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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第111話 水路に落ちました



 エルザに先ほど何を言ったのか聞き直そうとして、フィーラは後ろにいるであろう皆を振り向く。だが、振り向いた先には誰もいなかった。


「え? ちょ、え?」


 否、人が誰もいないわけではない。しかし見知らぬ者たちばかりの中、友人たちの姿は一人も見受けられなかった


――……嘘。わたくしはぐれた? ええ? この年で迷子⁉


「嘘でしょ……」


 こんな人混みの中皆とはぐれるなど、再会できる気がまったくしないではないか。


――ああ。携帯電話が欲しい……。というかはぐれたときの待ち合わせ場所くらい決めとくのだったわ。辿り着けるかどうかはわからないけれど……。


 迷子になった時は、皆とはぐれた場所から動かないのが一番だ。だがはぐれた場所がどこかもフィーラには定かではない。おそらくその場所からは流されてきてしまっている。

 

――ここら辺で待つしかないのかしら?


 それでもこのままこの人の波の中にいてはどこまでも流されてしまいそうだ。フィーラは人の波をかき分け、道端に出ようと横に進んだ。

 すると込み合う人の間をすり抜けようとして、フィーラは人にぶつかってしまった。

 

「あ……申し訳ありません」


「ああ、申し訳ない。こちらもよそ見をしていた」


 ぶつかった男は布を目深にかぶっており顔がよくわからない。ただ背が高く、服装からすると異国の人間のようだった。男は頭部同様身体にもゆったりとした黒い生地の布を巻いていた。


「本当に申し訳ありませんでした。失礼いたします」


 もう一度謝罪をしてその場を後にしようとしたフィーラは、後ろから聞こえてきた声に足を止めた。




『何を急いでいるんだ』




「……あなた」


 フィーラは後ろにいるであろう男を恐る恐る振り返る。さきほどぶつかった男は普通の人間だった。魔に憑かれているようにはとても見えないほど穏やかだったのに。


「なんで……」


『なぜここにいるか、か? それともなぜこの男はまるで普通の人間のように見えるか、か』


「どっちもよ……」


 何故こうもこの魔と出会ってしまうのかもわからなければ、さきほどぶつかった男が何故ただの人間にしか見えなかったのかもわからない。


『ここにいるのはお前に会いに来たからだ。そしてこの男が魔に憑かれた際の典型的な行動をしなかったのは、わたしが力の制御をしているからだな』


「……できるの? 力の制御なんて」


 聴いてはみたが、しかしそんなことはすでにわかりきっている。こうまで人間の意識を抑え込み、この魔は自分の意識を露にしているのだ。完璧に、自らの力と憑いた人間を制御している証拠だ。


『他の魔には難しいだろうな。主に生物に憑き悪さをするのは精霊で言うところの下級の存在だ。上級になると魔に憑かれたことすら気がつかないこともある』


「……何、それ。魔にも精霊と同じような階級があるというの?」


『そもそも精霊の階級は人間がつけたものだろう。お前たちに倣って力の差をそう表現したまでだ』


――そんな……それでは普通の生活をしている人間の中にも、魔に憑かれている者がいるかもしれないということ?


『さて、どうもお前は皆とはぐれたようだな。ならばわたしの相手をしてくれないか』


「いつから……」


 見ていたのか。まるで魔の気配など感じなかった。否、魔に憑かれた人間がその力を顕わさない限り、フィーラにもその兆候を見ることは出来ない。


 この魔の言う通り、もし、上級精霊クラスの魔が人間に憑いたとしたら……精霊士や聖騎士とて見抜くのは難しいのではないだろうか。なにより、魔が己の存在を隠そうとするはずなのだから。


『少しだけ、人の行動を変えてみた。お前が一人になるように』


「あなたが……?」


――ではわたくしが迷子になったのはこの魔のせいじゃない……! いえ、というよりもどうやって……?


 ほっとする半面、そうまでしてフィーラを皆から引き離そうとしたこの魔の行動を恐ろしく思う。


「わたくしに何の用なの……?」


――用と言うより……また狙われたということかしらね……。


『……そうだな。特に用はない』


「はい?」


 用もないのにフィーラを皆から引き離したというのか。


『ただ、なぜかお前に会いたくなった』


――……何を言っているのかしら? この魔は。


「……わたくしを殺そうとしたのでは?」


『いいや』


――何なの? 何をしたいの?


