3……2……1……0(?)★
「うげぇ、気持ち悪いの、いっぱい出た!」
立ち塞がった七つの影に、パーシャが顔面を歪めて呻いた。
人の形をした、人ならざる色合の七体。
毒々しいまでに病的に黄色い肌に、狂気を宿した瞳。
牙狼のように開いた口から垂れ零れる、滝のような涎。
「“保菌者” よ! 気をつけて、ありとあらゆる病原を抱えてるわ!」
フェリリルが注意を喚起する。
“保菌者” は中級の不死属で、その名の通り人体に有害な病毒素を保持している。
特殊能力は麻痺だけだが、病原菌に塗れた爪牙は探索者にいとも簡単に浸潤し、奇襲を受ければ前衛が一瞬で戦闘不能になりかねない。
中級とはいえモンスターレベルは9に達し、探索者ならネームドの古強者であり、耐久力も高く一刀で屠れるのは希だ。
熟練者のパーティにとっては、手強いというよりも嫌らしい魔物だった。
「三段構えだ。解呪、剣と兜、最後に俺が斬り伏せる」
アッシュロードが即座に指示を飛ばし、フェリリルとノエル、ふたりの僧侶が、間髪を入れずに祈祷を始める。
同時にエレンが “退魔の聖剣” に秘められた風の力を、ジグが “伝説の兜” の氷の力を解放する。
武具に象嵌された大粒の金剛石が七色の色彩を放ち、七体の “保菌者” を凍らせ、切り刻む。
“烈風” と “氷嵐” 、重ねがけされた魔法の効果が消えたとき、ふたりの聖職者の鎮魂の祈りが終わり、六体の亡者が退散させられた。
残る一体に魔剣 “貪るもの” を抜いたアッシュロードが近づく。
身の内に “悪魔の石” を宿す迷宮保険屋には、麻痺どころかより上位の石化や、致命の一撃 すら通らない。
凍り付き切り刻まれた “保菌者” の頭頂から股下まで無造作に唐竹割りにすると、
アッシュロードは指揮するふたつのパーティを振り返った。
「よし、登るぞ」
眼前には上層に通じる縄梯子が垂れている。
これを登れば、ようやく因縁深い第三層を抜けることができる。
二層に登れば、一層への縄梯子に至る道程は短い。
にじり寄るように進んできたこの脱出行も、最終盤だ。
(問題は最後の関門だが……こればかりは辿り着いてみねえとわからねえ)
先陣を切って縄梯子を登りながら、アッシュロードは最後の最後に待ち構えているかもしれない展開を思い、憂鬱だった。
◆◇◆
この日、女王マグダラの姿は、王都の中心にある “街外れ” にあった。
派手さを抑えつつも、威厳と温かみという相反する印象を両立させた臙脂の王位を纏い、今は “林檎の迷宮” と名を変えた地下迷宮の入口を身じろぎもせずに見つめている。
その大迷宮は実弟アラニスの墓標であり、剣聖キリコを始めとする多くの友人や同志の落命の地でもあった。
マグダラの瞳は、憂いに満ちていた。
現在、彼女の最も頼りとする最精鋭の探索者たちが、悪意ある迷宮支配者よって、迷宮の内に閉じ込められていた。
強大な空間閉鎖によって “転移” の呪文はいうに及ばず、物理的に縄梯子を下りて進入することもできない。
救助隊を編制して派遣することも、なんであれば練達の迷宮探索者であるマグダラ自らが救助隊を率いて、助けに赴くこともできないのだ。
“オペレーション・トライデント” で迷宮に潜った三つのパーティのうち、二隊が地上を目指し、一隊が最下層に下りていることが、ほぼ一時間ごとに嘆願されている “探霊” の加護によって判明している。
最下層にある王配ソラタカ・ドーンロア公爵の一党の動向は不明だ。
一員である “重騎士” が命を落とし灰化しているのは判ったが、“永光” や “認知” すら消し去る迷宮最奥の濃い魔素によって念視が阻害され、それ以上の状況を見極めることができない。
残る二隊 “フレッドシップ7” と “緋色の矢” は健在で、地上を目指していた。
両パーティ共に犠牲者は確認されず、現在は合流を果たし協力しつつ第一層にまで到達していた。
だが空間が閉ざされている以上、ふたつのパーティが地上に戻ることはできない。
最後の縄梯子を登り切ったところで見えない悪意に阻まれ、地上の光を望むことが叶わない。
マグダラの指揮を受けて、世界で最高峰とされるリーンガミルの魔術師ギルドが総出でカウンターマジックに当たっていたが、成果は上がっていない。
“僭称者” を超越する能力を持つ “熾天使ガブリエル” も、“女神の杖” の影響下にある王都内では力を振るうことができない。
そのガブリエルはドワーフの少女に身をやつして、やはり憂いを帯びた瞳で迷宮の入口を見つめている。
微かな希望があるとすれば、それはこの状況を作り出している “僭称者” の戯れ、一流の諧謔にすがるしかなかった。
“僭称者” がこの状況を悪趣味な遊戯と考え、地上に辿り着くことを勝利の条件としているなら、あるいは二組のパーティは生還できるかもしれない。
すなわち、物理的に閉鎖されているのは外界からのみであり、迷宮内からの脱出は可能である、という厳冬の朝に凍り付いた野薔薇のように脆い期待だった。
「……アッシュロードたちが迷宮の基点に辿り着いたわ」
探索者たちが所持している “K.O.D.s” の気配を察知して、熾天使が告げた。
「……最後の関門です」
迷宮の入口を見据えたまま、マグダラが呟き返す。
縄梯子を登り切った先にあるのは、陽光という名の希望か。
それとも、悪意に満ちた天井か。
父を、母を、そして弟を奪った憎むべき存在 。
その戯れにすがらなければならないこの状況こそが、今回の事件の正体――。
仇敵が仕掛けた自分を動揺させるためだけの、ただそれだけが目的の悪趣味な一手ではないだろうか。
もしそうであるなら――。
(勝利するのはわたしです。あなたはわたしを屈辱に塗れさせ、葛藤に苛もうとしているのでしょうが、それこそがあなたの奢りなのです)
義侠心あふれる探索者たちと再び会うことができるのならば、屈辱も葛藤も些細な心のさざ波にしかならない。
掌で踊らされたうえでの、予定調和の勝利。
だが、それでも勝利は勝利だ。
迷宮の淵に義勇探索者たちが姿を現したとき、マグダラは心底から安堵した。
女王は、譲られた勝利を手にした。
これにて “トライデント編” 終了。
次回から、舞台は再び一〇〇年後の迷宮に。







