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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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仮面は横にひび割れて

れは……確かに危険です。


「ほれ薬だって? なんでそんなもんが迷宮にあるんだよ?」


 反応に困り、なんともいえない沈黙を破ってくれるのは、いつも彼です。

 まことに早乙女くんという人は、この役割を果たしてくれるだけでも、パーティに不可欠の得がたい人材と言わざるを得ません。


魅了(チャーム)水薬(ポーション)と考えれば、迷宮での有用性は明らかでしょう。つまるところ、敵対的な存在(エネミー)友好的(フレンドリー)に変えられるのですから」


 ため息混じりに答えたわたしに、早乙女くんは『な、なるほど』と一応は納得? した様子でした。


「それが生憎と()()()()()の魔物には効果が無くてね。効き目があるのは “出方” をうかがっている中立の人外(NPC)がせいぜいなところさね」


 申し訳なげな、ラーラさんの声。


「それでも充分に有用でしょう。とかくこの迷宮には “ユニークな住人” が多いですから」


「違いない」


「それじゃ、これはわたしが持つわね」


 苦笑したラーラさんに被せるように、安西さんが小瓶にサッと手を伸ばしました。

 まるで盗賊(シーフ)盗む(スナッチ)のような早業に、あっけに取られる他の面々。


「お、おまえが持つのか?」


「なによ、あなたが持ちたいわけ? 嫌らしい、誰に使う気?」


 いつものノリで思わずツッコンでしまった早乙女くんに、薬の瓶を胸に抱え込んでナイフの切っ先のような視線を向ける安西さん。


「俺は別にそんなつもりで言ったんじゃねえ! だいたいなんで安西なんだよ、魔道具(マジックアイテム)を持つのは枝葉の役目だろうが!」


「わたし以外に誰が持つっていうの? わたしはカレシ持ちよ、カレシ持ち。こんな危ない物、他の人に持たせるわけにはいかないわ」


(そうか。その手があったんだ)


 わたしは胸奥でパチンと指を鳴らして悔しがりつつ、安西さんの正論とも暴論とも判断しかねる言葉に眉根を寄せました。


使()()()()()()()という点では、安西さんが一番、その、なんというか……危険ではないでしょか)


 わたしはチラリと、五代くんを見ました。

 安西さん以外の全員が、五代くんを見ていました。


「……」


 五代くんは無表情で困惑しています。


「さあ、これで戦利品の分配は終わったわね。後は充分に休息を摂って、次の探索に備えましょう」


 安西さんが朗らかに宣言し、それ以外は釈然としない気持ちを無理やり納得させて三々五々散会しました。


◆◇◆


 ズグンッ!


 わたしたちにあてがわれているのは、迷宮第一層に築かれた “兄弟愛(ララ)の自警団” の拠点の中でも、ラーラさんの執務室に近い一×一区画(ブロック)の玄室です。

 部屋に戻る途中の回廊には、拠点内にいくつかある玄室に収容しきれずに溢れ出た人々が寝起きしています。

 みすぼらしい襤褸をまとった住人が、わたしに気がつくと拝跪してきます。

 微笑を浮かべてうなずき、時に声を掛けて励まします。


(駄目……まだ駄目。“聖女” の仮面(ペルソナ)を崩しては……)


 執務室を出た直後に突然訪れた身体の不調に、仮面の下で抗います。

 悪寒……酷い悪寒。

 仮にも回復役(ヒーラー)です。

 自分が突発的な発熱……それも高熱に襲われたことは理解しています。

 でも、人々に悟られるわけにはいきません。

 昏倒するなんてもってのほか。

 “道化師(フラック)” の言ったことをすべて受け入れるわけではありませんが、この拠点に限っていえば、わたしは “聖女” ―― “女神(ニルダニス)現人神(アバター)” なのです。

 

「……瑞穂、どうした?」


 わたしの変調に気づいた隼人くんが、さりげなく隣りに来て小声で訊ねました。


「……黙って……そのまま何もない風に部屋までいってください」


「……具合(ステータス)が悪いのか?」

  

「……少しく」


 隼人くんは黙ってうなずき、いつでもわたしを支えられる気配を見せました。


(……あと少し……もう少し……)


 視界がぼやけ、足取りが覚束なくなってきました。

 進めているはずの歩が……爪先が前に出ているのかわかりません。


(……大丈夫……大丈夫……辿り着ける……部屋までなら辿り着ける……)


 その時、歪む視界の端でなにかが動きました。


「聖女様、お手々怪我しちゃったの」


 小さな女の子が……小さな汚れた人形を抱えるのと反対の手を、差し出しました。

 隼人くんが緊張し、自分が進み出る前にわたしは女の子の前に跪きました。


「まあ、それは大変ですね。すぐに女神さまに癒やしてもらいましょう――慈母なる女神 “ニルダニス” よ」


 渾身の集中力を振り絞って嘆願した “小癒(ライト・キュア)” の輝きが女の子の右手を包み込み、擦り傷が見る間に消えていきます。


「おお、なんともったいない! ありがとうございます!」


 女の子の母親と周囲の人々が、回廊の床に額を擦りつけるように拝跪します。


「聖女様、ありがとう!」


「いいのですよ。ニルダニスさまはいつでもあなたを、あなた方を見守っています。心健やかに日々を生きてください」


 わたしは聖女の仮面を被ったまま、人々が生きる回廊を進みます。

 ひび割れた仮面を被って。

 ひび割れた仮面を取り繕って。

 意識のブレーカーが落ちたのは、自室に入って背後の扉が閉まった直後でした。



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