 目深にかぶったフードのせいで、この魔の表情は見えない。しかしどちらにしろ、このままフィーラ一人で対峙するのは得策ではないだろう。


――逃げ切れる……かしら? いえ、無理ね。エルザと一緒にここにいる間少しは身体を鍛えたけれど……わたくしの足ではたかが知れているわ。


 身体を鍛えようとの宣言通り、エルザはフィーラに軽い運動を教えていた。しかしそれは柔軟体操レベルのものであり、その運動によってフィーラの身体能力があがったなどということはない。けれどこのままこの魔と大人しく話し続けるのも憚られた。


――結局、この魔の気が変われば、わたくしなどすぐに殺されてしまうわ。わたくしだけを狙ってくれればいいけれど、そんなことに気を配ってくれるかはわからない。だったら、なるべく人がいない場所へ……。


 フィーラはこちらを見つめているであろう魔を見つめ返す。ベストなタイミングなどわからないが、フィーラの心の準備が出来た時がその時だ。

 

 フィーラは人波に目をやり、逃げる方向を確認した。そして意を決して走り出す。


 急に走り出したフィーラの姿に周囲の者たちがざわめくのがわかったが、今は体裁になど構ってはいられない。


――やっぱり、数日の運動では筋肉などつかないわよね。むしろ筋肉痛だわ……。


 それでも精いっぱいフィーラは足を前へと繰り出した。


 どれだけ走ったのか、あるいはそれほど進んではいなかったかもしれない。フィーラの足が限界に近くなったところで、狭い橋の向こうからこちらにやってくる馬車に気が付いた。

 馬車を避けようとしたフィーラは足をもつれさせ、大きく身体を傾ける。


「あ……」


 傾いた身体は橋の欄干を乗り越え、そのままフィーラは水路めがけて落ちて行った。



 落ちた衝撃で立った大きな水音がフィーラの耳に響く。水面に打ち付けた背中が痛んだが、それどころではなかった。


――痛った……。うう、もとから飛び込み苦手だっていうのに……。


 逃げようとして水路に落ちるなど間抜けにもほどがある。下に障害物がなかったのは幸いだ。水路には幾艘もの船が行き交っているのだ。下手をすれば大惨事になるところだった。

 

 だが落ちる際ちらりと見ただけだが、この水路には遊覧船が通っていなかった。フィーラたちが乗った遊覧船が通っていた水路よりもかなり狭いせいだろう。


 痛みに意識を持っていかれている間に、結構深く沈んでしまったため、フィーラは必死に両手を動かし水面を目指した。


――ああ、服が重いわ……。


 ただでさえ、溺れた時に服は浮上する邪魔になるというのに、フィーラが今着ているのは裾のふくらんだスカートだ。


 フィーラは力を籠め、スカートを引きちぎろうとしたが、なかなかに丈夫な作りのスカートはフィーラの握力では引き裂けなかった。


――脱ぐしかないの? いえ、でもそれは淑女としてちょっと……でも命とどちらが……ああもうっ!


 スカートを脱ぐ決心をしたフィーラだったが、指が思うように動かずなかなか脱ぐことが出来ない。季節はすでに夏だが、水路の水はそれでも冷たかった。長く水の中にいるほどに、フィーラの動きを鈍らせる。


 焦って見上げた水面にはフィーラがつくった小さな泡が集まり、幻想的な風景が広がっていた。


――綺麗……でも、そろそろ息が……。……それとも、このままわたくしが死んでしまえばもう犠牲者はでないのかしら?


 模擬戦のときジルベルトに祓われた魔が、あの魔の存在によって出現したかどうかはわからない。しかし無関係とも思えなかった。


 あの魔とはすでに三度目の邂逅だ。理由がどうあれ、フィーラがあの魔に執着されているのはあきらかだろう。あるいはよほど縁があるのかもしれない。


――冗談ではないわ……。魔と縁があるなんて。


 水を飲み込み大きく咳き込んだフィーラは覚悟を決めたが、いつまでたってもそれ以上の苦しみはやってこなかった。むしろ不意に呼吸が楽になり、フィーラは驚く。


――苦しくなくなった? なぜ? 水の中なのに……。


 自分の置かれた現状をよく観察しようして、フィーラは口の周りに丸い大きな気泡が出来ていることに気が付いた。


――何かしら? これ。空気?


 どうやら空気らしい。だがなぜフィーラの口の周りに空気が集まっているのかがわからない。


――これは……おそらく精霊の力よね。でも一体誰が……。


 フィーラは精霊士候補ではないため、もちろんこの精霊はフィーラとは関係ないだろう。

 

 フィーラが不思議に思いさらに観察していると、誰かに後ろから腕を引っ張られた。


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