救出行
頭の中に “地球” の医療ドラマでよく視た、“心電図” が浮かんでいました!
体温、呼吸、血圧、脈拍の四つ “生命兆候” !
ヨシュア=ベンさんの状態を示すそれらの兆候が、徐々に弱まっていきます!
(――急がなければ!)
しかし “悪魔王” の巻き起こす猛砂嵐の中では、次の一歩を踏み出すことすらままならず、ともすれば後退りすら強いられます!
救助に限らず地下迷宮での探索でも、ここまでの悪環境はありませんでした!
焦っても状況は変りません!
それでも心は焦がされます!
(女神よ、どうかヨシュア=ベンさんに慈悲と加護を!)
焦燥がいや増します!
この視界の利かない砂嵐の直中で、いかにして砂に埋まったヨシュア=ベンさんを見つけ出せばよいのでしょうか!?
“探霊” は精度が甘く、対象者のおおよその方位しか判りません!
雪崩に埋まった人間が自位置を知らせる発信器のような道具はこの世界にはなく、仮にあったとしてもヨシュア=ベンさんは所持していません!
残された “探霊” は、あと四回!
なにか方法を見つけ出さなければ! なにか方法を!
(あの人ならどう考えるでしょう!? どう切り抜けるでしょう!?)
わたしは焦る心を上塗りするように、希代の迷宮探索者である猫背のシルエットを思い浮かべました!
(あの人の “悪巧み” は常に掛け合わせ! ふたつ以上の魔法や道具を掛け合わせてイノベーションをもたらす!)
その掛け合わせの閃きは、もはや悪魔的です!
わたしには、その閃きはありません!
少なくともこの過酷な状況では、訪れそうにはありません!
(なら、片っ端から試すまでです!)
自分たちが身につけている魔法、技術! 所持している装備、道具!
それらを頭の中で片っ端から組み合わせます!
(これも駄目! これも使えない!)
ですがそう簡単にこの状況に嵌まる組み合わせなど見つかるものではありません!
(違います、組み合わせではなく掛け合わせです! 近くのものを足すのではなく、遠くのものを掛け合わせるのです!)
猛砂に煽られながら、わたしは自分の思考法の誤りを訂正します!
(砂中に埋もれたヨシュア=ベンさんを見つけ出す掛け合わせ! 悪巧み! 砂中に埋もれた、砂中に埋もれた――)
わたしは電光石火の身ごなしで戦棍を振り、周囲に障壁を張り巡らせました!
「ゼークリンガーさん、“洞観” の呪文は使えますか!?」
「もちろんです、あの呪文は第二位階のもの! わたしは第四位階までの呪文は全て習得しています! しかしあれは隠し扉を見つける呪文――」
「術式を書き換えて、砂中を見透してください!」
それは一〇〇年前のアカシニアには存在しなかった呪文!
効果は一〇〇パーセントの確率で、隠された迷宮の扉を見破ります!
しかし効果範囲は狭く、最大でも一区画先までしかありません!
そして “探霊” は逆にアバウト!
「ですが、“洞観” は効果範囲が狭すぎます! わたしが唱えられる回数は六回! ヨシュア=ベンを探し当てられる確率はそれでも運頼りです!」
「ええ、ですから “探霊” から“洞観” へのつなぎ――もう一段の魔法が必要です!」
そうしてわたしは畳みかけます!
「“火箭” を使います!」
猛烈な砂塵の直中でゼークリンガーさんと、さらにはドッジさん、イランさんが、わたしの精神状態を心配する顔をしました。
「“火箭” は複数の炎の矢を放つ、必中の中規模集団攻撃魔法です! 攻撃目標が定まらないまま放てば火精は標的と思しき物を勝手に捜索します! あの呪文は自己誘導――撃ちっぱなしが可能な魔法です!」
“炎嵐” は魔術系第二位階の呪文で、魔術師 がレベル3になれば習得できます!
魔術師がレベル1で身につける第一位階の “火弓” を複数の標的へと放つリーンガミル禁制の呪文で、“大アカシニア神聖統一帝国” の訓練場では学ぶことができません!
“林檎の迷宮” に変異前の “呪いの大穴” の一層では、切り札とされていました!
