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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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探索者機動迎撃戦・分散★

「探索者機動迎撃戦です」


 言い切ったわたしの周囲で、住人たちに狼狽する気配が拡がっていきました。

 群集心理の怖いところです。

 幼いホビットの少女ひとりが振り払える緊張を、大の大人が複数人集まると動揺に呑まれてしまう。

 不安と恐怖は疫病のように感染し、増殖していくのです。


「恐れは自然な感情です。でも呑まれてはなりません。侵入した魔物はわたしたちが駆逐しますから、あなた方はあなた方の大切な人を守ってください」


 その言葉に、救護所に詰めかけていた傷つき、病み、疲れ切った人々の貌に抗いの色が浮かびました。

 誰にも、守りたいと願う人がいるのです。

 こんな時代でも。

 こんな時代だからこそ。


「行きましょう」


「おう!」


 わたしは力強くうなづいた早乙女くんと共に救護所を飛び出ました。

 快活で朗らか。

 いがぐり頭の大柄な仏寺の跡取り息子で、機械仕掛けの乙女に恋をするパーティのムードメイカー。

 今は頼もしい限りです。


「集合場所に」


「合点承知だぜ!」


 こういった状況を想定して、パーティは集合場所を決めてあります。

 まずはその座標に集まり、あとは――。


「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応だな!」


「ええ、それこそが探索者機動迎撃戦です!」


 打ち鳴らされる鐘の音が、拠点の内奥からも聞こえます。


(深部にまで侵入されている? “女神(ニルダニス)の杖” の加護が弱まっている?) 


 わたしは動揺を表情に出さないように走りました。

 この一〇〇年の間、人々を守ってきた神器の力が、いよいよ衰えてきたのです。


(もうすべてにわたって時間がありません! 急がなければ――!)


 唇を噛んだとき、視界の先、回廊の宙空に黄銅に鈍く光る異形が現れました。


挿絵(By みてみん)


「エネミー、遭遇(エンカウント) ! “黄銅色の悪魔(カルキドリ)” !」


 早乙女くんが叫び、新たな得物である錫杖を構えます。

 頭鈴が澄んだ音を奏で、パーティと合流する前に戦いの火蓋が落とされました。


「こいつは “焔爆(フレイム・ボム)” を使う! 絶対に奥には入れられねえ!」


「ええ、ですからまずは!」


 メゾとバリトン。

 わたしと早乙女くんの “静寂(サイレンス)” の加護を嘆願する祈祷が重なります。


◆◇◆


「“宵闇(トワイライト)” ! ――今よ!」


 ズドン!


 恋の呪文が回廊の上空を飛び回る “雨樋石像(ガーゴイル)” の視界を遮った直後、放たれた “短矢(クォレル)” が眉間のど真ん中を射貫いた。

 忍の新しい武器(アーム)大型弩級(ヘビィクロスボウ)” は、期待に違わない威力を発揮し、下等魔族の頭部を一撃で粉砕した。


挿絵(By みてみん)


「次矢装填!」


 忍が叫び、弦を引くための滑車を取り付け、出しうる最大の速さで回す。

 器用さと敏捷さ。盗賊(シーフ) の持つ長所を振り絞って最大効率で次矢を継げる恋人を、恋が背に庇う。

 

「来るならきなさい! 全部まとめて焼鳥にしてあげるから!」


「自分の職業(クラス) を忘れるなよ!」


「いいから、慌てず、急いで、正確に!」


 ()()()()()()()()しまった恋人に、忍の脳裏に複雑な想いがよぎった。

 しかしそれは反瞬にも満たない時間で、弦を引く滑車は勢いよく回り続け、矢次は継がえられた。


「12o'clock、“雨樋石像” 急降下!」


「遅い!」


 視界を奪われた “雨樋石像” がふたりの声だけを頼りに急降下してくるのを見て、恋が叫び、 忍が撃つ。

 次矢もまた命中し、低級魔族の胸板を貫いた。

 飛翔能力を持つ魔物は、前衛職の苦手とする相手だ。

 特に短剣(ショートソード) しか扱えない盗賊にとっては嫌な相手である。

 それが魔術師(メイジ) の援護があったとはいえ、こうも簡単に撃退できるとは。

 

「射程距離は正義(ジャスティス)だな。こいつは使える」


「うんうん。でもやっぱりわたしたちふたりの息が合ってたからだよね」


「そういうの……他の連中の前で言うなよ。ふたりだけの時はいいけど」


「えー、みんなの前で言ってこそじゃない」


「……合流するぞ」


 重い石弓を背負うと、忍は不満顔の恋を守って先に立った。

 息が合ってようが、付き合っていようが、盗賊と魔術師だけでは危険であることに変わりはない。

 恋が逞しくなったように、守るべきものができた忍もまた、沈着さに磨きをかけていた。 


◆◇◆


(――俺はいったい、なんのために戦っているんだ?)


 侵入してきた魔族と対峙しながら、隼人は冷めた自問に囚われていた。

 新たな魔剣は刀身から(タン)のような炎を上げながらも、持ち主である隼人には一切の熱を感じさせない。

 炎をまとう切っ先の先には、三体の “雨樋石像” 。

 背には怯え竦む、住人たち。


「ゆ、勇者さま」


 すがりつくような視線が背に注がれるが、手にする魔剣と同様に、隼人の心に熱をもたらすことはない。


(故郷を遠く離れた異世界の、それもさらに一〇〇年後の滅びかけた未来。顔見知りでもない人間たちのために命を懸けている)

 

 初めてこの世界にきたとき、隼人には燃えるような決意があった。

 幼馴染みの少女を探し出すために、女神の神託を授かるべく試練の迷宮に挑む。

 命を懸けて戦う目的は明確であり、揺るぎなかった。

 だがその試練を潜り抜ける前に、少女との再会は果たされた。

 試練の半ばで隼人の目的は達せられた――いや、失われた。

 少女との再会は、喪失でしかなかった。


 リーンガミルで偶然の再会を果たしたとき、少女は幼馴染みの枝葉瑞穂ではなく、古強者の迷宮探索者にして女神の聖女たるエバ・ライスライトだった。

 “龍の文鎮(岩山の迷宮)” の真龍の使命(ドラゴンクエスト)を達成し、世界(アカシニア)を救った英雄になっていた。

 隼人が守るべき “危なっかしい不思議ちゃん” の面影はどこにもなかった。

 そして……少女には愛する男がいた。


 回廊の天井近くに羽ばたく “雨樋石像” が三匹同時に、隼人目掛けて急降下した。

 機械的な動作で魔剣を振る隼人。

 “炎の剣(フレイムソード)” が封じられた “焔爆(フレイム・ボム)” の呪文を解放して、三匹の中心で炸裂する。

 爆炎が視界を覆った。

 その炎の壁を突き破って、耐呪(レジスト)に成功した一匹が隼人に突き進む。

 期せずして、隼人自身が煙幕を張った格好になった。

 隼人の反応が遅れた。

 鋭い爪が無防備な喉に伸びる。


 トン!


 と、誰かが隼人の肩を()()()()()()跳躍した。

 目にも止まらぬ居合いの斬撃が、空中で下等な魔族の頭を斬り飛ばす。


「――気を抜いてるんじゃないわよ!」


 着地した女剣士が振り返り、田宮佐那子の鋭い叱咤が飛んだ。



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― 新着の感想 ―
1組目は安定してますね。 2組目は面白いです。 3組目が大問題ですね。 まあだけど、この組み合わせで良かったと思います。
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