。


 その熱気から逃れるように、フィーラは庭園の散策に繰り出した。このまま人々に囲まれていてはどうにも緊張が解けないような気がしたからだ。


――エリオットにはうろうろするなと言われたけれど……大丈夫よね? いつもより警備が大勢いるわけだし……。


 大聖堂の庭園は、フィーラにとって、どこかとても懐かしく感じる場所だった。


――少しだけ、うちの庭園に似ているからかしら? 色んな国の植物が区画ごとに整えられていて見応えがあるわね。植物園……と言った感じかしら。


 精霊姫候補としてのフィーラの出番はまだ訪れない。集合時間までは自由時間なのでフィーラは今庭園を散策していた。


――もっとみっちり予行演習をするのかと思っていたけれど、そうでもなかったわよね。


 今日のことで事前に聞かされたのは、集合する時間と場所、何を行うか、ぐらいだ。フィーラはすでに精霊教会で用意された衣装を身に着けている。金糸銀糸で繊細な刺繍を施された白いドレスを着て、頭にはティアラをつけていた。

 この恰好で歩き回ると言うことは精霊姫候補だと言っているようなものだが、行動の制限などは一切かからなかった。


――まあ、ここは精霊姫がいる大聖堂の敷地内だものね。それに今日という日に精霊姫候補と知ってなお害をなそうとする者はさすがにいないでしょうしね。


 実際にかなり昔には精霊姫候補が狙われるという事件も起こったらしいが、精霊王の怒りを受け、その年は自然災害に見舞われたらしい。


 たった一人、ないしは数人の蛮行により世界全体に被害が及ぶと分かってから、さすがに精霊姫や候補たちを狙う輩はいなくなったようだ。精霊姫の怒りを買う前に、人の世の理でそれは悲惨な制裁を受けるからだ。


 だが時が経つにつれ過去の記憶が薄れていくのはこの世の必然だ。過去に犯したあやまちを今は忘れている人間がいないとも限らないため、どのような場面でも精霊姫候補へのそれなりの対策は取られている。人による警備を怠らないのもそのためだ。


――まあ、安心して過ごせるのは良いことよね。


 精霊姫候補が自由に行動できる理由はもうひとつある。そもそも今日大聖堂には聖五か国を交えた二十か国以上存在する国々の王やその代理が集まっている。王たちがここへ集まる代わりに、それぞれの国を護っているのが王太子だ。


 王たちは大聖堂の内部に集合し、一般の者たちには姿を見せないが、警備の数はいつもの比ではない。今日という日はいつもよりもより安全だというのが、世間の見方であるし、実際そうなのだろう。だからフィーラたち精霊姫候補も自由に行動することが許されているのだ。


――お兄様もお父様の手伝いで王宮に残ると言っていたし、もし知り合いが来ていてもこの大勢の人では会えるかどうかはわからないわね。


 時折、行き交う人々の視線を感じたがフィーラはあえて気づかないふりをした。それでも目が合ったときだけは軽く微笑んでおく。


――候補だからといって話しかけてくる人はいないのよね。それがわたくしだからなのか、候補だから遠慮されているのかはわからないわね。


 フィーラは咎められないのを良いことに、どんどんと庭園の奥へと入っていった。





                 




 年に一度の精霊祭。その本祭に当たる今日、精霊士を目指すサーシャは大聖堂へとやってきていた。


 現役の聖騎士や駐屯している各国の騎士たちに混ざり警備をする聖騎士候補たちと違い、精霊士候補たちには出来れば参加する旨の通達はでていたが、言い換えればそれだけだ。

 

 現役の精霊士について何をするわけでもなく、ただ参加のみを求められる。それは精霊祭が精霊士たちによって運営されていることと関係していた。

 

 現役の精霊士たちは前夜祭、本祭、後夜祭ととても忙しい。精霊士であっても新人というだけで邪魔にされ、あるいはこき使われる日に、ほとんど使い物にならない候補たちの面倒を見ている余裕などは誰にもなかったのだ。

 

