腐った砂漠
ピー!
脳裏に浮かぶ “心電図” の波形が、フラットになります。
(コンディション、心肺停止! ―― 状態 “DEAD” !)
(――間に合わなかった!)
それでも臍を噛むよりも先に、背嚢に括り付けてきた携帯用の円匙を火精が突き刺さった “腐った砂漠” に突き立てます!
そう、まさしく “腐った砂漠” です!
世界を滅ぼした “災禍の中心”、“災禍をもたらす者 魔神パズズ” の瘴気によって腐らされた!
(触れただけで、指先が爛れるよう!)
“恒楯” と厚手の手袋をしていてさえ、砂に触れると火に炙られたような熱痛を覚えます!
(パズズ……もう人の力では手の施しようがないほど強大になってしまっている!)
世界は……手遅れかもしれない!
そんな絶望が押し寄せます!
(それでも、なればこそ、ヨシュア=ベンさんはまだ手遅れではありません!)
「ヨシュア=ベン! ヨシュア! 返事をしろ!」
友の名を叫びながら、滅多矢鱈に砂漠にシャベルを突き刺すイランさん!
「気をつけろ! 下にはお前の親友が埋まってるんだぞ!」
平素は冷静なゼークリンガーさんが血相を変えたまま怒鳴ります!
ヨシュア=ベンさんの心肺が停止して、状態が “死亡” になったことで、平静ではいられなくなっていました!
「彼の身体を傷つけないように、慌てず急いで正確に掘ってください!」
忸怩たる思いで注意を喚起するわたし!
ボディは死体を意味する言葉でもあるからです!
(間に合わなかった――でも手遅れでもない!)
死亡してからわずかな時間しか経っていません!
身体へのダメージは少なく、魂は充分に戻すことができます!
復活の加護である “魂還” どころか、死亡直後にしか効果がない心肺蘇生の加護 “祈命” でも可能性があります!
(だから決して手遅れではありません!)
強く念じたとき、払うように振るっていた円匙が砂中から何かを見いだしました!
「――いた!」
「ヨシュア=ベン!」
「掘り出せ!」
「――!!」
わたしが、イランさんが、ドッジさんが、そしてゼークリンガーさんが一時に円匙を投げ捨て、腐った砂に掴みかかります!
有毒な瘴気がまとわりつき、熱傷の痛みが両手を刺します!
(こんな瘴毒を吸い続けたら五分で肺が腐ってしまう!)
「呼吸が止まったのは却って幸運だったかもしれません! この毒気を吸い込まずに済みます!」
「「「おおっ!」」」
わたしの言葉に、他の三人の意気が上がります!
(ですがそれも “恒楯” と厚手のマスクの守りがあってこそ! どちらかでも失われていれば、ただの窒息死ではなくなってしまう!)
希望と絶望が、心の天秤を激しく揺らします!
そして、ヨシュア=ベンさんの頭が砂中より現れました!
「マスクは着けている!」
イランさんが叫びます!
毒々しい色の砂塵塗れてはいましたが、ヨシュア=ベンさんの顔には何重にも厚い布きれが巻かれたままでした!
「“恒楯” の効果も続いています!」
わたしもまた叫びます!
不幸中の幸い!
幸運と不運の蓋然性は、幸運が勝ったようです!
「引っ張り出せ! ――聖女さまは障壁を張り直してください!」
ドッジさんの怒号染みた指示が飛び、わたしは後を任せて戦棍を振るって “神璧” を張り直しました!
目まぐるしい作業と指示の応酬!
そして再度の防御壁を張り終えたわたしが振り返ったとき、ヨシュア=ベンさんの身体は砂中より引っ張り出されていました!
「ヨシュア! ヨシュア! ――聖女さまっ!」
イランさんが骸となったヨシュア=ベンさんをこれでもかと揺り動かすと、血涙に噎ぶような表情で、わたしを振り仰ぎます!
返事も惜しんで、わたしはヨシュアさんの傍らに膝をつきました!
もどかしい手つきで何重にも巻かれたマスクを解けば、腐った砂と見紛うばかりの紫色の肌が表れます!
その状態をひと目見るなり、
「ドッジさん、ここで蘇生させるか、それとも拠点まで運んだあと、改めて五層の “奇跡の泉” で復活させるか、判断をお願いします!」
わたしは救助隊のリーダーである疵面の戦士に判断を求めました!
「ここには “女神の杖” の加護がありません! わたしの “魂還の儀式” も失敗する可能性があります!」
「連れ帰ります! 確実に生き返らせられるならそれに越したことはない!」
ドッジさんに躊躇はありませんでした!
ですが吹き飛ばされるような砂嵐の直中を、ヨシュア=ベンさんを背負って帰還を目指すのは困難と言わざるを得ません!
「大の男が三人もいるのです! やれますよ!」
わたしの逡巡を見て取ったイランさんががなるように言いました!
「わたしは魔術師だが、ヨシュア=ベンを運ぶくらいのことはできます!」
ゼークリンガーさんも否やはないようです!
「わかりました、必ず連れ帰ってもう一度ヨシュアさんと話をしましょう!」
「俺が最初に背負おう!」
イランさんが進み出ます!
代わりにイランさんの背嚢は、ドッジさんが背負いました!
「い、意外と軽いな、鍛錬が足りないんじゃないのか」
親友を背負うと、イランさんが強がりを漏らします!
盗賊 のイランさんにとって、フル装備の戦士であるヨシュア=ベンを背負うのは一苦労なのです!
「限界が来る前にいうんだぞ! ひとりが動けなくなると全員が遭難する!」
「わかってる!」
ゼークリンガーさんの警告にイランさんが即答するや、ドッジさんが帰還を指示。
「拠点に戻るぞ!」
危機は進発してすぐに、イランさんが疲労を覚えるよりも迅速に訪れました!
「ぎゃっ!!」
砂嵐の轟音の中、最後尾を守っていたゼークリンガーさんの悲鳴が微かに届いたのです!
「ゼークリンガー!?」
「ど、どうした!?」
ドッジさんとイランさんが振り返って怒鳴ります!
「砂嵐の中に何かいます!」
そしてわたしは視界を遮る砂塵の中に、それを見ました――見た気がしました!
それは、荒れ狂う砂塵に紛れて襲ってきたのです!







