第114話 誤解らしいですよ?
「ねえ、テッドさん、ちょっと手合わせしてくれない? また身体がなまっちゃうよ」
リディアスとステラも帰り、フィーラたちも明日には帰ることになったため、最後の挨拶のためにクロフォードの家に戻っていた。
用意されたお茶を飲み終わったエルザがテッドに手合わせを要求した。フォルディオスに来てからフィーラの体力づくりに付き合ってくれてはいたが、フィーラの体力作りなど、エルザの訓練前の慣らしにもならないだろう。
「……ここでか?」
テッドが周囲をきょろきょろと見回す。
ここはクロフォード家の庭だ。エルザが剣を持つことに反対しているエラももちろんいる。
「もう母様のことは良いんだって。どれだけ反対されても、私の決意は変わらないんだから」
「だけど……」
テッドがフィーラを振り返る。護衛として来ている以上、フィーラから目を離すのが躊躇われるのかもしれない。
「テッド。わたくしは大丈夫よ」
「フィーラのことは俺が見ている。手合わせしてやれよ」
「フィ!……お前……名前、名前を……!」
「テッドさん。早く早く!」
エルザはすでに剣を構えてテッドを手招きしている。
「くそっ! お前……後で覚えてろよ!」
――まあ、テッド……そんな子悪党みたいな台詞を吐いて……。
「あいつもわかりやすいな……」
「え? エルザですか? それともテッド?」
「あんたは……。以前自分の美貌を自覚しろとは言ったが、これもその弊害か? 何で気づかないんだ」
「え? エルが身体を動かしたくてうずうずしていたことはもちろん気づいていましたわよ? テッドがわたくしの護衛から外れることを気にしてくれたこともです」
「……ああ、うん。そうだな……」
エリオットは何故か渋い表情をしているが、もとより、エリオットのにこやかな表情などみたことがなかったため、あまり気にはならなかった。
――それよりも……今は二人きりだわ。
いい機会だと思ったフィーラはエリオットに気になっていたことを聞いてみようと思い立った。
何故、エリオットは聖騎士を目指すのか。
テッドやジルベルトは勧誘されたからだろうし、エルザは聖騎士に憧れていたと言っていた。他の聖騎士候補にもそれぞれ理由はあるのかもしれないが、エリオットがどうして聖騎士になりたいと思ったのか気になったのだ。
――騎士……という感じじゃないのよね。エリオット様は。外見の印象からそう思ってしまうのかしら?
エリオットは成人した男性としては小柄だ。フィーラよりは背が高いが、エルザよりは低い。エルザの身長は女性としては高い方だが、男性としてみるとそこまでではない。騎士になるには体格が良い方が有利なのではないだろうか。
「……エリオット様は、なぜ聖騎士になりたいと思ったのですか?」
フィーラからの質問に、エリオットはわずかに目を開き、そして一度瞼を閉じ、ゆっくりと開いた。
「……僕の大叔父上が、聖騎士だったんだ」
「まあ、大叔父様が……」
「小さい頃から大叔父上に憧れていた。その大叔父上が任務で死んだとき、僕は大叔父上の志を継ぐと決めたんだ」
「……」
精霊の力を意のままに操る聖騎士は強い。だが、魔との闘いによって命を落とす者がいないわけではないのだ。
聖騎士が亡くなった際には、ティアベルトとその聖騎士の生国では国を挙げての葬儀が行われる。長年精霊姫を護り、人々の生活を護ってきた聖騎士に礼を尽くし、世界中の人々がその死を悼むのだ。
フィーラも何度か聖騎士の葬儀には参加してきた。だがあの頃は感謝の気持ちをもちこそすれ、その聖騎士個人に思いを馳せることはなかった。
「だが、僕には聖騎士の推薦がなかった。腕には覚えがあったし、気持ちも誰よりもあったと自負している。それでも僕は候補には選ばれなかった。……選ばれなかった理由は、僕がまだ成人までには二年もあったからだと思いたいがな」
エリオットの言葉に、フィーラが目を瞠る。
「……エリオット様、もしや年下なのですか?」
精霊姫候補同様、聖騎士候補にも明確な年齢制限は設けられてはいない。
――精霊士候補は十五から十八だったと思ったけれど、それは大体が十八くらいまでにはすでに精霊士としての資格をとっているからという理由だったわよね。
「そうだな。今年で十四だ」
「……」
少々華奢だとは思ってはいたが、十四歳ならまだ成長期の真っ最中だ。きっとこれからまだ成長するだろう。
「身長もまだ伸びるぞ。お前なんかすぐに追い越してやる」
フィーラの視線から気が付いたのか、なぜかエリオットが宣言してきた。
「いえ、ですからすでにわたくしよりは高いですわ……」
「もっとだ!」
「……楽しみにしております」
テッドと仲良くなったというから少しは負けず嫌いな性格が治ったのかと思ったが、相変わらずのようだ。
――まあ、悪いことではないわよね、負けず嫌いも。
エリオットの素直で真っすぐな性格を知ってしまえば、その負けず嫌いすら微笑ましい。
「エルザ」
突如聞こえて来た声に、剣を交わしていたエルザとテッドが動きを止めた。
「母様……」
――エラ様……。見つかってしまったわね。
エラがフィーラとエリオットの横を通り過ぎ、エルザとテッドに近づく。
「も、申し訳ありません……」
テッドがすかさず謝罪をするが、エルザがテッドの発言を庇った。
「母様、テッドさんは悪くないよ。私が無理やり手合わせを頼んだんだ」
「わかっています」
エラはそれきり黙ってしまい、青灰色の瞳でじっとエルザのことを見つめている。その沈黙に堪え切れなくなったのはエルザの方だった。
「……母様ごめんね。私はどうしても聖騎士になりたいんだ」
「エルザ……」
「母様、私は本気なんだ。本気で聖騎士になりたい。もし聖騎士になれなくても、剣の道で生きていきたいんだ。それが並大抵のことではないってことは、ちゃんとわかっているよ」
しばらくじっとエルザの顔を見つめていたエラは、諦めたようにため息をついた。
「いいわ……好きになさい。私が剣を辞めたのは、私が決めたこと。あなたにそれを強要するのは間違っていたわ」
「母様……」
「……兄さまに説得されたのよ。あなたの自由にさせてやれって」
エルザの視線を受け、エラが小さく溜息をつく。
「……ガルグ兄さまと剣を交えた昔を、今でも時々夢に見るの。ずっと、剣を捨てたことに未練があるのかと思っていたけれど、そうじゃなかったのね。だって、あなたが剣を持ち戦う姿を見て、懐かしいとは思っても、羨ましいとはもう思わなかったのだもの」
エルザの母親は、エルザの頬に手を伸ばす。
「あなたは昔のわたくしにそっくり。でもわたくしよりもずっと強いわ。……好きに生きていいのよ、エルザ。それが、わたくしとシュバルツの望みよ」
「うん……母様」
「けれどね。やっぱり男勝りだと結婚に苦労するわよ?」
「……母様」
エルザが情けない声を出す。
「私とリラは容姿はまったく同じなのに、それはもう残酷なほどに男性からの扱われ方が違ったのよ? 陛下もシュバルツもリラにはとても優しいくせに、私のことはとても雑に扱うのだもの」
「まあ、実際母様丈夫だし……」
「そういう問題じゃないのよ!」
「ええ……?」
「エラ、それは誤解だ!」




