炎と永遠 風のファンタジア★
だからわたしがそう呟いたのは、決して天啓があったわけでも、閃きが走ったわけでもありません……。
ふとぶとしい炎熱の精霊王の態度に、無意識に口を衝いて出ただけでした……。
「……出てこい……シャザーン……」
“ハイハイサー!”
消え入るような声に応えて一陣の風が巻き起こったかと思えば、旋風と共に現れた『雲衝く如き』半裸の大巨人が、“炎の魔神” の前に立ちはだかったのです。
(…………ダイジン……陛下…………?)
(……)
「――ええっ!?」
一拍の自失のあと、驚愕のあまり跳ね起きました。
途端に打撲と火傷の苦痛を思い出し、身体がくの字に折れ曲がります。
「痛つっ!」
“パパラパーッ!”
そんなわたしに、大王様が高らかに一声。
柔らかな風が湧き起り、わたしとわたしの仲間たちを優しく包み込みます。
癒やしの効果を孕んだ風に、赤く水ぶくれしていた皮膚が見る間に滑らかになり、打ち身の痛みは嘘のように消え去りました。
「あ、ありがとうございます」
呆然とお礼を述べるわたしに、陛下のチャーミングなウィンク。
「え、ええと……もしかして御助勢くだされるのですか? わたしたちに……?」
“ハイハイサー!”
「そ、それはなんというか、大変ありがたくも畏れ多いことです……」
“炎の魔神” に窮地に追い込まれていたら、“風の大王” が助っ人にきてくれました。
いえ、確かに無茶な展開ですが、ギリギリご都合主義ではありません。
怪僧 “ロード・ハインマイン” の支配からお救いしたことで、確かにフラグらしいフラグは立っていました。
でも、しかし、まさか、こんな……ねえ。
回復したにも関わらず、他のみんなも言葉を失っています。
「ロードス島戦記の2巻だな! イフリートにはジンってわけか、ディード!」
……ひとり、早乙女くんだけが大はしゃぎしていました。
轟々々々!
水晶回廊を二分する熱波と突風が、秒毎にせめぎ合いの圧力を高めていきます。
「離れろ!」
危険を察した隼人くんが叫ぶや否や、パーティは脱兎のごとく走り出しました。
直後に、今度こそ激突する炎と風。
精霊王と精霊王の意地と意地がぶつかり合います。
「ひえええっ!!」
今の今まで歓声をあげていた早乙女くんが、悲鳴をあげて遁走します。
紅蓮の大炎に巻かれれば、矮小な人間など一瞬で消し炭です。
吹き荒ぶ烈風に呑まれれば、血霧となって一片の肉片すら残りません。
「オーブンとミキサーの中にいるみたい!」
回廊の端まで走りに走って水晶の壁に張り付くと、安西さんが畏れ戦きます。
「い、今のうちにずらかろう!」
「駄目よ! “風の大王” の不興を買いたいの!?」
田宮さんが逃走を主張する早乙女くんを叱責します。
「田宮さんの言うとおりでしょう。ダイジン陛下はわたしたちを救うために顕現化されたのです。礼を失するわけにはいきません。わたしたちは人間の身でありながら、精霊の王と王との戦いを目撃する栄誉を与えられたのです」
本心を言うならば、誰もが早乙女くんに賛成でした。
誰もが一目散にこの場から逃げ出したいと思っていました。
ですが、もしダイジン陛下が人間であらせられたなら、そんな真似は出来るはずもありません。
助けに入ってくれた陛下と共に、肩を並べて戦っていたでしょう。
いえ、戦わなければならないのです。
それができない以上はせめて戦いの結着を見届けるのが、わたしたちに義務であり責務でした。
たとえ陛下の本心が、大嫌いな炎の精霊の邪魔をすることにあったにしても。
炎と風、ふたつの元素の頂点に立つ “炎の魔神” と “風の大王”
魔王に匹敵する大精霊同士の戦いは、火山の噴火と台風の激突のような天変地異の現出でした。
「水晶の迷宮が……燃えている」
