表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/206

第104話 母と娘の喧嘩です



 庭に用意されたティーテーブルの上には紅茶と色とりどりの焼き菓子が用意されていた。

 

 着いて早々、持ってきた荷物を使用人に運んでもらい、執事長と思われる人物から「後ほど奥様がご挨拶に伺います」と言われたフィーラたちは、庭園を眺められる位置に用意されていたティーテーブルへと案内された。


 噴水を見ながらのティータイムはとても優雅なひと時だ。だが……。


「……二人を立たせたままで良いのかしら」


 少し離れた位置に立ったままのテッドとエリオットを見て、フィーラは何となく申し訳ない気分になった。

 あの二人は結局王宮にいた際も余計な会話をしていない。フィーラとしてはそれがなんとも申し訳ないと思ってしまう。


「いいんじゃない? 一応は聞いてみたけど、断られたんだ」


 カップを口に運びながらエルザがこともなげに言う。


「そうなのね……」


――こうやって友人が護衛をしているのを見ると、あらためて護衛って大変だと思うわね。


 護衛対象が優雅にお茶を嗜んでいても、護衛は何も口に入れず周囲を警戒していなければならないのだ。


――まあ、実際にはそれほどの危険はないのだけれどね。


 営利目的の誘拐などもあまり頻繁には起こらない。なぜなら精霊によってすぐに追跡されてしまうからだ。特に高位貴族ともなれば、精霊士を雇っている家も少なくないため、罪を犯してもすぐに掴まってしまう。


――うちには精霊士はいないと思っていたら、コンラッドが精霊士だったのだものね。びっくりしたわ……。でもお兄様は知っていたから、わたくしも聞いていたのに忘れてしまっただけという可能性はあるわね。


 だが相手側にも精霊がいた場合は痕跡を消すことができるので、まったくなくならないというわけではないのが難しいところだった。


「……ねえ、エル。エルは本当に聖騎士になるの?」


「どうだろう? なれるかなぁ、聖騎士。女性が騎士になることすら難しいからなぁ」


 やはりエルザの気持ちは変わらないのだろうか。初の女性聖騎士になれるのならば、それは素晴らしい快挙と言えるだろう。

 だが、女性だろうが男性だろうが、危険は分け隔てなく襲い掛かってくるのだ。魔という形をとって。


「もしかして……フィーは私が聖騎士になるのは反対?」


 エルザがテーブルに頬杖をついて上目遣いにフィーラを見つめる。


「……反対、というわけじゃないの。でも、魔と闘うのはとても危険だわ。テッドやジルベルトでさえ、あんなに怪我をしてしまうのだもの」


「それはそうだよ。二人ともまだ学生だよ? ジルベルトは騎士科ですらなかったんだ。いくら才能があると言っても、騎士は毎日の訓練がとても大事だ。体力をつけるという意味もあるし騎士としてのあらゆる感覚を養うという意味もある。そういった意味では、私もジルベルトも大分後れを取ってしまっているんだ。それでも魔を祓えたんだから、やっぱりジルベルトは聖騎士になるべきだよ。それに別に聖騎士じゃなくても、騎士を目指すなら怪我なんか日常茶飯事だよ。私だって、昔つけた傷がいっぱいあるんだから」


「そうなの⁉」


 エルザが片腕の袖をめくると、確かに薄っすらとだが幾筋もの傷跡がついていた。


「あはは。だから母様が反対するってのはあるのかもしれないね」


――ああ、それは……。母親からしたら心配でしょうね。ただでさえ女性についた傷跡は忌避される世界だもの。


「まあ、私が聖騎士になったとして、それで怪我をしたり、死んでしまったとしても。それでも私は私の選択を後悔したりしないよ」




「……聖騎士? 聖騎士っていったい何のこと? エルザ」




 突然聞こえて来た声に、エルザとフィーラは慌てて後ろを振り向いた。


 振り向いた先には一人の女性が立っていた。おそらく、この女性がエルザの母親だろう。エルザによく似た面立ちの、これまた背の高い女性だ。髪の色が薄茶色ではなく黒なら、本当にエルザにそっくりだった。


「母様……」


「エルザ! 答えなさい!」


 エルザもそうだが、エルザの母親もかなり声量がある。エルザの母の一喝に、フィーラはつい身を震わせてしまった。


――でも性格はエルザよりも強そうね……。


「母様。私はガルグさんに聖騎士候補の推薦を貰ったんだ。私は聖騎士を目指すよ」


「エルザ! なんてことを……。聖騎士なんて許さないわ!」


「聖騎士になれるかどうかはまだわからないよ」


「候補だろうが同じことよ!」


「だったら聖騎士じゃない、ただの騎士なら母様は許してくれるの?」


「そういうことを言っているのではないわ! いつも言っているでしょう、エルザ。女が剣を持っても何の得にもならないのよ!」


「得かどうかで剣を好きなわけじゃない!」


 エルザが勢いよくテーブルの表面を叩く。二人のために用意されたティーセットが、ガシャンと大きな音を立てた。


「エルザ!」


「行こう、フィー」


 母親の呼びかけを無視し、エルザはフィーラの手をとり足早にその場を後にした。


――ああ、まだご挨拶もできていないのに……。

 

