表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
666/669

無茶でも苦茶でも

「“魂還の儀式” を執り行います! ここでヨシュア=ベンさんを蘇生させます!」


 意を決して宣言(コール)したわたしに、ドッジさんらが文字どおり三者三様、ギョッとした顔で振り返りました!


「この状況でですか!? いくらなんでもそれは無茶です!」


 失敗するようなものだ! ――とばかりにドッジさんが怒鳴ります!


「無茶でも苦茶でもやるしかありません! このままずっと “神璧(グレイト・ウォール)” の中に籠城しているわけにはいかないのです!」


「だが仮にヨシュア=ベンを生き返らせたとしても状況は変らない! 障壁を解けば俺たちは砂に巻かれて盲目になる! 状況は変らない!」


 イランさんもまた苛立ちと動揺に駆られ、声を張り上げます!


「障壁を解いて “餓鬼玉(BON BON)” を招き入れたあと、もう一度 “神璧” を張り直すのです! そうすれば砂嵐に視界を遮られることはありません!」


「“餓鬼玉” を障壁内に入れるのですか!? 無茶だ! 猛獣と一緒の檻に入るようなものです!」


「無茶でも苦茶でもやるしかないといいました! 最大の脅威は “餓鬼玉” ではなく砂嵐による視界の不良(カムフラージュ)! 魔物を視認できなければ剣も魔法も役には立ちません!」


 リスクを唱えるゼークリンガーさんに、それでも一歩も退かずに反駁します!


「しかし、仮にヨシュア=ベンの蘇生が上手くいったとして、問題はそのあとだ! 蘇生直後はただでさえ混乱しているのに、果してこの状況を飲み込めるかどうか? 混乱した味方は敵よりも脅威です!」


「“神癒(ゴッド・ヒール)” があります! あの加護には恐慌(アフレイド)混乱(コンフュージョン)などの精神錯乱を鎮める効果もあります!」


「ますます無茶だ! あなたはたった今ゼークリンガーに “神癒” を施した直後ではありませんか! この後 “魂還(ニルダニス) ” の加護に続けてさらにもう一度使うだなんて! いくら聖女とはいえ、あなたが持たない!」


 ドッジさんが赤黒く血相を変えて怒鳴ります。

 逆に声を低くして忍耐を振り絞るわたし。


「わたしの知る極めて優れた迷宮探索者は、難しい決断を迅速に下す彼一流の方法を持っていました。方法の難易度は別にして他に代わる手段がないかを考えるのです。なければそれで決まりです」


 わたしの迫力に、押し黙る三人。


「……説得力のある話だ。しかしあなたの負担は凄まじく大きい」


「ええ、わたしもここまで連続して高位の加護を嘆願するのは初めてです。消耗してもしかしたら意識を失ってしまうかもしれません。ですが屈強な男性が()()()いるのですから、わたしひとりくらいは拠点まで運べるでしょう」


 微笑んだわたしに、もう反論はありませんでした。


「すぐに儀式を始めます! 万が一失敗した場合に備えて毛布を敷いてください! 灰となったヨシュア=ベンさんを一粒子残らず確保しなければなりません!」


 わたしは戦棍(メイス)を振って “神璧(グレイト・ウォール)” を張り直しながら指示を出します!

 過酷極まる状況での “魂還の儀式(蘇生)” です。

 ――が、


(これまでが恵まれ過ぎていたのです)


 沐浴で身を清められ、深い祈りで精神を統一できる静逸な環境。

 なにより、神器 “女神(ニルダニス)の杖” の強い加護と恩寵。

 ですがわたしは神殿の深奥で祈祷に勤めていればよい司教・司祭ではありません。

 わたしは迷宮無頼漢(探索者)

 ならばこれこそが本来のわたしが置かれるべき状況。


(ここで成功できなくて、なんの “聖女” でしょうか)


 “帰還(リターン)” の加護は最初から念頭にありませんでした。

 あの加護はすべての装備と金銭を失って、事前に定めた場所に帰還する魔法。

 これまでに得たすべての財産を帰依する神に差し出し、慈悲に縋り、最後に残った命だけは助けてもらう命乞いの祈り。


(それはわたしの望むところではないのです!)


「魔方陣を描きます! その間この戦棍で “神璧” を張り続けてください!」


「了解です!」


 わたしはドッジさんに手にしていた得物を手渡すと、聖水で荒れた砂上に儀式用の聖紋を描きました!

 清められた水が皮袋から零れ砂に吸い込まれていく様を見て、魂魄を落ち着かせ、精神を研ぎ澄ましていきます。

 意識を集中するための事前の祈祷ができないので、その代わりです。

 状況が厳しいというだけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 失敗の要因はすべてわたしの動揺にこそあります。

 戦いは常に相対的です。

 どんなに鍛錬を積んでも、自身を上回る力を持つ相手と対すれば敗北します。

 ですが唯一例外があります。

 それは自分との――己との戦い。


「これより、“魂還の儀式” を執り行います」


 わたしは聖紋を描ききると、絶対の意思をもって再び宣言(コール)しました。

 半透明の障壁の外では猛砂が吹き荒び、あらゆる物質を喰らい尽くす “餓鬼玉(BON BON)” がわたしたちを獲物と定めて狂瀾(きょうらん)しています。


(わたしは自分に負けない。負けられない――負けたくない)


 この世界(アカシニア)にきて以来、積み上げてきたものを否定されたくはない。

 わたしは今の自分に満足している。

 そして、このままさらなる高みを目指したい。

 ここでこれまで培ってきた、自分を信じる気持ちを失いたくない。 


(自分を信じる気持ち――自信を)


 視界の端を銀色に輝く髪がふわふわと漂い、超高次元の意思がわたしの中に降りてきたのが判りました。


「慈母たる女神 “ニルダニス” よ――」


 朗々と紡がれる長大な祝詞(しゅくし)

 遙か高次元の存在である女神(ニルダニス)にとって、身体を離れてしまった魂を戻すことは、わたしたちが壊れたオモチャを直すのに等しいのです。


(戻ってきてくださいヨシュア=ベンさん、あなたには、あなたを必要としている、あなたを大切に想っている人がいます。あなたはまだ孤独ではありません)


 囁くように、祈るように、詠唱は続きます。

 それはやがて強く激しく大きなうねりとなって、高まっていきました。

 そして、


「慈母たる女神 “ニルダニス” の名においてここに命じる! 還れヨシュア=ベン! あるべき場所と世界の有り様の中に!」


 わたしは強く念じました。

 神聖にして強大な力が、その御胸に抱いていたヨシュア=ベンさんの魂を、冷たく硬直した彼の身体に還します。


 トクン……トクン……トクン……。


 再び動き始める心臓、響き始める鼓動。

 わたしが膝をついたのと、ヨシュア=ベンさんが目を開けたのは同時でした。


(次は…… “神癒” ……を)


 しかし儀式で消耗した身体は動かず、精神の集中は千々に乱れていました。

 だから、わたしは動けませんでした。

  

「貴様、エバ・ライスライト!」


 わたしを見るなり、ヨシュア=ベンさんが憎悪に血走った両眼で抜剣して、大剣を振り下ろしても。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
やっぱり蘇生の代償はひどいですね。 そしていきなりの狂乱。 エバなら歯で噛んで止めると信じています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