無茶でも苦茶でも
「“魂還の儀式” を執り行います! ここでヨシュア=ベンさんを蘇生させます!」
意を決して宣言したわたしに、ドッジさんらが文字どおり三者三様、ギョッとした顔で振り返りました!
「この状況でですか!? いくらなんでもそれは無茶です!」
失敗するようなものだ! ――とばかりにドッジさんが怒鳴ります!
「無茶でも苦茶でもやるしかありません! このままずっと “神璧” の中に籠城しているわけにはいかないのです!」
「だが仮にヨシュア=ベンを生き返らせたとしても状況は変らない! 障壁を解けば俺たちは砂に巻かれて盲目になる! 状況は変らない!」
イランさんもまた苛立ちと動揺に駆られ、声を張り上げます!
「障壁を解いて “餓鬼玉” を招き入れたあと、もう一度 “神璧” を張り直すのです! そうすれば砂嵐に視界を遮られることはありません!」
「“餓鬼玉” を障壁内に入れるのですか!? 無茶だ! 猛獣と一緒の檻に入るようなものです!」
「無茶でも苦茶でもやるしかないといいました! 最大の脅威は “餓鬼玉” ではなく砂嵐による視界の不良! 魔物を視認できなければ剣も魔法も役には立ちません!」
リスクを唱えるゼークリンガーさんに、それでも一歩も退かずに反駁します!
「しかし、仮にヨシュア=ベンの蘇生が上手くいったとして、問題はそのあとだ! 蘇生直後はただでさえ混乱しているのに、果してこの状況を飲み込めるかどうか? 混乱した味方は敵よりも脅威です!」
「“神癒” があります! あの加護には恐慌や混乱などの精神錯乱を鎮める効果もあります!」
「ますます無茶だ! あなたはたった今ゼークリンガーに “神癒” を施した直後ではありませんか! この後 “魂還 ” の加護に続けてさらにもう一度使うだなんて! いくら聖女とはいえ、あなたが持たない!」
ドッジさんが赤黒く血相を変えて怒鳴ります。
逆に声を低くして忍耐を振り絞るわたし。
「わたしの知る極めて優れた迷宮探索者は、難しい決断を迅速に下す彼一流の方法を持っていました。方法の難易度は別にして他に代わる手段がないかを考えるのです。なければそれで決まりです」
わたしの迫力に、押し黙る三人。
「……説得力のある話だ。しかしあなたの負担は凄まじく大きい」
「ええ、わたしもここまで連続して高位の加護を嘆願するのは初めてです。消耗してもしかしたら意識を失ってしまうかもしれません。ですが屈強な男性が四人もいるのですから、わたしひとりくらいは拠点まで運べるでしょう」
微笑んだわたしに、もう反論はありませんでした。
「すぐに儀式を始めます! 万が一失敗した場合に備えて毛布を敷いてください! 灰となったヨシュア=ベンさんを一粒子残らず確保しなければなりません!」
わたしは戦棍を振って “神璧” を張り直しながら指示を出します!
過酷極まる状況での “魂還の儀式” です。
――が、
(これまでが恵まれ過ぎていたのです)
沐浴で身を清められ、深い祈りで精神を統一できる静逸な環境。
なにより、神器 “女神の杖” の強い加護と恩寵。
ですがわたしは神殿の深奥で祈祷に勤めていればよい司教・司祭ではありません。
わたしは迷宮無頼漢。
ならばこれこそが本来のわたしが置かれるべき状況。
(ここで成功できなくて、なんの “聖女” でしょうか)
“帰還” の加護は最初から念頭にありませんでした。
あの加護はすべての装備と金銭を失って、事前に定めた場所に帰還する魔法。
これまでに得たすべての財産を帰依する神に差し出し、慈悲に縋り、最後に残った命だけは助けてもらう命乞いの祈り。
(それはわたしの望むところではないのです!)
「魔方陣を描きます! その間この戦棍で “神璧” を張り続けてください!」
「了解です!」
わたしはドッジさんに手にしていた得物を手渡すと、聖水で荒れた砂上に儀式用の聖紋を描きました!
清められた水が皮袋から零れ砂に吸い込まれていく様を見て、魂魄を落ち着かせ、精神を研ぎ澄ましていきます。
意識を集中するための事前の祈祷ができないので、その代わりです。
状況が厳しいというだけで、儀式そのものにはなんの変わりもありません。
失敗の要因はすべてわたしの動揺にこそあります。
戦いは常に相対的です。
どんなに鍛錬を積んでも、自身を上回る力を持つ相手と対すれば敗北します。
ですが唯一例外があります。
それは自分との――己との戦い。
「これより、“魂還の儀式” を執り行います」
わたしは聖紋を描ききると、絶対の意思をもって再び宣言しました。
半透明の障壁の外では猛砂が吹き荒び、あらゆる物質を喰らい尽くす “餓鬼玉” がわたしたちを獲物と定めて狂瀾しています。
(わたしは自分に負けない。負けられない――負けたくない)
この世界にきて以来、積み上げてきたものを否定されたくはない。
わたしは今の自分に満足している。
そして、このままさらなる高みを目指したい。
ここでこれまで培ってきた、自分を信じる気持ちを失いたくない。
(自分を信じる気持ち――自信を)
視界の端を銀色に輝く髪がふわふわと漂い、超高次元の意思がわたしの中に降りてきたのが判りました。
「慈母たる女神 “ニルダニス” よ――」
朗々と紡がれる長大な祝詞。
遙か高次元の存在である女神にとって、身体を離れてしまった魂を戻すことは、わたしたちが壊れたオモチャを直すのに等しいのです。
(戻ってきてくださいヨシュア=ベンさん、あなたには、あなたを必要としている、あなたを大切に想っている人がいます。あなたはまだ孤独ではありません)
囁くように、祈るように、詠唱は続きます。
それはやがて強く激しく大きなうねりとなって、高まっていきました。
そして、
「慈母たる女神 “ニルダニス” の名においてここに命じる! 還れヨシュア=ベン! あるべき場所と世界の有り様の中に!」
わたしは強く念じました。
神聖にして強大な力が、その御胸に抱いていたヨシュア=ベンさんの魂を、冷たく硬直した彼の身体に還します。
トクン……トクン……トクン……。
再び動き始める心臓、響き始める鼓動。
わたしが膝をついたのと、ヨシュア=ベンさんが目を開けたのは同時でした。
(次は…… “神癒” ……を)
しかし儀式で消耗した身体は動かず、精神の集中は千々に乱れていました。
だから、わたしは動けませんでした。
「貴様、エバ・ライスライト!」
わたしを見るなり、ヨシュア=ベンさんが憎悪に血走った両眼で抜剣して、大剣を振り下ろしても。







