第131話 嵐の前の
一年に一度。秋も終わりに近づく頃に行われる祭典が、精霊祭だ。
精霊達への日頃の感謝を込めて行われるその祭典は、世界各国の一大行事だった。
明後日は精霊祭の前夜祭。精霊祭の準備のため、学園はここ一週間ほど午後の授業は休みとなっている。それ以外にも、生徒は精霊祭の準備のためならば休みを取得することも可能だった。
精霊祭が行われる前夜祭、本祭、後夜祭の三日間、学園は休みとなるが、生徒たちの活動拠点ともなる。学園の転移門を使う生徒も多いため、休み中でも自由に使用できるようになっているのだ。
フィーラも明日は休みをとり、一日前夜祭の準備に費やす予定だ。
そして今日。フィーラは久々にエルザと一緒に昼食をとっている。そしてもう一人、珍しいことにエリオットも一緒だ。
普段騎士科の生徒たちとは昼食をとる時間が重ならないため、フィーラはエルザと滅多に食堂で一緒にはならない。だが今日はたまたま一緒の昼休憩をとっていたエルザとエリオットに出会うことが出来たのだ。
「テッドさんとジルベルトは別の班なんだ。運がなかったね。あ、そうだ。フィー。明後日の前夜祭はもちろんだけど、本祭の時も、私たち聖騎士候補は精霊姫候補とはまた別の役目があるからさ、一緒にはいられないんだ。でもフィーと会いたいからどこかで会えないかな?」
「役目?」
「現役聖騎士について、大聖堂の警備だってさ」
「まあ……それはお疲れ様。そうね。精霊姫候補は大聖堂で祈りをするから、そのときはどうかしら?」
「祈りか……そういえば、そうだったね。うーん、どうかな。警備の最中に行けるかどうか……」
エルザが人差し指を顎におき、首を傾げる。
「無理に決まっているだろう。たまたま大聖堂の近くの警備に当たることを祈るんだな」
「わたくしも二人が警備している場所がわかれば行けるけれど……」
「おい。あまりうろうろするな。何のために警備をすると思っているんだ。精霊姫や精霊姫候補を護るのが第一の目的なんだぞ」
――うう。そうよね。でも大聖堂の敷地内だもの。少しくらいなら大丈夫ではないかしら。いつもより警備も厳重なはずだし……。
「……あんた、今少しくらいなら大丈夫とか思っているだろう」
「……エスパー⁉」
「何だ、エスパーって」
「フィーは自分で思っているよりも考えていることが顔に出やすいからね? 時と場合によっては気をつけてよね」
――時と場合って言われても、どんなときよ……。
「しょうがない。諦めるか。でももし出会えたら運命だよね」
にっこりと笑うエルザに、近くに座る令嬢から熱いため息が漏れる。
今三人が座っているのは庶民向けのスペースだ。以前は周囲を見渡しても、昼食の時間の被った騎士科の生徒を見るだけだったけれど、いつの間にか高位貴族の令息令嬢たちの姿もちらほら見るようになってきた。
――以前はいかにもな、高位貴族の方たちは見かけなかったけれど……。みんなカレーライスの美味しさにようやく気付いたのかしら?
特に今日は、いつの間にかフィーラたちの周囲に人が集まってきている。
――わたくしの食べるカレーの匂いに惹かれて……なんて……そうじゃないわよね。皆エルとエリオットを見ているのよ。
最初は難色を示す者もいたエルザの男装だったが、今では密かなファンもいるらしい。加えてエリオットの麗しさも令嬢から熱い視線を受けている。
そうでなくても二人は聖騎士候補だ。聖騎士候補は精霊姫候補と同じく、世間ではとても名誉なこととして受け入れられている。エルザの評価が変わったのも、聖騎士候補となってからだとは本人の談だ。
絶対にカレーライス目当ての者がいないとは言い切れないが、実際には聖騎士候補を見ることを目的としてここに来ている者たちがいることに、フィーラも気づいていた。
「本祭は無理でも後夜祭があるだろう?」
「あっ、そうだった! 忘れてた」
「忘れるなよ。僕たちだって出ることになっているんだぞ」
後夜祭には前夜祭と本祭の労いの意味があるため、皆の士気をあげるような褒美が用意してあるのだ。
例年大聖堂にて行われる後夜祭の大舞踏会だが、今年はそこに精霊姫候補と聖騎士候補も加わる。
学園に通う者ならば精霊姫候補とも聖騎士候補とも接する機会はあるが、それ以外の者たちには、その日が候補者たちに直接間近で接する唯一の機会になるかもしれないのだ。
「そういえば、そうでしたわね」
「……あんたもか」
「そうだね。大舞踏会でフィーと踊ればいいや。楽しみだな。ドレス着て踊るのが嫌だと思っていたから、すっかり忘れてたよ」
「そこでなら皆に会えますわね」
「大勢人がいるだろうからフィーを見つけるのが大変かな? 何か目印とかない?」
「目印? うーん。何かしら? ドレスは皆同じ色を着るはずだし……髪型で差別化しましょうか?」
――できるかどうかはわからないけれど……それぐらいしか思いつかないわ。
「……どうするつもりだよ」
「高く結い上げて色とりどりの羽飾りをつけるとか?」
「却下だ」
「ええ! ……では、髪型ではなくお化粧とか?」
「どんな派手な化粧をするつもりだ。あんたは普通に目立つから何もしなくてもいい。その髪を下ろしとけばいい。その日は白い衣装は精霊姫候補しか着ないはずだから、すぐにわかるはずだ」
「あはは。それもそうか。フィーは目立つってことも忘れてたよ」
「そうかしら? でも夜だから確かに目立つかもしれないわ」
フィーラの髪は白に近い金色だ。加えて白い衣装を着るのだから夜の暗がりの中ではどうしても目立つだろう。
――何か……全身白っぽいって幽霊みたいじゃないかしら? せめて血色の良く見えるようにメイクしてもらいましょう……。
「夜だからってわけじゃないが……」
「そうだよね。夜でも昼でもフィーほど人目を惹く人間はそうそういないよ」
「……そうかしら?」
「じゃ、後夜祭では一緒に踊ろうね、フィー」
エルザが給仕を呼び止めて片づけを頼む。今日は食事を終えたらすばやく解散しようと、最初に決めていたのだ。フィーラも明日は朝早くに学園を出て、家に帰らなければならない。
食事を終え、いつも通り笑顔のエルザと、どこか呆れ顔のエリオットと別れたフィーラは荷造りをするため寮へと戻った。




