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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第122話 決意



「とりあえず、私のお兄様に会ってちょうだい」



 フロレンシアのその言葉を信じたトーランドは己の浅はかさを呪った。


「いつまでふてくされているのよ、トーランド。お兄様がいるのは大聖堂よ? そりゃ精霊姫だっているに決まっているじゃない」


「……不貞腐れているわけではありません」 


 下を向くトーランドの顔を笑顔で覗き込むフロレンシアに、トーランドはため息を吐きたくなる気持ちを抑えた。

 今、そのような失礼な行為をするわけにはいかない。


「ごめんなさいねぇ。ほら、私に会うってなるとちょっと仰々しく捉えちゃうかもしれないじゃない? だったら内緒にした方が良いよね、ってフロレンシアちゃんと話していたのよ」


「いえ……オリヴィア様が悪いわけでは……」


「何よ、いいじゃない。精霊姫に会えるなんて名誉なことでしょ?」


 今、トーランドの目の前には両隣に聖騎士を連れた、精霊姫本人が座っている。トーランドが当代の精霊姫であるオリヴィアを見たのは数度。それもかなり遠目からであったため、これほど間近で接したのは初めてだった。


「それは、もちろんそうですが……私のような下位の精霊士には恐れ多すぎるんですよ」


 精霊教会に属していると言っても、精霊姫に直接会うことが出来る者は限られる。もちろん大聖堂付きの精霊士ともなれば別だが、それ以外の教会所属の精霊士たちは、それこそ教会の頂点に立つ者、その近辺にいる者しか滅多に会うことは出来ないのだ。


「フロレンシア。君は少しがさつな所があるからね。精霊士は君とは違い概ね繊細な人が多いんだ。これからはもっと配慮しなさい」


「はい、お兄様」


 トーランドはフロレンシアを優しく諭しているように見せて実は結構貶している、フロレンシアの兄だという相手を見やる。彼は両隣に立つ聖騎士とは別に、オリヴィアとともに座るフロレンシアの近くに立っていた。


 砂色の髪に砂色の瞳。少し眠たそうな瞳をした一見どこにでもいる青年だ。しかしフロレンシアが大人しく言うことを聞いているあたり、やはり只者ではないのだろう。


「トーランド様。妹が日頃からご迷惑をおかけしているようで申し訳ありません」


 申し訳なさそうに眉を下げて謝る青年に、トーランドはあわてて否定の言葉をかける。


「いいえ、クリード様。フロレンシア様にはしがない男爵家の私などに目をかけていただき

むしろ感謝しております」


 これは嘘ではない。確かにフロレンシアはよく突拍子もない提案をしてくるが、それをトーランドに強制したことは一度もない。

 それに、やはり王族としてのフロレンシアをトーランドは尊敬している。


「そうですか」


 クリードが目を細めて微笑む。どうやらフロレンシアのことは言葉だけではなく、ちゃんと妹として認めているらしい。


「ふふ。似てない兄妹よねぇ、トーランドさん」


 そう言いながらオリヴィアはにこやかに二人を見ている。


「フロレンシアちゃんから聞いていると思うけれど……私は次の精霊姫に安全な場所を手渡したいのよ。彼女が何の憂いもなく、ここで過ごすことが出来るようにね。精霊姫になったら、生活の拠点は大聖堂になるんですもの」


 精霊教会は大聖堂の敷地と隣り合わせに建てられている。大聖堂の敷地は広大なため、それでも距離はあるのだが、一般の者たちには精霊教会も含めての大聖堂だと思われている。

 

 事実、大聖堂と精霊教会は切っても切れない関係だ。大聖堂には多くの精霊士が精霊教会から派遣されているのだ。


 オリヴィアの言っていることは良く理解できる。しかし、トーランドはオリヴィアが発した言葉の一点が気にかかった。


「彼女……ですか?」


 精霊姫は常に女性がなるため、彼女という表現は間違っていない。しかし、今のオリヴィアの言葉の文脈からすると、まるで次の精霊姫になる者がすでに誰か分かっているかのような物言いだ。


「ふふ。やっぱりフロレンシアちゃんが言っていたとおり優秀だわ。実はね。私の次の精霊姫はもう決まっているの」


「……そんな馬鹿な!」


 口にしてから、トーランドは己の失態に気づき口元を手で覆い隠す。


「あら、気にしないで? 不敬なんて言わないわよ」


「……申し訳ありません」


「良いのよ。あなたの気持ちもわかるわ。次の精霊姫がすでに決まっているのなら、なぜ候補たちの選定を止めないのかと言いたいのでしょう?」


「……」


「理由はちゃんとあるのだけれどね。それをあなたに言っても良いものかしら? 聞いてしまったら逃げられないわよ?」


 オリヴィアがトーランドの眼を見つめる。フロレンシアが言っていたとおり、オリヴィアもトーランドに精霊教会に戻って欲しいと言っているのだ。


「……お役に立てる能力が、私にはありません」


「ふふ。そんな謙遜をしないで。フィーラちゃんが襲われたとき、結界の穴に気が付いたのは本当はあなたなのでしょう?」


「どうして……」


 あの古株の精霊士が自らの過ちを精霊教会に話すとは思えない。


「知っているでしょう? 精霊による査問を行えるのは執行局だけではないわ」


 オリヴィアの言葉に、トーランドは精霊教会も査問を行う資格を持っていることを思い出した。

 

 精霊による査問は、個人が許可なく行えば法に触れることもある。それほど精霊による査問は強制的な自白を相手に強いるのだ。


 だが精霊教会内においてはそれが許されている。もともと精霊による査問を行えるのは精霊士しかいない。そしてその精霊士のほとんどが精霊教会に所属しているため、教会内には人の精神を壊さぬように査問を行うことができる精霊士は確実に存在する。


