聖女の死
「もう一度! もう一度だ! 祈祷をしくじった――何かが妨害してるんだ!」
三度の “探霊” を嘆願してなお、早乙女月照は諦め――認めなかった。
「ここには “女神の杖” があるわ。加護の成功率にはバフが掛かってる。なにより、あなただって今は古強者の僧侶じゃない。そうそう祝詞や祈祷を間違うはずがない。何度やっても同じよ。枝葉さんは消失したのよ」
田宮佐那子が冷静……というより冷めた表情で告げる。
「違う! そうじゃねえ! きっと “悪魔王” の力が悪さしてるんだ! 師匠が――あのエバ・ライスライトがこんなことで消失するわけがねえ!」
対照的に昂ぶる月照。
動揺と恐れが色濃く滲み、拠点の住人たちから好漢と慕われる面影はない。
「……声を落として。外に聞こえちゃう」
安西恋が沈んだ声で喚起する。
枝葉瑞穂と彼女が同行した救助隊の異常は、現在のところ彼らしか知らない。
“探霊” を嘆願できるのが、月照だけだからだ。
しかしこの調子で月照に怯えれたら、すぐにでも拠点中に広まってしまう。
「……もう一度 “探霊” を使うにしても、少し時間を置いた方がいいと思う。何かが枝葉さんたちの念視を妨害しているなら、状況が変るかもしれない」
猛砂の吹き荒ぶ地上といえど、これまで “探霊” による探知は可能だった。
現状何かしらの理由でそれが不可能になっているのなら恒常的なものではなく、 時間を経ればあるいは再び探知できるようになるかもしれない。
“探霊” とはその名のとおり、魂の在処を探る加護だ。
肉体の状態がどうであれ、たとえ “死” や “灰” であったとしても、まだそこに魂が宿っている限り、“探霊” は魂を所在を指し示す。
ただし……魂までが消失してしまった場合は別である。
その場合 “探霊” は嘆願者に、虚無を返す……。
「……それでいいでしょ?」
恋は月照と、腕組みをする佐那子に顔を向けた。
月照は『……俺は絶対に信じねえからな』と呟き、渋々同意。
佐那子は無言だったが、表情には『オッカムの剃刀』という言葉が滲んでいた。
「……で、どうするんだ?」
疲れ切った表情で沈黙した恋に代わり、五代忍が志摩隼人に話を振った。
「拠点のリーダー、ラーラ・ララは不在。サブリーダーのドッジは、精神的な支柱になりつつあった聖女と共に行方不明。残ったのは “勇者” の肩書を持つお前だ」
忍の声には玩弄するような気配も、反対に労るような調子もなかった。
あるいは淡々とした声色こそ、忍なりの最大限の労りだったのかもしれない。
隼人は黙して答えない。
◆◇◆
寄せては返す潮騒が、微睡みの淵からわたしを呼び戻しました。
母親の子宮内に回帰したような、羊水の海に浸っているような心地よさ。
知っています。
わたしは何度となく、この優しく穏やかなリズムの中で目覚めました。
わたしの大好きな場所で。
微睡みの心地よさよりも、早くその場所に戻りたい気持ちが目蓋を上げさせます。
薄らとあけた目に最初に映ったのは、見慣れぬ天幕の幕天でした。
(……あれ、おかしいな。いつのまにこんな天幕を張ったのでしょうか)
わたしたち “フレッドシップ7” に割り振られたアドレスには、こんな贅沢な代物はなかったはずなのに。
訝しげな思いに駆られながら、上半身を起こしました。
わたしが寝ていたのは簡素ですがしっかりした造りの寝台で、これもわたしたちのキャンプにはなかった物です。
シーツが零れ、一糸まとわぬ肩口が露わになります。
深く斬り裂かれたはずの右肩には、傷一つ残っていません。
最後の瞬間、“神癒” が間に合ったのでしょうか。
(……違う。そうじゃない。わたしはあの時、“神癒” を嘆願できなかった……)
そしてわたしは閃光に包まれて……。
そうだ。
思い出してきました。
ドッジさんも、イランさんも、ゼークリンガーさんも、わたしに憎悪の大剣を振り下ろしたヨシュア=ベンさんも、“悪魔王” が気まぐれに唱えた “対滅” に巻き込まれて……。
わたしは、わたしたちは死んでしまった。
これが二度目の “死亡” 。
(でも……おかしいです。最初に死んだときはこんな風に意識はなかったのに)
疑問はすぐに氷塊しました。
おそらく “対滅” の超エネルギーで、“死” を飛び越えて “灰” になってしまったのでしょう。
以前 “龍の文鎮” で、トリニティ・レインさんが光と闇の両極の水晶を調査中に誤って秘めたる力を開放してしまい、やはり死を通さずに灰化してしまいました。
その際、トリニティさんは意識を保ち続け、結果として “真龍” に起きた異変――わたしたちがあの岩山の迷宮に召喚された原因の一端を垣間見たのでした。
(……こんなにもハッキリと意識できるものなのですね)
寝台の傍らには見慣れぬ僧衣が置かれていて、伸ばし触れた指先には確かな感触がありました。
わたしは寝台から出ると僧衣をまとい、天幕の外に出ました。
「……っ」
懐かしい空気と喧噪が一息に押し寄せてきて、わたしは目眩を覚えました。
この気配。
この匂い。
この……この……。
両目から、涙が滂沱と流れます。
あの時トリニティさんは、面映ゆげに言っていました。
“灰化すると、魂は自分のもっとも輝いていた瞬間を見せるものらしい”
……と。
自分の青春時代に、魂は引かれ焦がれるのだと。
そうしてそれは、わたしも同じでした。
思い出の “湖岸拠点” に……。
わが青春の “迷宮街” に……。
わたしは再び立って……還っていました。