そして火精は精霊の中でも特に猛々しい性質を持ち、強い破壊の衝動故に詠唱者が目標を示さなければ、勝手に獲物を探して飛び続ける!
だからこそ未熟な低レベルの魔術師でも使え、必中させられるのです!
気ままな性質の風の精霊を使役する “烈風” が高度な制御を必要とし、高位の第五位階の加護とされているのとは対照的に!
「精霊誘導弾をですか!? そんな使い方は聞いたこともない!」
ゼークリンガーさんが、わたしの矢継ぎ早な説明に絶句します!
「そうでしょうね、“ロックオン” をしないでミサイルを放つのですから!」
(問題は――)
「問題はやはりこの砂嵐です! “風の精霊王” すらたじろぐ “悪魔王” が原因で、いわば強力な妨害がなされている状況です!」
本来砂嵐は、砂漠に宿る風と炎の精霊のせめぎ合いが巻き起こすもの!
しかしこの砂嵐は “悪魔王” から溢れる強い悪意が原因で、そこに精霊たちの力は介在していません!
「だが、それしか手段がないならやるしかない! やれ、ゼークリンガー!」
障壁の外の轟音に負けないように、イランさんが怒鳴ります!
ドッジさんも強くうなずき、ゼークリンガーさんが決意の表情で呪文を唱えます!
八本の炎の矢が “探霊” が示した方角へと放たれましたが、その赤い光跡はすぐに砂塵に掻き消されてしまいました!
「駄目だ! まったく見えない!」
「ですが迷走もしていません! 火矢はどれも同じ方位に向かっています! 火精は何かしらの目標を察知しているのです!」
「火精の後を追うぞ!」
ドッジさんが火精が消えた方角に向かって進み始めました!
パーティは障壁を解いて猛差の直中に突入します!
砂中を透視する “洞観” の呪文もまた “火箭” と同じ第二位階の呪文!
“洞観” 一回分を残しておかねばならず、唱えられるのはただの五回!
「次!」
進めるだけ進むとまた障壁を張って砂の嵐を防ぎ、再び “火箭” を唱えます!
蟻が這うよりも遅い速度で、それでもわたしたちは火精が飛び去った方角に向かい続けました!
(万が一にもヨシュア=ベンさんが砂中に埋もれていなかったら、火精が彼を貫いてしまう可能性もあります! 生命力を失っている彼を射殺してしまうかも!)
ですが――
(そうなれば、そうなったです! 遺体を回収して “奇跡の泉” で甦らせます!)
「次!」
「次!」
「これが最後の “火箭” です!」
しかし期待も空しく、火精たちはやはり砂塵の中に消え去ってしまいました!
絶望の表情が三人の男性に浮かび――。
「まだです! まだ “火弓” が残っています!」
わたしは叱咤し、八回残っている第一位階の呪文を唱えさせました!
か細い一条の火矢が、やはり同様の方角に飛び去っていきます!
(“女神” よ、なにとぞ――なにとぞ!)
「これが最後になります」
やがて第一位階の呪文も残すところ一回となりました。
「やってください」
覚悟を決めてうながします。
これで見つけられなければ、ヨシュア=ベンさんを探し出す手段は断たれます。
あとは彼自身の運気次第です。
ゼークリンガーさんが呪文を唱え、最後の火矢が放たれました。
火精は “神璧” の立方体から出ることなく、すぐに目の前の砂面に突き刺さりました。
「ここだ!」
ドッジさんが叫び、イランさんが乱れに乱れた砂紋に飛び付き掘り始めます。
ゼークリンガーさんとわたしは、それぞれ “洞観” と “探霊” の魔法を唱え、砂中のヨシュア=ベンさんの姿と状態を確認していました。
「いた! 二メートルほど下に埋まっている! 畜生、深い!」
先に詠唱を終えたゼークリンガーさんが狼狽した直後、わたしの “探霊” の加護が聞き届けられました。
“洞観” のように砂の中までは透視できない代わりに、対象者の “生命兆候” を知ることができます。
ピー!
脳裏に浮かぶ “心電図” の波形が、フラットになります。
(コンディション、心肺停止! ―― 状態 “DEAD” !)







