第103話 推薦状を貰うそうです
「良く戻った! エルザ!」
宿舎の敷地内に入ってすぐ、一人の大柄な男が部下を引き連れてやってきた。薄茶色の髪に青灰色の瞳。ジークフリートと同じ色だが、体格はまったく違う。
とにかくすべてが大柄で、首も腕も脚もすべてがジークフリートの二倍はありそうだった。
「ガルグさん!」
両手を広げたガルグに、エルザが勢いよく抱き着いた。それでもガルグの身体はびくともしない。
「何だ。昔に戻ったようだな、その恰好」
「へへ。似合うでしょ? 学園でもこの姿で過ごしてるんだよ」
エルザの言葉に一瞬驚いたガルグだったが、次の瞬間には大きく破顔した。
「……ほお。そうか。それは良い。うむ。ティルフォニア学園もなかなか話がわかるじゃないか」
「最初は渋られたんだけどね。ジークに頼んだらすぐに了承してくれたよ」
「ははは。あいかわらずエルザに良い様に使われていますなぁ殿下」
ガルグが今度はジークフリートを見て相好を崩す。ガルグにとってジークフリートは甥にあたる。それでも臣下と主君の態度を崩さないのは、ガルグが上下関係を重んじる騎士だからだろうか。
「皆が甘やかすからだ、ガルグ」
そしてジークフリートもガルグのことを呼び捨てにしているのは、きっとガルグの想いを汲み取ったからだろう。実際エルザの母親のことは、ジークフリートは叔母様と呼んでいたのだ。
「ははは。まあ、そういう殿下もだいぶ甘やかしてはいますがな」
「ねえ、ガルグさん。友人を紹介するよ。フィー、こっちに来て」
エルザに呼ばれたフィーラは、恐る恐るエルザを抱えるガルグへと近寄る。大柄なガルグは近づくとさらに大きく見えた。
「ガルグさん。私の一番の友人のフィーだよ」
「お初にお目にかかります、ガルグ様。エルの友人のフィーラ・デル・メルディアと申しますわ」
「ほお。あのメルディア家のご令嬢か……」
やはり他国においてもメルディア家の名は有名らしい。しかもメルディア家は護衛団を持っている。エルザさえ知っていたのだから騎士団長であるガルグが知らないということはないだろう。
「あと、学園でお世話になっている、テッドさんとエリオット」
エルザがフィーラの後ろに控える二人を紹介した。二人はそれぞれガルグに向かって頭を下げる。
「ほお。メルディア公爵家のご令嬢の護衛がこの若造どもか……。なかなか思い切ったことをするな」
「ガルグさん、この二人は聖騎士候補だよ」
「何?」
「それでね、ガルグさん。私も聖騎士候補になりたいから、推薦ちょうだい」
「は?」
エルザがわずかに首をかしげ、可愛らしくガルグに推薦状を強請る。エルザの言葉にあっけにとられたガルグは、一瞬後、豪快に笑いだした。
「………ははは! ついに騎士になることを決めたのか、エルザ! それは目出度い! おお、やろうやろう。推薦などいくらでもくれてやる!」
――……ええ。そんなノリでいいのかしら? 自分の姪が危険な目に合うことについては? 心配じゃないのかしら?
「推薦を書くのはいいが、エルザ。エラにはもう言ったのか?」
「……まだ。でもいいんだ。母様に反対されても、私は聖騎士候補になるんだから」
そうは言いつつもエルザが意気消沈しているのは傍目にもわかる。ガルグはそんなエルザを見て、仕方ないとでも言うように頭を掻いた。
「まあ、エラも強情だからなぁ」
「母様はずるいよ。自分だって剣を習っていたくせに、私にだけ駄目だというなんて……」
「エルのお母様も剣を?」
「ああ、まあうちは代々剣で名をあげてきた家系だからな。性別関係なくロスタットの家では習いたい者には剣を習わせるんだ」
――代々続く騎士の家系……。ジルベルトの家と同じね。
「だが、リラは一回も剣を持たなかったなぁ」
「伯母さんには剣は重すぎて持てないよ」
「ははは。そうだな。昔からリラはエラと違い体力がなかったからな」
「体力がないと言えば……。フィー。君もここにいる間身体を鍛えたらどう?」
良いことを思いついたとでも言うように、エルザがフィーラを見て微笑む。
「え? わたくし?」
「そう。本当、あんな走りで良く魔から逃げられたものだと思うよ」
――そうね。庭の散策をしているだけでは全然ダメだったわ……。
自分では令嬢の中では結構体力のあるほうだと思っていたのだが、実際は全然、全く、ダメだった。
「ああ……話には聞いたが。学園に魔が出たとは何とも物騒なものだな」
「まあね。そこにいるテッドさんもそのとき魔と闘ったんだよ、ガルグさん」
エルザの言葉に、ガルグとその部下たちが一斉に驚くのがわかった。
騎士団に所属している以上、魔と出会う確率は一般のそれよりも当然高くなる。しかしまだ学生のうちに魔と遭遇することは稀と言ってもいい。
騎士としての基礎が出来ていない時分に魔と出会い、そして戦ったという事実は、やはり驚嘆すべきものなのだろう。
――とはいえ、テッドはすでにうちの護衛団で働いていたから、基礎は出来ているわよね、きっと。
「ほお……」
テッドを見つめ、顎髭をなでながらガルグが感嘆する。ガルグに見つめられたテッドは姿勢を正した。
