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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第138話 前夜祭7



 広間に人気が無くなった後、ロイドがジークフリートに近づいてきた。


「本当にフィーラ嬢は色々と引き起こしてくれるな」


「フィーが悪いわけじゃないけどな。……本当に、今回のことは父様も僕もとんでもない失態を演じてしまった。……せめてフィーにニコラスの容姿を教えておくんだった」


「知っていたからといって防げたとは限らない。むしろフィーラ嬢は感情が顔に出やすいから、嫌悪や警戒が伝わることで、よけいに相手を刺激してしまった可能性もある」


「そんなのはすべて結果論だ。フィーを怖がらせたくないからととった処置だったけれど……完全に裏目にでたな」


「怖がらせないように、か。だがフィーラ嬢は見かけによらず強いからな。今回のようなことがあっても、ニコラス・ソーンの事をまったく恐れてはいないようだ」


「まったくだ。ニコラスに何か耳打ちをしていたが、あれじゃ男を翻弄する悪女のようじゃないか。ニコラスの顔を見たか? まるで女神でも見るような目つきだった」


「ああ……フィーラ嬢はまったく気づいていないだろうが」


 顔をあげたニコラスの頬がほのかに赤かったこと、その瞳に狂信的な光が宿っていたことになど、きっとフィーラは気づいていないだろう。それに……。


「……これもフィーは気づいていないんだろうな。精霊のまじないはまだ解けていないのに、ここに集まった奴全員、本来のフィーの姿を見ることが出来たってことに」


 全員といっても、近衛騎士にはフィーラの姿は別人に映っていただろう。フィーラがこの広間に現れた瞬間、近衛騎士たちの顔に浮かんだ表情を、ジークフリートは見逃さなかった。 


 彼らの瞳には、きっとフィーラの姿は聞いていた、知っていたメルディア公爵家の令嬢の姿とは異なっていたのだろう。ただ、そこにいるのがメルディア家の令嬢で、精霊姫候補であると知らされていたから、通常通りの態度でいられたのだ。


「……フィーラ嬢は愛されてしかるべき人間だからな。それよりも、サミュエル殿下がフィーラ嬢のことを大切に想っていることに私は驚いたよ」


 今のフィーラは本来のフィーラとしての姿をしていない。にもかかわらず、サミュエルはやってきたフィーラを見て、眉一つ動かさなかった。精霊に好かれているだけかもしれないが、そうであるとははっきり言えない。

 どちらにしろサミュエルの瞳にはフィーラ本来の姿がちゃんと映っていたはずだ。


 それに、サミュエルはフィーラのことをちゃんと大切に想っている。フィーラが罪人であるニコラスに近づいた時近衛騎士たちはフィーラを止めようとしていた。だがサミュエルが睨みをきかせたため踏みとどまったのだ。そうでなければ、フィーラは彼らに剣を向けられていたかも知れない。


 沙汰を待つ罪人に近づくということは、その罪人を弑すためか、あるいは何かを吹き込むため、取引を持ち掛けるためと捉えられても仕方ないのだ。


 サミュエルたちの言動からその場にいるのがメルディア家の令嬢だと頭では理解していても、目に映る他人の姿に、近衛騎士たちはつい身体が動いてしまったのだろう。


「サミュエル? それはそうだろう。婚約は白紙になったが、従兄妹であることに変わりはない。あれでサミュエルもフィーのことは気にかけているんだ」


「ああ……いや、そうか」


「……あいつはいつもフィーに対して厳しいが、今日は珍しく本気で怒っていたな。きっと、フィーが始終ニコラスを庇うそぶりを見せたのが気に入らなかったんだろう」


 ようするに悋気だなと、ロイドが何故か嬉しそうに呟やく。


「……それならばなぜ、サミュエル殿下は婚約の辞退を受け入れたんだろうか」


「あいつのフィーに対する想いは、お前のエルザに対する想いと大して変わらない。フィーの気持ちを優先したんだろう」


「そうか……」


「お前にしては珍しいな。相手の気持ちを見誤るとは」


「そうだな。見誤っていた。てっきり殿下は、フィーラ嬢のことを嫌わないまでも、そこまで気にかけてはいないと思っていたが……」


「ジーク?」


「いや、何でもない」


 ロイドはサミュエルのフィーラに対する愛を家族愛と思っているようだが、おそらくあれはそうではない。否、家族愛だけではないと言った方が正しい。ロイドは勘が鋭いが、己と身内の恋愛ごとに関してはフィーラと張るほどに鈍い。


 本人は認めないかもしれないが、サミュエルはロイドにとって、間違いなく身内という認識なのだろう。


 サミュエルが怒っていることは、ジークフリートも気づいていた。普段、誰を相手にしてもおよそ感情を荒立たせないサミュエルがあそこまで怒りを露にするということは、それだけフィーラに心を寄せているということだ。