 査問においての個人とは、精霊教会に所属していない精霊士のことをいう。


 教会に所属していない精霊士は正式には精霊士とは言わない。だが、現状は教会に所属していなくても精霊と契約しその力を借りることが出来る者を、便宜上精霊士と言っているのだ。


 精霊教会に所属していない精霊士が査問をしてはいけない理由は、ひとつは査問の技術が難しいということ。精霊教会に所属しない精霊士では技術が伴わないことが多いということが理由としてあげられる。


 そしてもう一つは査問によって引き出した情報を元に脅迫などが行われないようにするためだ。教会内で行われる査問は一人では行わず、最低三人以上で行われる。犯罪に利用されることを防ぐのが目的だ。


 執行は精霊教会所属の精霊士、そして三人以上の立会人の確保。この二点が厳重に護られる場合のみ、執行局以外では精霊教会内でのみ精査を行うことが許されるのだ。


「それでも……結局学園は魔の出現を許しています。私は上司が教会に報告したと思い込んで事実の確認をしなかった。私も彼と同罪です」


「そうかも知れないわね。でも一介の教師であるあなたにそれを望むのは少々酷ではないかしら? あなたは教会に所属はしていても、教会とは距離を取っているわ。学園にも教会から派遣されたわけではなく、あなた個人として雇われたのでしょう?」


「ですが……」


「それにあなたはフィーラちゃんを助けてくれたじゃない」


「図書館での事ですか? いいえ、それこそ私は何も…………」


 そこまで言葉を口に出したところで、トーランドはある引っかかりを覚えた。さきほどオリヴィアが「彼女」と言ったときのような違和感だ。


「フィーラちゃん?」


 オリヴィアは先ほどと今の二度、あの少女のことをフィーラちゃんと言った。


 フィーラは候補であるからオリヴィアが名前を知っていても不思議ではない。フロレンシアもフィーラの事を知っていたし、もとより彼女は有名なメルディア家の生まれだ。精霊姫を二人も輩出していることから、ある意味大聖堂とも縁が深い。だが……。


 何も言わずトーランドに微笑みかけるオリヴィアの瞳をみて、トーランドは悟った。王宮に魔が出た時、そこにはフィーラがいた。騎士科の領地に魔が出たときも、フィーラが襲われた。


 トーランドは口元を手で覆い隠し、誰にも聞き取れぬほどの囁きで驚愕を露にする。


 精霊姫は常に選定によって選ばれる。選定という方式がとれるのは、精霊姫が引退するまでに猶予期間があるからだ。それでも歴史上はほとんどが一年。今年の三年は例外中の例外。おそらく今までに例を見ないことだ。

 

 しかし現時点で次の精霊姫が決まっているのだとすると、一年よりもさらに早い。なぜこんなにも早いのか、あるいは今までもこの時期にはすでに決まっていたのか。


 突出した存在がいた場合、選定期間のすべてを使わずとも決まる場合はあるだろう。フィーラがそこまで突出した存在かと問われれば、トーランドは分からないとしか言えない。精霊姫の選定の基準は結局のところ精霊王、あるいは当代の精霊姫しかしらないことなのだ。


 フィーラがその突出した存在であったならば、すでに決まることもあるのかもしれない。そしてそれを秘密にしているのは、三年という期間をすでに設けてしまったためとも考えられる。しかし、それにしては残りの月日が長すぎる。


 次の精霊姫が決まっているのに、それを公表しない理由。その理由として思い当たることがトーランドには一つだけあった。

 

 遥か昔、まだ選定という手法を取っていなかった時代に、次代の精霊姫が狙われたことがあったと、ある書物に書いてあった。

 その書物は本家であるフェスタ家の図書室に眠っていた手記で、精霊士であった一族の者が書いたらしい。そしてその内容は一般には知らされていない。

 

 トーランドも今の今まで忘れていたことだ。書物を読んだ当時も、精霊姫選定が実は次代の精霊姫の存在を隠すための隠れ蓑とは考えもしなかった。

 

 しかし、それならばすでに決まっていることを公表しない理由にもなる。それは連綿と受け継がれてきた秘密なのだろう。知っているのは精霊姫と、精霊姫に近しい者たち。もしかしたら精霊教会の上の者さえ、知らない事実かもしれない。


「その顔は……思い当たることがあるのね。そうよね、あなたはフェスタ家の分家の生まれだもの。……そうね、それだけではないのだけれど、詳細は言わない方がいいのかしら? それならばあなたの身は護られるわ。でも何も話さずにあなたがこちらを手伝ってくれるかは賭けよね。どうする? あなたはどちらが良いかしら?」


 オリヴィアの言葉を、トーランドは頭の中で反芻する。オリヴィアはトーランドの考えを否定しない。お互い決定的な言葉を言わずとも、すでに互いが理解していることを知っている。

 

 だが、オリヴィアの言う通り、はっきりと、決定的な言葉を聞かない限りは、トーランドに逃げ道は残されるのだ。しかし……。


「本当に……水を元に戻すことは出来るのですか?」


 限りなく純粋な美しい水。


 精霊姫という存在が生まれた当初、精霊教会も純粋な目的と志で存在していたはずだ。人と精霊と自然の秩序と調和を望み、そのために自らの人生を捧げる。今の精霊教会とは正反対の組織だ。


「ええ。戻すわ。今でなければもう出来ない」



 オリヴィアの力強い言葉を聞き、トーランドは心を決めた。



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