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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第105話 王宮でのお茶会です



 エルザに連れてこられたお茶会で、フィーラはエルザの伯母であり、ジークフリートの母であるリラに紹介された。

 もちろんテッドとエリオットは部屋の外だ。


 やってきたリラを見てフィーラは驚いた。リラはエルザの母親エラにそっくりだったのだ。ただし直毛のエルザやエラと違いリラの髪はゆるく巻いてあり、髪は一房を残して結い上げ、そこに不透明な翠色の簪を付けていた。


「エルザ、よく戻ったわね。昨日は出迎えに行けなくてごめんなさいね。重要なお茶会が入っていたものだから」


 眉尻を下げてリラがエルザに謝る。第二妃ともなればお茶会も重要な仕事に入る。何気ない会話の中から世間の不満や流行など、その他様々な情報を読み取らなければならないのだ。フィーラなどにはとても出来ない芸当だろう。


――本来なら出来て当たり前なのよね。わたくしは公爵家の生まれなわけだし……。


 しかし、それを教える立場である母親は、フィーラが生まれてすぐに亡くなっている。


 成人するまでは舞踏会には出ないにしても、パーティには顔を出すこともままある。普通なら母親や姉がそれを実戦を交えて教えてくれるのだが、しかし母をすでに亡くし、姉もいないフィーラには、そのような機会は訪れなかった。


 それがわからないゲオルグではないだろうに、後添えをとることもなく、フィーラの社交界の教育は家庭教師だけで済ませていた。


――わたくしには無理だと、諦めていたのかしらね? それはあり得そうよね。サミュエルとの婚約も、今思えばいずれ解消されるものだったのかもしれないし。


「気にしないで伯母様。今日は時間をとってくれてありがとう。伯母様、私の友人を紹介するよ」


 エルザの視線がフィーラに送られる。フィーラは席を立ち、リラの前に進み出る。


――ここに来てから自己紹介ばかりね……。


「ご機嫌麗しゅう。殿下。エルザ様の友人のフィーラ・デル・メルディアと申します。お目にかかれて光栄ですわ」


 フィーラは若草色のドレスの裾を掴み、リラへと最高位の礼をする。


「まあ、美しいご挨拶をありがとう。楽にして頂戴」

 

 リラはフィーラを見て意味ありげに微笑む。


「ふふ。それはわたくしからエルザに贈ったドレスね」


――え⁉ そうなの? 確かにとても作りの良いものだとは思っていたけれど……。


 フィーラが今着ているのは以前エルザが着ていたドレスだ。フィーラも自分用のドレスを持ってきていたが、身長が伸びた自分にはもう着られない、懐かしいから着てくれとエルザにせがまれたのだ。まさか第二妃から頂いたものだとは思っていなかった。


「そうなんだ。私はあまり着る機会がなかったからね。ぜひ伯母様に見てもらおうと思って」


「嬉しいわ。とても似合っているわよ」


「あ……ありがとうございます」


 多少胸のあたりがきつかったが、ゆったりとした作りのドレスだったので見た目的にはそれほど気にはならないだろう。


――それにしても、本当にエルのお母様に似ているわ。


 挨拶を終えてからも、不躾にならない程度にリラを見つめるフィーラを見て、エルザが笑う。


「驚いた? 私の母様と伯母様は双子なんだ。そっくりでしょ?」


「ええ、本当に……」


――本当にそっくりだわ……。これは一卵性双生児でしょうね。


 しかし姿はそっくりだが、リラの醸し出す雰囲気は、エラとは正反対に穏やかでまったりとしている。どちらかと言えば、エルザはエラよりもリラに雰囲気が似ているようだ。しかし内面的にはエラの持つ凛々しさもちゃんと引き継いでいる。


「似てない双子もいるようだけど、うちは本当にそっくりなんだ。そのこともあって、ジークと私の婚約は今まで見送られてきたんだよ。あまりにも似ている双子の子どもたちの結婚は、子どもに恵まれないことも多いらしくてね。私としてはそっくりな母様とリラ伯母様には本当に感謝しているよ。ジークのことは大好きだけど、結婚なんて考えられないもの」


――ああ……。一卵性双生児と二卵性双生児の区別は……まだ分かっていないのね、この世界では。普通の姉妹と同じ扱いということね。ジークフリート様とエルは、従兄妹というよりも遺伝子的には異父兄妹にあたるのだわ。それは、結婚は……避けた方が良いのかも知れないわね。


