第106話 陛下と王太子殿下にお会いします
前日のリラとのお茶会の次は王太子殿下とのお茶会だ。しかし、フィーラにはそのお茶会の前にこなさなければならない任務があった。陛下への謁見だ。
フィーラたちは陛下が来るのを謁見の間で待っていた。
――これでジークフリート様のご家族のほとんどと顔を合わせることになるわね……。しかも陛下との謁見なんて……。うう、緊張する。
しかも緊張しているのはフィーラ一人。護衛で来た二人は陛下への謁見はしない。あくまで護衛としての待遇をジークフリートは貫き通すようだ。ちなみに陛下と王太子殿下に会っている間は、部屋の外に控えていてもらうことになっている。
前日のリラとのお茶会もそうだったが、そもそも陛下とその妃、そして王太子殿下のいる部屋にはよほどのことがなければ他国の護衛が入ることはない。ただ相手も王族だった場合はこの限りではない。
――いえでも……その方がいいわよね。他国の王族との謁見なんて、好んでしたいものではないわ。ジークフリート様、そのために二人に確認をとったのかしら?
「フィーラ嬢、そんなに緊張しなくても大丈夫だ」
「そうだよ、フィー。陛下はお優しいよ?」
――そうは言われても……やっぱり緊張するものはしょうがないわ。でも……。
「そうね……。うちの国の陛下よりは怖くはないかも」
サミュエルの父であるジェレマイヤはとても目つきが怖いのだ。しかもサミュエルの明るい翠玉の瞳とは違い、ジェレマイヤの瞳は深く暗い緑色をしている。その色合いも関係しているのかもしれない。
「それはまた、何とも言えないな……」
「あ……」
――これだけで不敬……にはならないわよね? 一応は伯父になるわけだし……。
「そんなに怖いの? ティアベルトの陛下って」
「え、ええと。そうね。サミュエルを更に怜悧にした感じかしら」
「うーん。それは……確かに怖そう」
「ええ……」
サミュエルも大層な美貌の持ち主ではあるが、氷、と称されるゲオルグ同様かなり怜悧な印象を受ける。
――王家の血なのかしらね? 冷たい美貌って。
「それにしても、エドに会うのは久しぶりだな。元気にしてるかな?」
雰囲気を変える様にエルザが明るい声を出した。
「エルの恰好を見たら驚くのではなくて?」
「はは。そうかも。小さい頃は男の恰好はよくしていたけれど、年頃になってからはずっとドレス姿ばかりだったからね。……エドは血がつながっていない私のことも本当の妹のように可愛がってくれたんだよ。本当に優しい人なんだ」
「エルの言う通りだよ。それに本来なら精霊姫候補は王族と同等の立場なんだ。君は堂々としていればいい」
――そうは言うけれど、それは建前というものよ……。
世界の礎たる精霊姫になる可能性を持った精霊姫候補たちは、本来王族と同等の立場とされている。しかしそれを鵜呑みにする候補者たちなど存在しないだろう。
「大丈夫。兄上はお優しい方だから」
――まあ、ジークフリート様のお兄様なのだから、確かに心配しなくても大丈夫なのかもしれないわ。
フィーラたちが話をしていると、部屋の扉が鳴らされ、数人の護衛と使用人に付き添われ陛下が入ってきた。
フィーラたちは片膝を突き頭を垂れ、陛下の声がかかるのを待つ。
「ああ、楽にしてくれ」
陛下の声を聞いた後、フィーラたちは一斉に顔をあげ立ち上がった。
くすんだ金髪に灰色の瞳をした陛下の隣には、茶色の髪、同色の瞳の男性が立っていた。どことなく陛下やジークフリートに似ている。おそらくこの人物が王太子殿下だろう。
「ジークフリート久しぶりだな」
王は目を細めてジークフリートを見つめる。
「先月お会いしたばかりですよ」
「そうか? エルザも良く戻った。そうしていると幼い頃のエラを思い出すな」
「お久しぶりです陛下。この恰好は私も気に入っていますよ」
ジークフリートのときと同じように、王はエルザに親愛の情を見せた。
「そちらは……確かメルディア家のご令嬢だったな」
フィーラを見る際少しだけ目つきが鋭くなったが、敵意というほどではない。
――うちの陛下に比べたら……。
「お初にお目にかかります。陛下。ティアベルト王国メルディア公爵家が嫡女、フィーラ・デル・メルディアがご挨拶申し上げます」
「おお。噂通り、大層な美しさだ」
――噂どおり……。ということは当然あの噂も知っているわよね。
「ええ、そうでしょう? フィーは美しいうえにとても優しいのですよ」
「ほう。そうか」
エルザの言葉に王は感心したように唸る。
「エルザがそういうのなら、噂のほうが間違っているのだろうな」
――うう、やっぱり。知っていたのね……。
王族が他国の公爵令嬢に関する噂など普通なら知っている訳はない。否、たとえどこからか耳に入ってはいても記憶に残すことなど稀だろう。件の人物が、とても重要な人物ではない限り。
――わたくしにそれは当てはまらなかったものね……今までは。
しかしメルディア家は過去精霊姫を二人輩出している。しかも、今回の精霊姫の選定においても、メルディア家の令嬢であるフィーラが候補とされているのだ。たとえこれまでその噂を知らなかったとしても現在に至っては情報収集くらいはしているだろう。
「ああ、あの噂ですか? 陛下、噂はあくまで噂ですよ」
――ええ? エルもわたくしの噂を知っていたの?