「魔は俺が倒したわけじゃありません。ここにはいませんが、同じ聖騎士候補が倒しました」
「そいつはすごいな。候補の段階で魔を倒すとは」
「ガルグさん、倒したのはコア家の人間だよ」
「コア家? ほう、そうか。あそこは確か男子が三人いたと思ったが……」
「その末っ子」
「ははは。そうか。コア家から聖騎士は出ていないはずだったが……これは初の聖騎士誕生かな」
ジルベルトのことを知り、ガルグは嬉しそうに目を細めた。同じ騎士団ゆえか、ガルグもジルベルトの家のことをよく知っていそうだ。
「一緒に聖騎士になれたらと思うよ」
「そうかそうか。さあエルザ。さっそく推薦状を書いてやろう。陛下は今日はおられないが後日報告はしておきなさい」
「うん。わかった。フィー、皆。ちょっと待っててくれる?」
「わかったわ」
ガルグは抱えていたエルザを降ろし、部下と一緒に去っていった。
「うむ。どうするかな。フィーラ嬢。宿舎内の見学でもするかい? 部下の一人も残して貰えば良かったかな。まあ、私もある程度のことは説明できるだろうが」
「お願いできますでしょうか?」
「では行こうか」
フィーラたちはジークフリートの後について歩き出す。敷地内には広い宿舎を中心として様々な建物があった。馬屋に訓練場、武器庫がある。
なぜ武器庫だとわかったのかといえば、ちょうどその武器庫らしき建物から、剣や弓を持ちだす白い制服姿の騎士たちが見えたからだ。
「あちらにいる白い制服の騎士たちは第二騎士団の者たちだ。戦争や暴動が起こったときに真っ先に出動する者たちだよ。国内に魔が出た際、出動するのもあの者たちだな。あとはこの場にはいないけれど、主に王族の護衛などを担当する黒い制服の第一騎士団。主に情報取集や偵察を行う茶の制服の第三騎士団があるね」
「団によって制服の色が分かれていると一目でどこの所属かわかって良いですが……何か理由はあるのですか?」
「そうだね。第二騎士団の制服が白なのは、白ならば怪我をしたことがすぐにわかるからだよ」
「……確かに、白い服なら血がどこから出ているかわかりやすいですわね」
――確か包帯が白い理由がそうだったわよね……?
「そういうことだね」
汚れが目立つということは怪我による出血も目立ってしまうが、しかし怪我の場所が敵に筒抜けになってしまうかわりに、自分や仲間にもどこからの出血かすぐにわかってもらえるというわけだ。
――それならもし意識がなかったとしても、怪我の場所を見つけてもらえるわね。
一兵卒に課せられる役目は、言い方は悪いが身を挺して仲間や対象を護るようなものばかりだ。まさに捨て身なのだろう。
出血を見つけやすくするだけなら白でなくとも、それに準ずる色素の薄いものでも良かったはずだ。それでも騎士服を白にする理由はやはり、命をかけて戦う騎士たちへの敬意を込めたものだからだろうか。
「第三騎士団の茶色は……まあ、あまり目立たず森の中にも町の中にも紛れやすいからと言われている」
「では第一騎士団の黒い制服は……」
「それは第二騎士団とは反対に怪我をした位置を敵に悟られないためと、出血を隠し王族に余計な恐怖を与えないためと言われているね。まあ、大きく出血していたら、結局は匂いでわかってしまうだろうけど」
――ええ? そんな大量出血だったら動けないのでは? でもきっと、わたくしの知る人間の身体とは鍛え方が違うのでしょうね。
「大変なご苦労を……」
「そうだね。まあ、制服の色については本当かどうかはわからないけれど……私たち王族や民の安全は彼らの命の上に成り立っていることは確かなんだ。それを忘れないようにしたいよ」
遠くで働く騎士たちを見るジークフリートの瞳は静かだが、そこには何かしらの覚悟のようなものが浮かんでいる。
メルディア家にも団と称する護衛たちはいるが、王家のそれとは規模が違う。また主家を護る護衛と、王家と国と民を護る騎士団でははやり背負うものも違うだろう。そしてその騎士たちが背負っているものを、最終的に背負うのは王家の人間だ。
――国はすべての民の命を背負っているようなものだものね。
その後もフィーラが目に見えるものをあれこれジークフリートに質問しているうちに、エルザが戻ってきた。
「お待たせ、フィー」
今度はガルグの姿は見えず、エルザ一人だ。
「エル。推薦状は?」
「ここ」
エルザが嬉しそうに書状を掲げる。
「学園に提出するまで大事にしなきゃね」
「エル。あと一時間もしたら馬車が迎えに来る。一度城に戻って準備をしよう」
ジークフリートが上着の内ポケットから取り出した懐中時計をエルザに見せる。
「え? もうそんな時間? フィー、王宮にはまた来られるから、今日はもう私の家に行くのでいいかな?」
「ええ。よろしくお願いしますわ。エル」
エルザの家から迎えに来た馬車は二台。さらに王宮からの護衛がついたものだから、なかなかの大所帯で移動することになった。
エルザとフィーラが同じ馬車にのり、残りの護衛二人がもうひとつの馬車に乗り、エルザの家へと向かった。