 一卵性双生児の両親を持つ子どもたちの婚姻は、これまでに何組も存在してきたのだろう。そしておそらく、その経験則から結婚を推奨しないようになったのだ。


「正直、私が誰かと結婚するなんて今はまるで考えられないんだ。そんな自分がおかしいのかも知れないと思うこともあるけど、こればかりはどうしようもないものね。きっとその時になったら、私も観念して嫁に行くんだろうし」


「まあ、行くつもりがあったのエルザ?」


 扇で口元を隠しながら、リラがエルザをからかう。


「それはまあ、だってしょうがないじゃないか」


「ふふ。お嫁になんて行かなくてもいいのよ? 将来私と暮らしましょうよ?」


 リラが強請るようにエルザに提案をする。仕草がとても可愛らしい。


――まあ、前衛的で柔軟な考え方ね。でも確かに女同士で暮らすのも悪くないわよね。伯母と姪なら気心も知れているだろうし。


「いざとなったらそれもいいかなぁ。あっ、そしたらフィーも一緒にどう?」


「わたくし? ……そうですわね。結婚が決まらなかったらそれも良いかもしれませんわね」


「まあ、いいわねぇ」


 うふふ、と楽しそうにリラが笑う。その楽しそうな笑い声にフィーラもエルザも釣られて笑ってしまった。


 しばらく笑っていたリラだったが、ふと笑いを止め小さく息を吐いた。


「……結婚は楽しいことばかりじゃないわ。ジークに会えたのはとても幸せなことだけれど、別の人生を歩んでいたらどうだったのかしらと、思うときもあるの」


「伯母様……」


――第二妃というお立場は、きっとご苦労も多いのでしょうね……。


 第二妃は職務では正妃の代理をこなすこともある。しかし立場はあくまでも正妃の次。忍耐が必要な立場だ。しかし、正妃よりは第二妃という気楽な立場が良いという考え方もあるため、一概には言えない。


「だからあなたは、無理に結婚しなくてもいいと思っているのよ」


「そうは言っても、うちには子どもは私だけだし……」


 エルザが一人娘と聞いたときは驚いた。聖騎士を目指すなどというから、てっきり兄弟姉妹がいるものと思い込んでいたのだ。しかしジークフリートへの甘えぶり、人懐こさを考えると納得もできる。


「そうね……。ごめんなさい。無責任なことを言ったわ」


「ううん。伯母様。嬉しかったよ。それに、いざとなったらクロフォード家はジークの子どもを養子にすればいいんじゃないかな? ジークは母様とこれだけ似ている伯母様の子どもだもん。私たちはほとんど兄妹のようなものだよ」


――まあ、エルの言っていることって実は正しいのよね。一卵性双生児は遺伝子的には同一だもの。


「まあ……それもいいわね。でもあの子結婚するのかしら?」


 リラが可愛らしく首を傾げる。


「ええ? 王子だよ? さすがにするでしょ?」


――そうよね。王族で独身という男性の話はあまり聞かないわ……。


「でもそういった話をひとつも聞かないのだもの。心配になるわ」


「ええ? そうなの? うーん。あ、そうだ! フィーはどう? フィー、ジークなんかどうかな?」


「え⁉ わ、わたくしですか? そんな恐れ多い……」


――いきなり何を言っているのよ、エルは……。しかもジークフリート様のお母様の前で。


「でも、もしジークとフィーが結婚したら私とも親戚になるじゃないか。いいな、それ。それでいこう!」


「いえ、ちょっとエルザ! わたくしが相手ではジークフリート様が気の毒すぎるわ!」


「ええ? 何言っているのさ。フィーをお嫁さんに貰えるなんてむしろジークが伏して感謝するべきだよ」


「そんな馬鹿な……。わたくしがジークフリート様のお相手だなんて、わたくしが土下座をして頼み込んでも実現不可能なくらいに非現実的なことよ?」


「何? 土下座って」


「あ、いえ、何でも……とにかく、わたくしがジークフリート様のお相手になるなど千年早いですわ」


「何言ってるんだよフィー。千年なんて……。そんなにジークが嫌?」


 エルザが眉を下げ、悲しそうに呟く。


「違います! そうではなくて……!」


「もうおよしなさいなエルザ。困らせてしまったじゃないの」


「リラ様……決してジークフリート様が嫌なわけではありませんわ!」


「わかっているわ。ジークは面倒見が良すぎるのよ。だから男性として意識して貰えないのよね」


 リラは頬に手を当て悩まし気な吐息を吐いた。


――ああ……わかっていらっしゃらない⁉ 申し訳ありません、ジークフリート様……。


 本人の知らぬところで勝手に振られたことになっているジークフリートのことを考え、フィーラは心の底からジークフリートに土下座をしたい衝動にかられた。



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