猛砂に心を映して
“質量を伴う風” というものを、わたしは初めて経験しました。
風は圧力だけでなく、確かな質量――微細な砂塵が寄り集まった凶悪な打撃力を伴っていました。
「ぐううっ!!」
砂嵐に一歩足を踏み入れた救助隊は、まるで物理系の集団攻撃魔法を受けたように翻弄されました。
炎や氷属性の攻撃魔法はあっても、物理的な打撃力を有する魔法はありません。
しかしこの砂塵の暴力は、まさに存在しないそれでした。
同じ風属性でもカミソリよりも怜悧な “烈風” の加護とも違う、切り刻まれるのではなく、全身をバラバラにされるような “暴圧” 。
“恒楯” の加護がなければ、微細で鋭角な砂塵によって眼球など目蓋ごと針の嵐で突かれように、一瞬で失明してしまうでしょう。
わたしは咄嗟に “|聖女の戦棍《メイス オブ セイント》” を四方に振り、障壁の立方体を張り巡らせました!
“恒楯” は身体を覆う膜!
“神璧” は文字どおりの壁!
壁でなければ嵐は凌げません!
「時間は掛かりますが、こうして少しずつ前進していきましょう!」
ロープでAnzairenされたドッジさんら三人に、声を張り上げます!
障壁の外では、天地を鳴動させる砂の轟音!
そして内では、風が止んだことで滝のように降り注ぐ砂粒の雨!
触れあう距離でも声は届かず、視界もまったく効きません!
「まるで掘削だな! 地面の下を掘り進むみたいだ!」
「良い例えだ! 地下での生存に適応しているわたしたちに相応しい!」
盗賊 のイランさんが叫び返し、魔術師 のゼークリンガーさんが応じます!
「ヨシュア=ベンのおおよその方位は判っている! とにかくその方向に向かう! 聖女様! 位置の確認を!」
「はい!」
ドッジさんの指示を受けて、わたしは “示位の指輪” でパーティの位置を確認!
せめてヨシュア=ベンさんのいる方角を目指します!
そうして、そこからはその繰り返しです!
障壁を解いて砂の暴力に曝され、わずかに歩を進めると再び障壁を張って自位置を確かめる!
限りない忍耐の時間!
歩速はまったく上がらず、一時間で進めた距離は五〇〇メートルが精々です!
それでもこの砂の暴力の直中を、毎時半キロメートルも進んだことは賞賛に値するはずです!
「よいペースです! いや、奇跡的といっていい速さだ!」
「この戦棍があったればこそです! これがなければ一歩も進めなかったでしょう! 過去から送ってくれた親友のお陰です!」
「聖女様の友人に賞賛あれ!」
「その品はいずれ、“聖女ライスライトの戦棍” と呼ばれる神器になるでしょう!」
猛砂の中のキャンプで、ドッジさん、わたし、イランさん、ゼークリンガーさんが叫び合います!
障壁を張った数は一〇〇を超え、疲労も色濃かったですが意気は軒高でした!
「待ってろ、ヨシュア=ベン! 絶対に助けてやるからな!」
イランさんが濛々とした砂塵に隔たれた親友に向かって叫びます!
仲間は決して見捨てない!
それは地下であれ地上であれ、探索者であれ自警団であれ、極限状態で信頼を――人間性を保つ唯一といっていい不文律!
(だから、わたしはゆく! たとえ友人たちと道を違えても!)
迷宮に魅入られたわたしが、あの人と歩むわたしが、人間であり続けるために!
「進むぞ!」
ドッジさんの進発指示と同時に障壁が解除され、わたしたちは猛然たる砂中に足を踏み出します!
視界はまったく利かず、砂の暴風に煽られ、瞬く間に方向感覚が奪われます!
すぐに障壁を張り直し、“示位の指輪” で位置を再確認!
まさに “地中を掘り進む” が如き作業です!
何重ものボロ布で覆っているため呼吸は苦しく、喘ぎ喘ぎ進みます!
(大丈夫、大丈夫です! “奇跡のアンク” の回復効果で、充分に進めます!)
新たに手に入れた異教の護符のお陰で、体力は持続します!
“探霊” で探知した、ヨシュア=ベンさんの大まかな方位に向かって、吹き荒ぶ砂と格闘するわたしたち!
ヨシュア=ベンさんの身体は、すでに埋没していることでしょう!
雪崩に埋まった際、両手で口元を覆って呼吸を確保する “エアポケット” と同様の延命効果が、“恒楯” の膜によってもたらせれているはずです!
(でも雪と砂では密度も重さも、含まれている空気量も違うはず! 楽観などできるはずもなく!)
救助隊は進みます! 魔王の悪意に満ちた猛砂の中を!
(わたしは見捨てない! わたしは地下迷宮に生を見い出す迷宮無頼漢! 人間性を失えば、それは迷宮を徘徊する魔物に堕すということ! それは望まない!)
向こう側の人には許される “カルネアデスの舟板” は、わたしたちには許されないのです!
だからわたしは、隼人くんたちと同じ方向を目指すことはできても、同じ道を歩むことはできない! できないのです!
「“探霊” を嘆願します!」
戦棍の障壁で砂嵐を遮ると、わたしは声を張り上げました!
わたしが嘆願できる “探霊” ――第五位階の加護は六回!
出発直後にすでに嘆願していますが、そろそろヨシュア=ベンさんの位置と状況を再確認する必要がありました!
「お願いします!」
わたしはすぐさま女神に祈りを捧げ、ヨシュア=ベンさんの魂魄を探りました!
そして――!
「ヨシュアは、ヨシュアは無事ですか!?」
噛みつくように訊ねるイランさんに、
「危険な状況です! 生命力が低下して、限りなく “死亡” に近い状態です!」
同様の表情で答えたのです!







