第13話 侍女たちの変化
「フィーラお嬢様、今日のお召し物はどちらになさいますか?」
フィーラ付きの侍女アンが、右手に水色を基調に、薄い黄色を差し色にしたワンピース、左手に淡い橙色を基調に、若草色を差し色にしたワンピースを持って問いかけてきた。
以前のフィーラだったら、右手に真っ赤なドレス、左手に紫のドレスと言った具合のチョイスだっただろう。もちろん差し色は黒で。
――とにかくパキっとした感じの原色が好きだったのよね、わたくし。デザインも派手で大胆だったし。まあ、気の強い美人だから似合ってはいたんだけれど。成人前なのに、かなり派手にしていたから、結構反感は買っていたわね。
「そうね。今日は水色にするわ。髪もちょっとうっとうしいから、軽く結って貰えるかしら?」
フィーラの髪は、長くて毛量が多い。色素が薄いから見た目はそこまで重くは見られないのだが、実際生やしている側からすれば、頭が重くて仕方がない。
「お嬢様、そんな……うっとうしいなどと。こんなにお綺麗な御髪ですのに……」
アンがフィーラの髪を一房手で掬い、うっとりと眺める。
「まあ、ありがとう。でも重いのよね。どうせなら短く切ってしまいたいわ」
前世ではここまで髪の長い女性は滅多に見たことがなかった。腰のあたりまであるのだ。
「ダメです! そんなの! 罰が当たりますよ!」
「罰って……。そもそも、わたくしの髪って中途半端な色ではない? 銀でもなく金でもなく、しいていうなら限りなく薄い色の金だけれど」
――プラチナブロンドと言っても良いのかも知れないけれど、プラチナよりも少し金寄りなのよね。以前のわたくしは、この髪色があまり好きではなかったわ。せめてはっきりとした金や銀なら良かったのにって思っていた。この髪色、敵対していた令嬢たちに、からかわれたこともあったし…。そして会話をしながらも、テキパキと服を着せ、髪を結っていくうちの侍女たちが有能だわ…。
「そんな、どうしてそのような……こんなに艶やかで透明感のある、月の光を紡いだかのような美しさですのに」
サイドを編み込み、ゆるくシニョンにまとめられた髪をなでながら、アンがため息をついた。
「以前、言われたことがあるのよね。ぼやけた色だって……」
「何てこと! どこの誰ですかそのような無礼なことを言ったのは!」
普段温厚なアンの剣幕にフィーラが驚いていると、それまで黙って控えていた他の侍女たちも次々と会話に加わって来た。
「お嬢様の御髪をぼやけた色だなどと、そのような事を言うご令嬢の髪をぜひとも見てみたいものですわね!きっとたいしたものではありませんわ。ドブネズミのような色ではなくて?」
アン同様普段は大人しそうな印象のナラがなかなかにキツイ発言をする。
「えっ、わたくしご令嬢とは……」
言っていないのだけれど、と言おうとしたフィーラの言葉を、いつもはクールなアルマが遮る。
「違うのですか?」
「……いえ、その通りよ」
「そうでしょうとも。きっとお嬢様の美しい御髪に嫉妬したのですわ」
「そうですわ。柔らかな朝の光そのもののようなお色ですのに」
――驚いたわ……。たった数日でこんなにわたくしに対する態度が変わるなんて。それとも、自分が仕える家の令嬢を悪く言われるのは、やっぱり気分の悪いものなのかしら。……そして皆詩人だわ。いえね、貴族ですもの、賛辞としての美辞麗句も教養として習うのだから、当然なのだけれど……。
護衛団同様、使用人に関しても優秀ならば採用するのに出自は問わないメルディア家だったが、やはり貴族と平民では教育の度合いに差があるため、フィーラの周りには、なるべく粗相をしない貴族出身の侍女を置くことになったのだ。それはもちろん、少しでもフィーラの逆鱗に触れないために。
「ありがとう、皆。でも良いのよ。わたくし、もう気にしていないわ」
「お嬢様! お慰めで言っているわけではございませんよ!」
「ええ、ちゃんと分かっているわ」
たとえ、自らの矜持のために怒ってくれたのだとしても、やはり嬉しいものは嬉しい。それに、以前の自分だったら、侍女とこのような会話をすることさえ出来なかったのだから。
「分かっていらっしゃらないわ……」
侍女たちのつぶやいた言葉は、ひとりで悦に入っているフィーラに届くことはなかった。




