真実と悪意★
「ああーーーーっ! あんたたち女子トイレの前でなにしてるのよ! このエッチ、スケッチ、ワンタッチ!」
豪奢な淑女用レストルームを出た直後に耳に飛び込んできたのは、探し求めていた怪盗少女♥が待ちぼうけしていた男子たちにぶつけた、時代錯誤な非難の声でした。
「ちょ、ちょっと待てって! 俺たちはお花を摘みに行った女子を待ってるだけだ! 変な言い掛かりつけてんじゃねえ!」
別段、お花を摘みに行ったわけではないそのわたしたちが何かを言うよりも早く、例によって早乙女くんがうろたえた声で反駁していました。
「それならもっと離れた場所で待ってなさいよ! 女の子が恥ずかしいじゃないの! 気が利かないわね! 下心があるからだわ! 恥ずかしがってる女の子を見て内心でニヤニヤしてるんでしょ! ううん、知らないけど絶対そう! この変質者!」
そんな早乙女くんの必死の抗弁を、マシンガンの如き舌鋒で木っ端微塵に粉砕する怪盗少女♥ステッチちゃん。
絶望的な戦力差に、見るに堪えず、聞くに堪えません……。
「へ、変質者だと~~~~~っっっ! 違うわ、このマセガキ!」
「……問題はそこじゃねーだろ」
「そ、そうだ、問題はそこじゃない!」
五代くんの心底ウンザリしたツッコミを助け船だと思ったのか。
土俵際でどうにか踏み止まる早乙女くん。
「ステッチ。君に悪意がないのは解っているつもりだ。だが俺たちにも目的がある。これ以上邪魔をするなら、こっちも手荒な真似をしなければならない」
早乙女くんに任せていては埒があかない……と判断したのでしょうか。隼人くんが厳しい口調で、指鉄砲を撃ちまくるステッチちゃんに宣告しました。
「わかった風なことをーっ! この怪盗少女♥ステッチちゃんは怪盗よ! つまりは盗賊! つまりは悪意の塊! 当然、属性は “ 悪” ! その言葉、怪盗少女に対する侮辱と受け止めたわ!」
ステッチちゃんはそういって、さらに闘志を燃やしてしまいました。
確かにこれでは埒があきません。
わたしは重い吐息を漏らして、前に進み出ました。
「出たわね、エバ・ライスライト! 我が宿命のライバル!」
「ええ、出ました。そして宿命のライバル認定ありがとうございます」
気が重いのは、この子のノリのせいではありません。
ダラダラと続くこの状況を打破するため、無邪気な彼女に告げなければならない現実が、辛い真実だったからです。
「ステッチちゃん……あなたは、いつからこの迷宮にいるのですか?」
「はぁ? なによ、いきなり。そんなのだいぶ前からよ」
「だいぶって何日ですか? それとも何週間? 何ヶ月? それとも――」
わたしは慎重に、それでも彼女を追い詰める目的を持って、言葉を紡ぎました。
「だからそんなの覚えてないわよ! わたしはもうずっと前からここで、この迷宮のこの階層で、怪盗少女をやってるんだから!」
わたしの質問の意味がわからず、イライラを募らせるステッチちゃん。
ですが意味がわからないのは彼女だけで、わたしだけでなく他のパーティの仲間も質問の意味を理解していました。
隼人くんも、五代くんも、早乙女くんも。
田宮さんも、安西さんも、みな理解していました。
「な、なによ、揃いも揃って気持ち悪いわね! いったい何が言いたいわけ!?」
「ステッチちゃん……もしかしてあなたは自分でも思い出せないくらいの長い時間、この迷宮にいるのではないですか?」
「だから、はぁ? 言ってる意味がマジわかんないですけど? 思い出せないくらい長い時間ってなによ?」
「あなた、今日の食事に何を食べましたか?」
「今日のご飯? そんなの――」
ごく簡単なわたしの質問に、反射的に答えかけて詰まってしまうステッチちゃん。
「どうしました? 食事は摂ったのでしょう?」
「い、今はダイエット中なの! 盗賊は身軽さが信条なんだから当然でしょ!」
「ではいつ眠りましたか? どんな大怪盗でも睡眠を摂らなければ、やがては狂気に冒されてしまいますよ」
「睡眠……眠り……」
必死に思い出そうとしているのでしょう……。
悲痛な表情で呟き返す、ステッチちゃん。
本当に……見るに堪えません。
「あれ……? あれ……? わたし、この前いつ寝たんだろ……? いつもは、いつ寝てるんだろ……? どこで寝てるんだろ……? あれ……? あれ……?」
思い出そうとするも思い出せず、ステッチちゃんは今にも泣き出しそうです。
「わたし……どうして思い出せないの……? なんで……?」
「それは…………あなたが……」
わたしの口から苦く辛い真実が語られ掛けた、まさにその瞬間――。
“――それはおまえが、疾うの昔に死んでおるからよ”
圧倒的な邪気が周囲を圧し、全員が即座に抜剣、身構えました。
ビリビリと回廊の空気が震え、チリチリとうなじの毛が逆立ちます。
経験則から理解しています。
死力を尽くして戦わなければ生き延びられない、とてつもなく危険な存在が現れたことを。
「悪意に満ちた物言いを……真実には相応の伝え方があるというのに! 何者です、姿を見せなさい!」
わたしは唇を噛み、未だ見えざる存在に叫びました。
“よかろう。我が姿、とくとその目に焼き付けるがよい!”
限界にまで膨らんだ邪な気配が爆ぜ、それが姿を現しました。
ボロボロの黒色の法衣に身を包んだ、黒い影。
圧殺されるような負の波動と、鼻がねじもがれるほどの腐敗臭が、語らずともその正体を告げています。
「“不死王” ……!」
“真祖” が自然発生した不死属の王ならば、“不死王” は強大な魔術師が自らの意思と能力で不死属に転生した狂気の産物。
その名前は計り知れない恐怖と共に伝え聞いてはいましたが、ついに災いとなって立ち塞がったのです。
“我こそは、“邪眼” ! この迷宮の支配者なり!”







