結着
“おのれっ! よくも、この “死の道化師” に恥をかかせてくれたな! 万倍にして返してくれようぞ!”
漆黒に塗り変った床を転げ回り、どうにか道化服の炎を消し止めた “道化師” が、般若の形相で呪詛を漏らします。
「ハッタリはおやめなさい。身体の質量がすべて光から熱エネルギーに変換されて、水晶の壁を融解させました。今のあなたにはもう生体エネルギーは残っていません」
“むむむむっ!”
虚勢を見破られた “道化師” が憤怒に面を歪ませて、わたしを睨みます。
“この “道化師” を手玉に取るとは! 恐るべし、女神の現人神! 恐るべし、聖女ライスライト!”
「まだ続けますか?」
“よいでしょう、今回は負けを認めて大人しく引き下がりましょう。わたしとしても完全に生体活動を停止されては、復活まで時間が掛かります!”
そうして “道化師” の表情から憎悪が消え、元の能面のような顔に戻りました。
“ですが慈悲をかけられたとあっては、このわたしの誇りが許しません――なので、勝者であるあなたに、今ひとつだけ真実をお伝えしましょう”
「今ひとつの真実?」
“然り――聖女エバ・ライスライト様、あなたを件の “心の迷宮” に誘い、すべての発端を作り出したのは “紫衣の魔女” に非ず。“悪魔王” なり”
「どういう……ことです?」
“将来的に脅威となる “聖女” と “運命の騎士” を排除すべく、“悪魔王” はあの下品な “夢魔と “淫魔” を送り込んだのです。探索者とし力を付ける前に葬るつもりで。
あなたは――あなた方は、もうずっと以前から “見えざる脅威” として “悪魔王” に目を付けられていたのです。
しかし皮肉なことに “悪魔王” のその謀が、あなた方に “出会いという名の再会” をもたらしてしまった。
悪魔の浅知恵。因果の皮肉。運命の強靱さ――いや、この場合は運命の悪戯と申し上げた方がよろしいでしょうか。なぜなら “悪魔王” の介入がなければ、あなた方は出会うことはなかったのですから”
「どういうことだ!?」
怒号したのは、わたしではなく隼人くんでした。
“言葉のとおりでございますよ。本来であれば、聖女様と運命の騎士は出会うことはなかったのです。あなた方の “世界” にあっては、おふたりはそれぞれ別の相手と出会い結ばれる運命だったのです”
「その運命の騎士の相手が片桐さん……」
田宮さんが呟き、直後に失言に気づいて、ハッとわたしを見ました。
“然り、然り! しかし “悪魔王” の介入が運命をねじ曲げてしまった。出会うことのないふたりが出会い、新たな伝説として彼の魔神の前に立ち塞がることになった――いえ、これからなるのです”
「歪曲するな。俺たちが “アカシニア” に来たのは “悪魔王” の意図なんかじゃない。俺たちが今この世界にいるのは “転移” という自然現象に巻き込まれたからだ」
「そ、そうだ! 他世界からの “転移” は人為的には起こせないってマグダラ女王が言ってたぜ!」
糾弾する隼人くんを、早乙女くんが強く支持しました。
“確かに。仰るとおり並行世界からの “転移” は人の身には余る行為です――しかし、あくまで人為的にはです。人よりもはるか高次元の存在には、水差しの水をコップに注ぐよりも簡単な作業でもあります。神意的には児戯に等しい”
「神意的にはだと? “悪魔王” が神だとでもいうのか?」
“真であり偽。“悪魔王” の力が神に匹敵するのは確かですが、あなた方をこの世界に召喚したのは彼の魔神に非ず。あなた方をこのアカシニアに導いたのは――」
「慈母たる女神 “ニルダニス”」
“然り! 然り! さすがは女神の愛娘たる聖女様だ!”
静かに、ですが確信をもって答えたわたしを、“道化師” が激賞します。
「ニルダニスがわたしたちをアカシニアに転移させたっていうの!?」
“然り。あなたの言うとおりです、聡明なる魔術師様。魔神 “悪魔王” の復活の胎動を見て取った女神は災禍の再来を阻止すべく、三〇〇〇年の昔に当の魔神を封じた伝説英雄たちを招聘した。すなわち聖典に記されし “運命の騎士ダンパー・ダンパー” と “銀髪の聖女メリア” ――ふたりの魂を受け継ぎし者を!”
「……それが、瑞穂とグレイ・アッシュロード……」
“然り! だがふたりは “量子の不確定性” 故に離れ離れの時代に転移してしまった。
“悪魔王” はおふたりが邂逅を果たす前に、まずは聖女様を自身の “心の迷宮” で始末しようとした。ですがさすがは聖女様。守護者である“運命の騎士” を自ら召喚し、見事に窮地を脱して見せた。
“悪魔王” は策に溺れて、騎士と聖女を今世でも結びつけてしまったというわけです”
「じゃ、わたしたちはどうして召喚されたの!?」
“あなた方もまた導かれしもの。与えられた能力値と聖寵を見ても、それは明らか。騎士と聖女と共に “災禍の中心” に挑み、その再来を防ぐことを期待されて”
詰るように問い質す田宮さんに、“道化師” が気の毒そうな声色で答えます。
彼女たちにすれば、これは “巻き込まれ事故” だとでも言いたいのでしょう。
語られた真実の重さに誰もが言葉を失い、分厚い沈黙が垂れ込めます。
「それが “真相” ですか」
“然りでございます。わたくしはあらゆる理から外れた存在にして、あらゆる利害の外側に立つもの。故にすべての事象を見透す眼を持つのです。聖女エバ様、これらはわたくしを打ち負かしたあなた様への最大限の敬意としてお話しました。なにとぞ、お心の端におとどめくださいませ”
“道化師” が左胸に手を当て、恭しく頭を垂れました。
そこには、これまでのような茶化した気配はありません。
「ならばこれを以て、今回はわたしたちの勝利とします。敬意を持って去りなさい、特異にして唯一の存在よ」
厳かに告げると、
“御意”
“道化師” の姿が敬礼をしたまま薄らいでいきました。
(……進むは、闇。
待ち受けるは、死。
立ち向かうは、絶望。
そして目指すは、一筋の光)
わたしは胸の内で呟き、沈黙する仲間たちを振り返りました。
「あり得たかもしれない可能性を思い煩うのは、愚者の選択です。進むべき道程は、常に前にしかないのですから」
“道化師” が語った真実。
エバの “心の迷宮” を、アッシュロードの視点でたどるサイドストーリー。
心の旅 Another
https://kakuyomu.jp/works/16818023211952492695