 しかし、候補たちにその姿を見せることには意義がある。精霊士になった暁には、毎年行われる祭典の激務をこなさなければならない。その姿を見せ、いわば覚悟を育てるための参加推奨だ。


「何度来てもすごい人ねえ」


 サーシャはほとんど毎年と言っていいほど、この精霊祭の本祭に参加している。厳かながら華やかなこの祭典は、何度来ても飽きることはない。


 しかし、歳を経るごとにこの祭礼の重要性を理解していったことで、幼い頃の純粋なワクワクとした気持ちは無くなってしまった。そのことを少しばかり寂しいと思ってしまう気持ちはあったが、それもきっと自分が成長した証なのだろう。


 サーシャは人々の周りに飛び交う光の球に意識を移した。薄っすらと見える色とりどりの光の球は、今宵大聖堂へと集まった精霊たちだ。


 サーシャは精霊士としては、あまり目の良い方ではない。精霊士の中には、はっきりと精霊の姿を見る者もいるが、しかしサーシャの場合は非常にぼんやりとしか精霊の姿を捕らえることができなかった。


 それでも、精霊士の中には契約した精霊以外の精霊の姿をまったく見ることが出来ない者もいるのだ。しかもその精霊士が契約している精霊は上級精霊だという例もこれまでにはあった。


 精霊士の価値は契約した精霊の階級で決まるのが常で、精霊の姿が見えるか否かはあまり重要ではないのだ。近くに精霊がいれば、契約した精霊が教えてくれるし、そもそも精霊が姿を隠そうとしてもそれを無効とするほどの目を持っている精霊士はほとんど存在しない。


 そして、今日精霊たちが集まっているのは精霊祭だからであって、普段は精霊の姿をここまで見ることはないのだ。

 精霊は普段どこにいるのだと不思議に思うくらい、目にすることが少ない。それはサーシャだけの意見ではなく、昔から研究されていることでもあった。


 サーシャは飛び交う光の球をぼうっと眺めつつ、今宵の本祭のトリともいえる行事について思いを馳せた。


 精霊祭本祭のトリは精霊姫による世界平定の祈りだ。しかし今年はこの祈りに精霊姫候補たちが加わる。


 今回の選定は聖五か国から二人ずつ、計十人の精霊姫候補たちが出ていた。しかしそのうちの一人は精霊姫候補を辞退している。残りの九人が大聖堂に集まり祈るのだ。


「見ごたえありそう……」


 聞いた話ではそれぞれの精霊姫が揃いの白い衣装を着て、大聖堂で祈りを捧げるらしい。祈りを捧げるその姿を見ることは出来ないが、祈りへと入る前に大聖堂の前に集合した候補達の姿は見ることが出来る。


 しかし祈りは真夜中に行われるため、祈りの時間までにはあと数時間はある。


「……ちょっと庭園を見て回りましょうか」


 大聖堂の庭園は各国の王宮にも余裕で勝る規模を有しているが、もともとの敷地はさらに広大で、庭園を取り囲むように深い森林が存在している。庭園として整備されたのは敷地の一画で、それもここ数百年のことらしい。


「それでもどの王宮の庭園より広いというのだからすごいわよね」


 サーシャは庭園を眺めながら同時に行き交う人々を見渡す。今日はそこまで派手な恰好をしている人は見当たらない。男性も女性も、皆控えめな色合いの服を着ている。今日は祭りとはいえ、厳粛さを求められる祭礼でもあるのだ。


 庭園のはずれまでやってきたサーシャは引き返そうと元来た道を帰ろうとした。しかしそこでサーシャの眼がある一点に惹きつけられる。サーシャの意識はひとつの塔にくぎ付けとなった。


「あれって……精霊士の研究棟の一つだったわよね」


 庭園の外れ、森林との境に建つ塔は主に地の精霊と契約をしている精霊士たちの研究棟として使われている。彼らの主な研究対象は森林に存在しているため、森林の近く、庭園の外れに塔が立っているのだ。


