第108話 お出迎えをいたしましょう
昼すぎに到着したリディアスとステラを、フィーラたちは転移門の前に立ち出迎えた。
転移門は聖五か国とティルフォニア学園、そしていつくかの国に設置されている。空間を瞬時に移動するこの門は、精霊の力を定着させることによって機能していた。
――便利なのだけど……使うとき毎回ちょっと怖いのよね。どこか全然知らない場所へでたらどうしましょうって思うわ。
到着したリディアスの横には薄い桜色のドレスを来たステラが立っていた。簡易的なドレスはまるでワンピースのように軽やかだ。
フィーラも今日は動きやすいツーピースを着ているが、二人の着ているものはパーティなどで着るドレスとは違いかなり行動的な服装になる。
――やっぱり……ステラ様以外はいないようね。
テレンスからも精霊姫は二人出ている。しかしリディアスが連れて来たのは他国の精霊姫であるステラ一人だ。
――もしかしたら、他にも連れているのかと思っていたけれど……。これはもう……そういうつもりということかしら? リディアス殿下は。
自国の精霊姫ではなくステラを連れて来たリディアス。それはリディアスにとってステラが特別な存在であることを示している。
「ジークフリート殿下、突然の訪問に対処してもらいすまなかったね」
「いいえ。テレンスの王太子殿下にご訪問いただけるとは、有難いことです」
学年ではジークフリートの方が二学年上であるが、どこかリディアスのほうが高位であるかのような空気を纏っている。
――国力が関係しているのね……。
フォルディオスもテレンスも聖五か国のひとつだ。本来なら同格のはずだが、当代の精霊姫がテレンスから出ているため、現在のテレンスはティアベルトに次いだ地位を有している。
それにリディアスが王太子で、ジークフリートが第二王子という身分の差も関係しているだろう。
「やあ、君たちもいたんだね。久しぶりだねフィーラ嬢」
フィーラに目を止めたリディアスが、ふわりと微笑む。リディアスの銀色の髪は、クレメンスの金属的な輝きとは違い、白に近い柔らかな輝きをもっている。リディアスの優しそうな容貌にとてもよく似合っていた。
「お久しぶりですわ、リディアス殿下」
フィーラはリディアスに向かってスカートの裾を持ち上げ膝を折る。今は学園ではないので礼儀は通さなくてはならない。
「そんなに畏まらないでよ。君と僕の仲じゃないか」
――いえ、そんな仲では決してないわよね。
リディアスはきっとフィーラのことを想い言ってくれたのだろう。リディアスとは入学初日以外はほとんど話をしていないのだから、決して親しいとはいえない間柄だ。
「ふふ。ありがとうございます」
「後ろの君たちは、騎士科の生徒だね? 君たちも遊山かい?」
リディアスがフィーラの後ろに控えるテッドとエリオットを見る。
「リディアス殿下、彼らはフィーラ嬢の護衛として来てくれたんですよ。たまたまフィーラ嬢が私の従妹の家に遊びに来ることから、護衛の実践訓練にちょうどいいということになったようでして」
「へえ……精霊姫の護衛は聖騎士の重要な職務だからね。では今日から三日間、ステラの護衛もお願いできないかな?」
「リディアス殿下、それは……」
「精霊姫候補はフィーラ嬢だけじゃないだろ? ステラも精霊姫候補だ」
――そう言われてしまえばそうなのだけれど……。
「どうかな? エリオット。君はステラと知らない仲じゃないだろ?」
リディアスがエリオットに向かって訪ねる。確かにエリオットは模擬戦の際サミュエルの側にいた。ステラやリディアスはハリス殿下とも顔見知りのようだし、エリオットも同じなのだろう。
「恐れながら……僕たちはメルディア家の当主からの依頼でフィーラ嬢の護衛を受けております。その役目を勝手に放棄することはできかねます」
「ふうん。そうか。それもそうだね」
断りを入れるエリオットにもリディアスは笑顔を崩さず納得してみせる。無茶なことをいう割には物分かりが良い。
「リディアス殿下。ステラ嬢の護衛はもちろん国でご用意させていただきますよ」
「うん。ごめんね、無理を言ってしまって。ステラも知り合いに護衛された方が良いだろうと思って」
「リディアス……私は大丈夫よ」
ステラがリディアスの服の裾を握りながら囁く。
――リディアス殿下の言うことも分かるけれど……わたくしが許可すれば済む問題でもないものね。実際、二人に依頼をしたのは、お兄様を通しているけれどメルディア家当主であるお父様だし、勝手なことは出来ないわ。
「殿下、もしよろしければ私が護衛につきましょう。同じ精霊姫候補ですから、多少はステラ様の気が紛れるのでは?」
エルザがステラに笑顔を向ける。だが、ステラは何も言わずにリディアスの後ろに隠れてしまった。
「ありがとう、エルザ嬢。でもステラは人見知りだから、ごめんね」
ニコリと微笑みながら、しかし有無を言わせぬ口調でステラの代わりにリディアスがエルザに断りを入れる。
「……いえ」
対するエルザの笑みはいつもより強張っている。まさに今、頑張って猫を被っている最中なのだろう。
――どうしたのかしら? 今日のリディアス殿下は何か妙だわ……。こんな無理強いをするような方ではなかったと思うのだけれど……。
他人についている護衛を貸してほしいなど、普通は思っていたとしても口に出したりはしない。ジークフリートもそう思っているのだろう、その眉間には微かに皺が寄っていた。
――エリオット様はステラ様と知り合いのようだし……。それで、ステラ様の事を思ってついあんなことを言ってしまったのかしら?
「リディアス殿下、庭園をご案内しましょう」
ジークフリートの顔にはいつもどおりの笑顔が戻っている。エドワード同様切り替えがはやい。これも王族の特徴だろうか。
「そうだね。お願いするよ」