 それに、もし今回のフィーラの立場にエルザを置き換えてみたとしても、ジークフリートはあそこまで感情を揺さぶられることはないと断言できる。

 ただ従妹を諭すためだけの怒りではない。それに、フィーラはそこまでニコラスに盲目に絆されてはいなかった。

 それなのに、あそこまでサミュエルが怒るということは……。


「厄介だな……」


「まあ、奴が厄介なのは昔からだ。それより、これからどうする?」


「……脱獄を示唆した組織については、国に任せた方が良い。ジルベルト君の兄という人物についてもだな。それよりも、もう少しリディアス殿下について調べたい」


「……そちらもかなり厄介な相手かもしれないぞ? テレンスは現精霊姫の生国だ。今はティアベルトに次ぐ権威を持っている」


 フォルディオスであったことは、すでにロイドには話をしてある。


「わかっている。だが、こちらも兄のことがある」


 兄であるエドワードが王太子を辞退した背景には、リディアスが関わっているのではないかと、ジークフリートは考えていた。


 もしかしたらエドワードは以前から王太子を辞退することを考えていたのかもしれない。けれどそれにしても唐突すぎる。

 おそらく、エドワードの気持ちが動いたのは、夏季休暇中のあの短い期間。その間にエドワードに王太子の辞退を決意させた普段と異なることといえば、思い当たるのはリディアスが滞在していたことくらいなのだ。


 ほかにもフィーラたちがいたことも普段とは異なる要素だったが、彼らが何かをしたとは到底思えないし、それをする理由もない。何より、庭園でしたリディアスとの会話が気にかかった。


 リディアスは兄よりもジークフリートのことを王太子に相応しいと言ったのだ。


 ただ言っただけ。そう言われてしまえばそれまでのことだ。だが、ロイド同様、ジークフリートも己の勘というものを大切にしている。


 ジークフリートの母は王の第二妃だ。正妃との仲は悪くないとはいえ、それでも母も、ジークフリートも、正妃と兄に気を使わずに生きてきたと言えば嘘になる。もっと率直に言うならば、気を使っていた相手は正妃や兄を取り巻く貴族たちだ。


 何を言えば、相手の機嫌を損ねるのか。何を言えば、相手を安心させることができるのか。相手が今何を考え、どんな言葉を欲しているのか。

 わずかな表情や声の調子からそれらを読み解く術を、ジークフリートは幼い頃から身に着けていた。


 あのときのリディアスは、本気だった。本気でその言葉をジークフリートに言っていた。ジークフリートは決して野心的ではない。兄に取って代わろうなど考えたこともないし、そう勘違いさせるようなそぶりも、今までしてこなかった。ましてやリディアスのような他国の王族の前でならなおさらだ。


 だというのに、リディアスはその言葉をジークフリートに言ったのだ。まるで挑発をされているような気分だった。ジークフリートにしては、かなり久しぶりに、感情を押さえつけることに苦心した出来事だった。


「……エドワード殿下か。まさか、お前が王太子とはな。世の中何があるかわからないものだ。だがリディアス殿下が関わっていると確証が取れたわけではないのだろう?」


「……ただの勘だ」


「けどまあ。そういう時の勘は大抵当たるんだよな」


「あとは、平行して精霊教会のことももう少し調べたい。結界のこともあるからな。国がすでに調べているだろうが、情報がこちらに回ってこない」


「お前はすでに王太子だろう。情報など得ようと思えば得られるんじゃないか?」


「私はまだ立太子していない」


「そうなのか?」


 ジークフリートの言葉を受け、ロイドがわずかに目を見開く。


「私が拒否していることもあるが、兄を退け弟が立太子するからには民衆が納得する理由が必要だ。父は準備を整えてから大々的に行うつもりだろう」


「お前が退けたわけじゃないだろう。それに、いくら拒否してもどうしようもないぞ?」


「わかっている。だが少しくらいは抵抗しても罰は当たらないだろう」


 だから今日も自国の前夜祭を欠席して、ティアベルトのロイドの元に来ていたのだ。しかしさすがに明日の本祭には戻らなくてはならないだろう。兄が領地にいる以上、何かしらの理由をつけてでも、ジークフリートが父である王の代わりにフォルディオスにいなくてはならない。


「どうだかな」


「まあ、その話は今はいい。結界と魔のことだ。こちらも少しばかり上澄みを調べただけで確信に至れるとは思っていなかったが、あまりにも情報が出て来なさすぎる」


 結界の不備については間違いなく精霊教会が絡んでいるはずだが、生徒側には何の説明もなされていない。そして三度もフィーラの目の前に現れた魔についても、精霊教会からは何の通達も出されていないのだ。

 

「結界の不備については精霊教会が絡んでいることは確かだ。そこはもう疑わなくていい」


 ロイドの父はティアベルトの宰相補佐だ。王宮や国が運営する学園の結界についてもかなり正確な情報を掴んでいるのだろう。


「だが、王宮に出た魔については僕は覚えていないが、学園に出た魔はやはりどうにもおかしいな。そもそも魔が結界を張るということが信じられない。そしてその驚異的な魔について、精霊教会が何の通達もださないのは異常だ」


