弥勒が目指す最強 ②
少し汚い表現があります。
弥勒に兄がいた。その情報は初耳だった。
驚いて弥勒のほうを見ると少し笑っている。
「お前らには言ってないから知らないのも無理ないさ。兄は……俺より格段と優秀な奴だった」
弥勒はそう語る。
「なにもせずとも何でもできるような完璧超人さ。俺はそんな兄と比べられてきた。兄はできるのに何で弟は……とかな。だが、ある日兄は死んだ。交通事故でな。二十年前くらいの池袋車暴走事件っていうやつがあるだろ? あれに巻き込まれたんだよ」
知っている。
あれはたしか麻薬をやっていた運転手が錯乱状態になり人が歩いてる歩道に突っ込んでそのまま人をたくさん轢き殺しながら……とかいう凄惨な事件だった。
運転手の男は死刑が決まっている事件でもある。
「兄が死んでからというもの、兄に降りかかっていた期待の目だったりが一気に俺に向いた」
「あーなるほどな」
「俺は兄と違って何にもできない。そのことを知った周りの奴らは俺を使えない目で見てきやがった。てめえらが勝手に期待していたくせに何失望してんだよなんて思ってるさ。だから、俺はそいつらを見返すために最強になってやる。出来損ないじゃないってことを示したいだけだ。俺の自己満足のためにお前らをつき合わせている」
弥勒はそう語った。
たしかに弥勒の動機は自己満足なんだろうな。要するに周りへの復讐のためともいえるだろう。自分を使えないと判断し乗り換えて行った周囲に俺はこんなにもできるんだぞということを知らしめたいという欲望。
ずいぶんと欲張りなこった。
「こんな俺を軽蔑するのはお前の自由だ。私利私欲で動いているからな。お前らのためじゃなく、すべて自分のために動いてる」
「……そうか。ま、なんとなく理由はわかった。それだけ聞けただけでも満足だ」
私はワインをあおる。
「軽蔑などしないさ。物事には理由がある。弥勒を突き動かす理由とならばそれだけでもいいだろう。世の中はやったもん勝ちだ」
「やったもん勝ち、か」
「むしろ、よくやってるじゃないか。自分の復讐のために金を使ってまでやるなど私は考えんからな」
金の無駄だといえる。
むしろ、そのような環境にいて歪まなく育つというのも奇跡だといえるだろう。
「あ、弥勒も過去を話したんだから私も話したほうがいいか? 私も割と重いぞ」
「いや、いい。俺は勝手に話しただけだ」
「そうか」
私はワインを飲み干した。
「それにしても……幽音結構ワイン開けたな」
「つまみがうまくてな。このチーズとワインがよく合ってワインが進む」
「確かにうまい……。でも俺もこんだけ飲んだら普通に酔うぞ? これで酔わないとか本当に酒強いんだな」
「つい数か月前にアルコール中毒の奴と飲み比べしたが、そいつに勝つくらいには強いぞ。酔って失敗したという経験はまだない」
「俺はあるな……。最初に飲んだ時はペースがわからなくて一気に飲んでな。帰り道で気持ち悪くなってはいて二日酔いになり翌日の仕事に支障をきたしたりとかな」
「結構な失敗談じゃないか」
だがしかし、初めて飲んだ時は自分のペースや強さ弱さなどわからないだろう。
私も最初に飲んだ時はどれくらい飲めるかとかやったものだ。割と朝方まで飲んでいても酔うことはなかったが……。
「ああ、だめだ。俺もちょっと酔ってきた。幽音本当にどの方面でも強いな……」
「ん? ああ、ほめてるのか。ありがとう」
「すまないが見送りできそうにない……」
「ああ。なら帰らせてもらおう。それじゃあな」
私は大広間を出ると背後で誰かが嘔吐してる声が聞こえた。
自分はそんなに酒飲まないんで失敗したことがまだありません。




