第101話 確かに言いましたけど……
夏季休暇に入って三日目、いざ馬車に乗り込もうとしたフィーラはロイドから護衛を紹介された。
夏季休暇中エルザの実家があるフォルディオスに招待されているフィーラは、現地で行動する際の護衛をロイドから紹介してもらう手筈となっていたのだ。しかし……。
「……ええと。これは一体?」
フィーラは隣に立つ兄を見上げ説明を求める。ロイドはにっこりと笑って、フィーラに告げた。
「フィーのために用意した護衛だよ?」
ロイドからフィーラの護衛として紹介されたのは二人。フィーラは護衛につくのは一人だと思っていたので、護衛は二人と聞かされた段階でまず驚き、そして二人の顔ぶれを見て、またさらに驚いた。
「信用の出来る者でないと駄目だと言ったろう」
――言った……言ったけれど。
「こいつらなら、また魔が出たとしてもある程度対処できるだろう。魔に憑かれる心配もないだろうしな」
ロイドが護衛として連れて来た二人は、フィーラが良く知る者たちだった。
「……よろしくお願します。お嬢様」
「テッド……」
何故か申し訳なさそうに頭を下げているのは馴染みのテッドだ。
「どうして僕まで来なければならないんだ」
「おっしゃる通りですわ……申し訳ありません、エリオット様」
――お兄様、なぜエリオット様まで……。
テッドはわかる。フィーラともエルザとも親しいし、もともとよくフィーラの護衛を努めていた人物なため安心できる人材だろう。だが、なぜそこにエリオットを加えたのかはフィーラには理解不能だ。
確かにエリオットは最近テッドと一緒にエルザとジルベルトの訓練を見てくれているそうだが、それと今回の件とは別だろう。
しかしロイドの言う通り、テッドは一度魔と戦っているし、魔が心の隙に入り込むのだとしたら、この二人は大丈夫だろうと根拠もなく思わせる安心感がある。
――テッドは技術だけではなく、心も強いと思うわ。だって以前のわたくしを身近で知っているはずなのに、そのことを快く許して、今もわたくしのことを助けてくるもの。それにエリオット様もプライドは高そうだけれど、それはいい意味でのものだと思うのよね。魔の力を借りてまでテッドに勝とうなんて、絶対にしなさそう。……それにしても、エルの護衛ならまだしもわたくしの護衛なんて、エリオット様もよく承諾したわね……。まあ、公爵家からの要請を断れなかっただけかもしれないけれど、でも、それじゃあ余計に申し訳ないじゃない……。
「こいつら二人連れていけ。そうでなければ許可できない。ちなみに父様も同意見だ」
ロイドの言葉を受け、フィーラは観念して二人に頭を下げた。兄一人でもフィーラでは対抗できないというのに、父まで加わってしまえば、勝ち目はまったくない。
「申し訳ありません、お二方。今回はどうぞ、よろしくお願いいたします……」
ゲオルグもロイドも基本フィーラには甘いが、それはフィーラの身の安全が確保されている場合に限るのだ。
「お嬢様! 頭なんて下げないでください。俺はお嬢様の護衛です。いつでもお護りしますよ」
「テッド……!」
きっと無理やり頼まれただろうに、フィーラに気を使わせまいとするテッドの優しさにフィーラは感動する。
「まあ、フォルディオスには幼い頃に行ったきりだし、遊山だと思えばなかなかに楽しみだ。もちろん受けたからには護衛としての仕事は全うする」
「ありがとうございます……エリオット様」
――ああ……二人とも何ていい人たちなのかしら? なんだかんだ言いつつも、エリオット様も護衛を承諾してくれたし、本当にありがたいわ。
「本当にありがとうございます。今日から一週間。よろしくお願いいたしますわ」
「さあ、フィー。そろそろ時間だ。僕も学園まで見送ろう」
ロイドが用意された馬車に先に乗り込み、フィーラに手を差し出す。フィーラが乗り込んだあとに、エリオットが馬車に乗り込んできた。
ちなみにテッドは御者台に乗っている。大型の馬車なのであと一人は乗れるのだが、テッドは御者台に座ることを選んだのだ。
本当に良いのかとフィーラが聞くと、テッドは護衛仲間に見られるのはちょっと……と言いつつそそくさと御者台へと座ってしまった。
――まあ、護衛は大体は馬車の外にいるものだし、わたくしたちと一緒に乗っても息がつまりそうよね。エリオット様は貧乏くじを引いたかしら?