驚きにエルザを見つめるフィーラに、エルザが苦笑を返す。
「フィー、私が知らないと思っていたの?」
「え、ええ。エルは最初からわたくしに対して偏見のない態度で接してくださったから……」
「同じクラスじゃないか。フィーが噂されているような人間じゃないなんて、すぐにわかったよ。しかもフィーは目立つしね」
「エル……」
フィーラは感動し、感謝の想いを込めてエルザを見上げる。
「ははは。そうか。エルザ、良い友人を得たようだな」
「はい、陛下。得難い友人です」
――ああ、エル。ありがとう……。しかも陛下を前にしてからのエルは言動がジークフリート様にそっくりだわ。
いつもは無邪気さが全面に出ているエルザだが、今はまるでジークフリートかと思うような大人びた態度をとっている。
――さすがのエルも、陛下の前では猫をかぶるのね……。そういえば猫をかぶるのは得意と言っていたわ。……そしてやっぱりこちらの世界でも猫をかぶるというのね。
「ジークフリートとエルザはまた後で来なさい。さあ、皆ゆっくりしていってくれ。後のことはジークフリートとエドワードに任せよう。客人のもてなしを頼んだぞ、エドワード」
「仰せの通りに、陛下」
王太子――エドワードが陛下に臣下の礼をとった。
「やあエルザ。久しぶりだね」
軽く両手を広げ、エドワードがエルザに歩み寄る。
「エド! 久しぶり」
「驚いたよ、その恰好。まるで昔に戻ったようだね」
王宮へと案内されたフィーラたちは、ジークフリートの兄、フォルディオスの王太子であるエドワードに紹介された。
エドワードは大人しくどこか神経質そうな印象の青年だった。ジークフリートの聡明で闊達な印象とは対照的だ。
「エド。今日は言っていたとおり、報告と……友人を紹介しようと思って来たんだ」
「聞いているよ。メルディア家のご令嬢と友人になったそうだね」
「とても大切な友人だよ。フィー。こちらエドワード」
「お初にお目にかかります。エドワード王太子殿下。ティアベルト王国公爵家のフィーラ・デル・メルディアと申します。以後お見知りおきを」
フィーラはエドワードに対し、スカートの裾を摘まみ、膝を曲げて挨拶をする。
「これは美しい挨拶を。エルザも見習いなさい」
「私だって外にいけばちゃんとできるよ」
「その恰好でかい?」
――確かにスカートの裾は摘まめないわね……。
「……ちゃんと男性用の挨拶も練習してるよ!」
「これはジークも大変だな」
「ええ。結構てこずっていますよ」
学園内では男子用の制服を着ているエルザだったが、さすがにパーティに男性用の服を着ていくわけにはいかないだろう。
――でも本当に騎士になってしまえば、それでも通るのかもしれないわ。
「はは。相変わらず仲が良いな」
エドワードは笑うと神経質そうな印象が一掃される。その笑顔はとてもよくジークフリートに似ていた。
用意されたティーテーブルで皆でお茶を楽しみ、学園での出来事をエドワードに報告する。しばらくそうやって皆で世間話をしていたが、思い出したようにジークフリートが胸ポケットから懐中時計を取り出し、エルザに告げた。
「エルザ、そろそろ陛下との謁見の時間だぞ」
「あ、本当だ。フィー。私はこれからガルグさんと一緒に陛下にご報告に行ってくるからエドと話をして待ってて」
「え? ジークフリート様もですか?」
――そういえば、陛下はエルとジークフリート様二人にまた後でと言っていたわね。
「すまない、フィーラ嬢。私もめずらしく陛下に呼ばれていてね。エルザと一緒に行ってくるよ」
「でも、わたくし一人のためにエドワード様のお時間をいただくわけには……」
ジークフリートとエルザ。身内がいたからエドワードは今日時間をとってくれたのだろう。決してフィーラのために空けてくれた時間ではないはずだ。
「大丈夫。今日はそれほど忙しくはないんだ。……二人がいないところで、学園での二人の話も聞きたいしね」
エドワードが最後小声で二人に聞こえないようにフィーラに告げた。
「では……お願いいたします」