水晶の壁が融解し、溶岩となって流れ出ていました。
溶け出した水晶が白熱に輝き、さらには周囲の水晶に乱反射までして、顔前に盾をかざしてキツく目蓋を閉じていなければ視力を失っていたでしょう。
「最後まで見守るっていっても限度があるぞ! こっちが燃えちまう!」
嗚呼、まったくあなたはこのパーティの良心です。
まったくもってそのとおりです、早乙女くん。
でも、ですが――。
「安西、せめて “氷嵐” で温度を下げてくれ! 氷壁を築いてくれ!」
「そんなことできるわけないでしょ! 水蒸気爆発で吹き飛びたいの!?」
安西さんのド正論に、ぐうの音も出ない早乙女くん。
わたしは咄嗟に “聖女の戦棍” で気休めの障壁を張ると、そんなパーティの良心に微笑みました。
「早乙女くん、今こそ “ザ・ガマン” です!」
「そんな古いお下劣番組、なんで聖女様が知ってんだよ!」
「お父さんが好きでビデオに録画してたのです!」
「前から思ってたけど、おまえんちって変な父娘!」
軽口の応酬の先で、ぶつかり合う炎と風の暴風。
ひび割れ、崩れ、溶解し、蒸発する、クリスタル・ラビリンス。
水晶を溶かす紫は、超高温の炎色。
硝子板のように “神璧” を砕くのは、海を割り大地を引き裂く最強の風。
戦いの帰趨は、まるで判りません。
勝利の天秤がどちらに傾いているのか、確認することすらできません。
できるのは、ダイジン陛下のご武運を女神に祈ることだけです。
(慈母たる女神 “ニルダニス” よ、どうか “風の大王” さまに勝利を! 強大な稚気を持つ気まぐれな魔神に祝福を! そうでなければ、そうでなければ――わたしたちは灰すら残りません!)
紫色の炎の前には消し炭どころか灰すら残りません。
すなわち、即消失です。
永久品である “聖女のメイス” を振り続けてパーティを守りながら、迷宮の一画に現出した、炎と風の頂上決戦の結着がつくのを待ちます。耐えます。
天地を鳴動させる精霊王同士の戦いは、長大でした。
いえ、本当は一瞬の出来事だったのですが、わたしたちには永遠にも感じる時間でした。
勝利したのは、最強のエレメントの最強の王でした。
敗北を悟り消滅を怖れた “炎の魔神” が自分の属界へと帰還すると、周囲の温度がようやく下がりました。
掲げていた盾を下ろして恐る恐る目を開けると、勝者である “風の大王” の巨大な背中が浮かんでいます。
その背中が鷹揚に振り返り、
『見てた? 見てた? 今の見てた? 今のマジ凄くね?』
……みたいな期待に充ちた顔でわたしたちを見下ろしました。
「お、おさすがでございます、ダイジン陛下。このエバ・ライスライト、これほどの武勇、今だかつて見聞したことがありません。陛下の前ではかの “魔太公” すら頭を垂れ、膝を屈すること相違ござりません」
……とかなんとか、やっとそれだけ言上しました。
陛下は大いに気をよくしたご様子で、最後に『パパラパー!』と高らかに鬨の声を上げると、颯爽とご自身の精霊界に帰っていきました。
ドサッ……! とその場にくずおれるわたしたち。
「い、今まで何度となく死ぬかと思ったけどよ、今回のは極めつけだったぜ……」
「アトラクションの最後の最後、本当に劇的なイベントでした……」
わたしは気力が欠片も残ってない声で、早乙女くんに答えました。
ええ、そうです。
これでこの “メンフレディのテーマパーク” は、すべて巡り終わりました。
「ラーラさんの拠点に戻りましょう。体力と魔力を回復させて装備を補充しなければなりません」
視線をあげると、依然白熱する水晶の溶岩を覆って、一度だけ下りた氷の階層が浮かび上がります。
「六層に下りて、“邪眼” からステッチちゃんを救い出すのです」