 フィーラはエルザに手を引かれながら、エルザの母親を振り返った。怒っているのかと思いきや、悲しそうに眉を寄せるエルザの母の姿に、フィーラははっとする。


――そうよね……。エルザのお母様は怒っているのではなく心配しているのよね。


 フィーラは前を走るエルザの背中を見つめた。





「あんたら……護衛をまこうとするなよな」


 追って来たエリオットがエルザとフィーラに文句を言ったが、フィーラはそれどころではない。

 

 結構全速力だったにもかかわらず、テッドもエリオットもエルザも、息一つ上がっていない。息を切らしているのはフィーラ一人だ。


――さ、三人は身体を鍛えているからよ……。わたくしがダメダメなわけではないわきっと……。


 地面に膝を突き、肩で息をするフィーラの背中をエルザがさする。


「まいてないよ。追いついているじゃないか」


 エルザの言っていることは結果論だ。急に走り出されたら護衛は困ってしまうだろう。


――まあ、どうせわたくしなんかでは本気でまこうとしてもまけないでしょうけれどね。


 ようやく息を整えたフィーラは、静かにうつむくエルザを見つめる。


「エル……」


「……母様は、私が剣を持つことに昔から反対していたんだ。きっと自分が男勝りだったせいで、憧れの陛下の妃に選ばれなかったと思っているんだよ。私もそうならないようにって」


「エルのお母様は陛下に憧れていましたの?」


「そうみたい。まあ、父様が言っていただけで母様から直接聞いたわけじゃないけどね」


「けれど、男勝りだったせいで妃に選ばれなかったというのは本当なのかしら?」


 王族の結婚はほとんどが政略的なものだ。そうと決められたものならば、どれだけ相手が気に入らなかろうと、たとえ男勝りであろうと、それが理由で断られるなどということはない。


「どうだろう? でも父様だって伯母様の儚げな、護りたくなるような雰囲気に憧れたって以前言っていたし、普通男の人ってそういう女性が好きなんじゃない?」


 エルザが後ろに控える二人を振り返る。


「え、いや、そんなことはないですが……」


「淑女が尊重されるのは当然のことだろう?」


 テッドとエリオットがそれぞれ対照的な答えを返す。


――うーん。人の好みはそれぞれとはいえ……この世界では特に、女性らしい女性を好む傾向は強いのかもしれないわね。でも、もしかしたらエルのお母様が気にしているのは陛下のことではなくて、エルのお父様のことではないかしら? 


 もし、自分の夫が自分の姉に憧れていたと思っているとしたら。複雑な気持ちになるのはわからないでもない。

 しかもそれが自分が男勝りなせいだと思っているのなら、エルザの言う通り娘には同じ轍を踏んでほしくないからという思いで、剣を握ることを反対している可能性は十分にある。

 

 もちろんそれだけではなく、娘を危険な目には合わせたくないという想いも当然あるはずだ。


「エル……。エルのお父様がジークフリート様のお母様に憧れていたっていうのは本当?」


「ん? ああ、それは母様が言っていたんだ」


――やっぱり、お互い勘違いしてすれ違っているだけなのではないかしら?


「エルのご両親は普段仲が良いのかしら?」


「まあ、悪くはないよ。今でも休日には二人でどこか出かけるし」


「そう……」


――どうしたものかしら? 家族全員で勘違いをしているのでは? でも夫婦喧嘩は犬も食わないと言うし、それこそすべてわたくしの勘違いということもあり得るし……。


「まあ。母様のことはいいよ。母様がいくら反対したって、私はもう聖騎士を目指すって決めているんだ。ガルグさんにも推薦を貰えたしね。ごめんね皆、変なところを見せちゃってさ」


「エルザ……。気にしないで」


「うん……。そうだ! 明日は伯母様に会いに行こうと思うんだ。もちろんフィーも一緒にね。エドと陛下が帰るのは明後日だそうだから、続けて王宮にいくことになるけど……」


「大丈夫よ。わたくしフォルディオスの王宮の庭園がすごく好きだわ。毎日でも見ていられそう」


「そう? 気に入ってくれて嬉しいよ」


 エルザはさっと立ち上がり、いまだに座り込んでいるフィーラに手を差し出す。フィーラがその手を取ると、エルザによって力強く引き上げられた。


「夜には父様が帰ってくるから、みんなで一緒に食事をとろう。もちろん、テッドさんとエリオットもね」



 その夜は仕事から帰ってきたエルザの父に挨拶をし、皆で会話をしながら夕食を食べた。ただエルザの母親だけは、食事中一度もしゃべることはなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