フラッシュカット
(次は…… “神癒” ……を)
しかし儀式で消耗した身体は動かず、精神の集中は千々に乱れていました。
だから、わたしは動けませんでした。
「貴様、エバ・ライスライト!」
わたしを見るなり、ヨシュア=ベンさんが憎悪に血走った両眼で抜剣して、大剣を振り下ろしても。
肩口に走る重い衝撃。
躱すどころか、身を捻ることさえできずに、まともにその一撃を受けた鎖帷子ごと鎖骨が砕け、刃は右の肺にまで達しました。
左肩に受けていたら、心臓を斬り裂かれ即死だったでしょう。
鮮血が視界を真っ赤に染めます。
痛みは感じませんでした。
あまりの深手に、身体が痛覚を遮断してしまったのかもしれません。
そのせいでわたしは身体を濡らす自分の血が、これほどまでに温かいことに驚いていました。
そして、ホッとしてました。
(……よかった……わたしの血は冷たくない……冷たくない……)
意識が……遠のきます。
「貴様、狂ったか!」
ドッジさんの怒号がずっと、ずっと遠くに聞こえます。
(……いけない……ここで意識を失っては……)
この深手です。
回復役はわたしだけ、そのわたしが意識を無くしては待っているのは確実な死。
たとえ死んでも死体を持ち帰ってもらえれば、 “奇跡の泉” を使った蘇生が可能ははずです。
ですが、この状況でそれができるかどうか。
(…… “神癒” ……)
わたしは自由になるはずの左手を傷口に伸ばしました。
左手は動きませんでした。
「聖女様!」
誰かが、ゼークリンガーさん? が、わたしを抱え起こします。
「……左……手を……傷……口……に……」
ゴッポと大量の血の泡を吐き零しながら、どうにかそれだけを伝えました。
ゼークリンガーさんが、わたしのまだ自由になるはずの左手を右肩に添えさせてくれます。
感覚はまるでなく、酷い悪寒に震えるだけです。
大量の失血によるショック症状が出ていました。
(……慈母……女神……ニル……)
祝詞が思い浮かばない。
加護の嘆願できない。
「貴様、なんてことを!」
「放せ、殺してやる! エバ・ライスライト!」
イランさんに羽交い締めにされても、ヨシュア=ベンさんは狂乱を止めません。
(なぜ……そこまで……わたし……を……)
わたしはあなたとは、拠点で顔合わせた程度なのに。
ああ、でも今になって思えば、あなたの目には確かに憎しみがありました。
それでもやはり解りません。
この時代の人間ではないわたしが、なぜそこまで怨まれなければならないのか。
“神癒” を嘆願しなければ……という意識はすでに消え去って、その疑問ばかりがグルグルと回っていました。
「ヨシュア=ベン! 聖女さまは俺たちの希望なんだぞ! それを――」
「遅すぎた希望など絶望でしかない!」
(遅すぎた……希望……)
ああ、そういうことでしたか。
わたしは朦朧とする頭で理解するよりも早く、胸の内でストンと納得しました。
なんとなく『多分、そういうことなんだろうな』という直感があったのです。
真っ赤に染まっていたはずの視界が、いつしか真っ暗になっていました。
(暗黒回廊……ああ、砂嵐か……)
(わたしたち……今、砂嵐に巻かれているのでした……)
(おまけに…… “餓鬼玉” にまで……襲われて……)
(“悪巧み” を……しなくちゃ……生き残る……ための…… “悪巧み” ……)
(ああ……でも……考え……まとまらない……)
(嫌……嫌……死にたくない……死にたくない……)
(アッシュロード……さん……)
(ミチユキ……くん……)
(会いたい……もう一度……)
(死にたく……ない……)
そして暗闇の帳が辺りを包み――――――込みませんでした。
それと真逆の白熱の閃光と遅れて襲ってきた全てを薙ぎ払う爆風が、“神璧” の護りを、パーティを、飛び交う “餓鬼玉” を、荒れ狂う砂嵐さえも吹き飛ばしたのでした。
立ち昇る巨大な “キノコ雲” 。
“悪魔王” が戯れに放ち世界を灼き続けている “対滅” が、わたしたちを引き裂いたのです。
一〇〇年後の “世界” にきて三ヶ月。
わたしは死んでしまいました。