二人とは別にロイドの護衛が二人、馬でついてきている。フィーラたちが転移門で移動したあと、帰りはロイドと御者だけになってしまうからだ。当然、その護衛達はテッドの元同僚ということになる。
「エリオット様……今回は本当にありがとうございます。わたくしのためにお兄様が無理を言って申し訳ありません」
「……あんたが謝ることじゃない。それに、あんたは精霊姫候補だろう? 聖騎士を目指すのならあんたを護るのは当然のことだ。それに僕は実際に護衛を経験したことはない。いい勉強になる」
――驚いたわ。最初の頃と全然印象が違うわね。
フィーラはエリオットの横顔をそっと覗き見た。長い睫毛に、繊細な顔立ち。相変わらず綺麗な顔をしている。クレメンスといい勝負だ。
――こういう人形。前世であったわよね。くりくりの金髪に、青い瞳。
「……なんだ?」
フィーラの視線に気づいたエリオットが訪ねる。
「え? いえ、綺麗なお顔だなと」
「……は? 嫌味か?」
エリオットが眉を顰めフィーラをねめつける。そんな表情すら美しいのだからエリオットの美少年ぶりもたいしたものだ。
「え? なぜ⁉」
「なぜって、あんたな……」
「フィーは本気でわかっていないぞ」
ロイドの言葉に、エリオットがわずかに目を見開いた。
「……信じられないな、あんた」
「え⁉ いえ、確かにお人形みたいだな、とは思いましたけれど……もちろん褒めていますわよ⁉」
――まずいわ……。綺麗と言われるのが嫌いなタイプだったかしら。でも男らしいでは見え透いているし……。
背もあまり高くないエリオットでは、どう見ても男らしいとは言えない。骨格も騎士でも何でもないロイドに比べ、だいぶ華奢に見える。
「ぶは! 人形って……。フィー。それはひどいぞ」
噴き出したあと急に真顔になり諫めてくるロイドに、フィーラは訳が分からず動揺した。
――え? 人形みたいってダメな誉め言葉? ああでも、男性にお人形みたいは確かにダメかしら……。前世では喜ぶ方もいたけれど……。
青くなったフィーラを見て、エリオットがため息をついた。
「怒っているわけじゃない。だが、男に人形みたいは今後はやめろ」
――ああ……。やっぱり。言葉選びを間違ったわ……。
仮にも騎士を目指そうとしている人間だ。お人形のようなという形容詞は馬鹿にしていると取られたのかもしれない。
「そ、そうですわね。申し訳ありません」
「フィー。女性にもやめときなさい」
「え? 女性は良いのでは?」
人形のように可愛らしいなどと言われたら、きっと嬉しいのではないだろうか。プラチナブロンドに青緑の瞳のフィーラが自分の容姿を再認識した際も、まるでビスクドールのようだと少なからず興奮したのだから。
「だから、あんたが言ったら嫌味だろうが」
「なぜに⁉」
「なんだその言葉遣いは……」
「す、すみません」
――ああ、うっかり前世の言葉使いが……。
「あんた、さすがに高位の令嬢としてそれはどうなんだ?」
「う……すみません」
「言葉遣いじゃないぞ。あんたほどの美貌なら、それを自覚しておかなければいざというときに自分の身を護れないだろう?」
「え、ええ?」
「自分が他人からどう見られているかぐらい自覚しろ」
「君の言っていることは概ね正しい。まあ、フィーには言っても無駄だけどね」
「甘やかしていると彼女のためになりませんよ」
エリオットが優雅に小窓から外を眺めるロイドをねめつける。エリオットの視線に気づいたロイドは、小窓から視線を外しエリオットに向かって微笑んだ。
「そうは言っても美醜の感じ方など人それぞれだし、ましてや他人に言われて治るものではないだろう?」
「え? 治る?」
兄は一体何を言っているのだろう。その言い方ではまるでフィーラが何かの病気を患っているかのようではないか。
「……美的感覚が狂っていると?」
――え? いやいや、そんなことないわよ?
ロイドのこともエリオットのことも、かなりおこがましいが自分のことも、美しい部類の人間だということはちゃんと理解している。
「君、針豚みてどう思う?」
「不細工」
ロイドの質問に迷うそぶりもなくエリオットが答える。
「だろう? でもフィーは昔からあれを可愛いと言うんだ」
「……」
「え? 針豚は可愛いですわよね?」
――だってあれ、前世でいうところのハリネズミみたいなものじゃない。確かに大きさは豚くらいはあるけれど……。そして顔はまんま豚だけど……。
黙ってしまった二人に、フィーラは言い募る。
「お二人とも、針豚の子どもをみたことはありませんか⁉ 驚くと丸まるのですよ? とても可愛らしいではないですか!」
針豚の子どもはまるでアルマジロとウリ坊を掛け合わせたような可愛らしさなのだ。拳を握り締め力説するフィーラに、エリオットの哀れみの視線が突き刺さる。
「そうか……自分の美貌を認識できていないのか」
なんて無駄な采配だと嘆くエリオットに、フィーラの肩が震える。
――ご、誤解……。ああ……。ブサカワの概念がないのね、この世界……。
分かり合えない虚しさに、フィーラは軽く眩暈を覚えた。