「ああ」


 王宮と学園に出た魔についてはかん口令が敷かれているため、当事者以外の人間は今でも何の疑問も持たず普段通りに生活している。

 しかしこれまでとは異なる魔が出たとなれば、各国に通達がいき、注意喚起がなされるのが通常だろう。


「だが、今まであのような魔が出たためしはない。はじめてのことで精霊教会内部でも意見が割れているのかもしれないな」


「知らせるかどうかか? そんなばかな」


「あり得ないことではない。対処の方法が分からないまま不穏な情報だけ流してしまえば無暗に民の恐怖を煽る結果になるかもしれないからな」


「……わからないではないが。もしあの魔に遭遇する人間がいたら悲惨だぞ」


 それについてはジークフリートも同意見だが、そもそもあの魔が他の場所に現われるのかは疑問だ。

 

 ジルベルトに祓われた魔についてはわからないが、フィーラの前に現れる自らの意思で話す魔の存在については、おそらく他の場所には現れないだろうとジークフリートは思っている。

 

 そして、もしかしたら学園に結界を張ったのもあの話す魔一体だけという可能性もあるとジークフリートは考えていた。

 何体も異常な魔が出たと考えるよりは、あの魔一体が特別だったのだと考えたほうが自然だ。


「精霊王には聞けないのか?」


 ロイドの言葉に、ジークフリートの心臓がわずかに跳ねる。まさか知っていて言葉にしているわけではないだろうが、心臓に悪い。


「……聞けると思うのか?」


「だよな」


 あっさりと引き下がるロイドに、ジークフリートは拍子抜けをする。だがそのおかげで冷静になれた。


「……だが、聖騎士となら話せるかもしれない。デュ・リエールの時に伝手が出来た」


「ああ……なるほど?」


「なんだ……?」


「いや? 一人で抱え込むのが厳しくなったら、いい加減僕にも話せよ」


「私の一存では無理だと言ったろう……」


「なら、フィーに話せ」


「……彼女を巻き込むわけにはいかない」


「良く言う。むしろフィーが渦中だろう? なぜ本人にも黙っている」


「何を……」


「なぜそんなややこしいことになっているかはわからないが……うちにはある秘密の言い伝えがあるんだよ」


「言い伝え?」


「うちが過去二人の精霊姫を出していることはお前も知っているよな」


「ああ」


「同じなんだ」


「何がだ」


「二人とも、ある日突然人が変わったように理想的な淑女になっている。……フィーと同じように」


 フィーラが変わったという話は巷に流れる噂やロイドから聞いて知っていたし、実際にフィーラ本人からも聞いた。だが、その話は初耳だ。


「秘密だと言っただろ? 精霊姫に関することの多くは機密事項だ」


「……それを私に言ってもいいのか?」


 いくらジークフリートが王族だとしても、こと精霊姫に関しては王族だろうが何だろうが関係ない。


「何を言ってるんだ。お前はもっとすごい情報を知っているんだろうが」


「……」


 本当にロイドは勘が良い。ジークフリートが何も言わずとも、きっとある程度のことはすでに理解しているのだろう。


「大丈夫だ。このことは誰にも話していない。父様にさえな。何であれ、フィーに害が及ばない限りは黙認してやる。だが、もし。フィーに何かあったら……」


「そんなことはさせない」


 フィーラによく似た形の美しい瞳をすがめ、ロイドがジークフリートを見つめる。


 フィーラもロイドも並外れて美しいだけに、怒るとそれは迫力がある。フィーラが本気で怒ったところをジークフリートは見たことがなかったが、精霊王を降ろしたときのフィーラは、今のロイドと同じくらいには迫力があった。


「……そうか。ならお前を信じよう。聖騎士と連絡とれよ」


「ああ……」


 そういってその場をあとにするロイドの背中を、ジークフリートは複雑な思いで見つめた。



 ジークフリートはロイドに対し秘密を持っている。しかし、今日のロイドの態度からわかったことは、向こうもなにかしらジークフリートに対して秘密を抱えていると言うことだ。


 こちらが提示できない情報に対するロイドの態度があからさまに変わった。今まではジークフリートを信頼していたから見逃していたのだろう。否、フィーラに害が及ばない限りは黙認すると、さきほども言っていた。


 しかし、ロイドの真剣な表情は、もし本当にフィーラに何かあろうものなら、たとえジークフリートであっても容赦はしないといった真剣さだった。切羽詰まった何かが、ロイドの瞳からは見て取れた。だが……。


「そんなことにはならない。彼女は誰よりも護られているんだ」


 この世のすべてを総べる精霊王。その精霊王自らがフィーラを選んだのだ。たとえこの世が崩壊したとしても、きっとフィーラだけは護られる。そしてそのことを思うと、ジークフリートは深い安堵を覚えるのだ。


「……ああ。厄介だ」


 ジークフリートは額に手を置き、大きなため息をついた。


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