「何かしら? あれ……」


 塔の入り口に黒く細長い影が見える。サーシャはさらに塔へと近づき、それが人であることを確認した。入口には全身黒ずくめの背の高い男が立っていた。


「全身真っ黒……。不思議な趣味ね」


 服装の趣味には賛同しかねるが、サーシャが気になったのはそこではない。男からは何か不気味な気配が漂っていたのだ。


 精霊士は通常の人よりも勘が良い。とはいえ、ただ何か嫌な予感がするだとか、自分がどう行動すれば誰かの役に立つとか、そういった漠然としたものが多い。

 今回も精霊士としてのサーシャのその勘が働いた。気がついたら、サーシャは塔へと入っていく男を追いかけようと塔へと向かい歩いていた。


 すぐにサーシャは男に追いついた。どうやら男はだいぶゆっくりと歩いていたらしい。サーシャは後ろから男に声をかけた。


「あの……すみません。そこのあなた」


 サーシャの声に男はピタリと歩みを止めた。しかしこちらを振り返るわけでもなく、すぐにまた歩き出した。


「ねえ。あなた。聞こえませんでした?」


 今度こそ男は歩みを止め、サーシャを振り返る。


 黒いフードの中から見えた瞳を見た瞬間、サーシャの身体に怖気が走った。


「あなた……精霊士? ……じゃないわよね」


 男はサーシャの問いには答えず、背を向けて歩き出した。


「ちょっと。ねえ! ここで何をしているの?」


 男の纏う雰囲気はとても異常だ。全身に纏う黒い服がそう見せているのかもしれない。だが、さきほど見た男の瞳は、常人のそれとはどうしても思えなかった。


 どこまでも澄んだ青い瞳。美しすぎるそれは、およそ生きている人間が持ち得るものとは思えなかった。


 男はどんどん先へと進み、階段を上っていく。ここの塔は普段は精霊士たちが使っている塔だ。しかし今は人の気配を微塵も感じられなかった。普段なら夜だとしても四、五人は残っているはずなのだ。


「ねえ、ちょっと! あなた誰なの⁉」


 男はサーシャの問いに答える気はないらしい。


 男は屋上への扉を開け、中へと入っていく。サーシャも把手に手を伸ばすが、パタン、という音とともにサーシャの手が触れる寸前、扉が閉まった。


「ちょ……もう! 開かないじゃない!」


 サーシャは扉の把手をガチャガチャと動かしたが、扉が開く気配はない。しばらく色んな方法を試していたサーシャだったが、突然、何の予兆もなく扉が開いた。


「え! あ」


 突然開いた扉に驚きつつも、サーシャはおずおずと中へと足を踏み入れる。屋上を見まわしたが、すでにあの男の姿は消えていた。

 

「いない……」


 あの悪目立ちする男の姿はどこにもない。しかし屋上へ続く扉はこの扉のみのはずだ。


「ちょっと……どこへ消えたのよ」


 サーシャは周囲に用心しながら屋上の縁へと歩みよる。よもや飛び降りたのではないかと思ったのだ。

 しかし、縁を覗き込もうとしたサーシャの足元で、小さな竜巻が起った。


 「え? ……ちょっと? 嘘!」


 突如発生した竜巻はサーシャの身体を壁に押し付け、そのまま縁へと押し上げる。


「あいつ……やっぱり精霊士なんじゃない!」


 風の精霊と契約しているのなら、扉を使わず下へ降りる方法は持っている。しかもこの小さな竜巻。自然発生するようなものではない。


 サーシャは抵抗したが、身体はぐいぐいと縁へと押し上げられ、ついに縁を乗り越えるところまで来てしまった。


「待って! 待って待って! 本当に落ちちゃうわよ!」


 サーシャはすでにここにはいないであろう男に向かって叫んだ。かなり実力と技術が要求されるが、その場に本人がいなくとも風を操ることはできるし、その場の状況を確認することもできるのだ。

 しかし風は止まらない。小さな旋風がサーシャの身体を一気に押し上げた。


「…………嘘でしょ」



 愕然と目を見開いたサーシャの小さな身体は、縁から離れ中空へと放り出された。




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