続3・3・6★
「ええい、こんな時に!」
無数に漂い増える “毛玉” を魔剣の腹で消し飛ばしながら、スカーレットは己の愚かさに赫怒していた。
一匹が消滅するごとに周囲の “毛玉” が怯えて、ポンポンと分裂していく。
緋色の髪の戦士の行為は、敵ともいえない障害を増やしているにすぎない。
今や仲間を呑み込んだ “破滅蛙” は “毛玉” の壁に遮られて、パーティの視界から消えている。
焦りだけが拮抗するように増していた。
「迂回!」
ヴァルレハが叱りつけるように叫んだ。
凜とした魔術師の声が、スカーレットを含むパーティに冷静さを取り戻させた。
水難は、もがくから溺れる。
焦らず、まずは力を抜かなければならない。
「一度、退くぞ! 迂回して後を追う!」
突破が叶わぬ以上、次善ではあったが最適解の判断でもあった。
だが代償は大きく、“緋色の矢” は仲間を呑み込んだ “破滅蛙” を完全に失探した。
スカーレットは焦慮に灼かれながら、パーティの先陣を切って駆けた。
回廊を大きく迂回し、“破滅蛙” が逃走したと思しき方向にひた走る。
それは “退魔の聖剣” を打ち倒した区域に向かって逆走する格好だったが、是非もなかった。
熟練者の探索者たちの足は速い。
迂回したとはいえ人ひとりを呑み込んでいる “破滅蛙” を再び視界に捉えるまで、それほど時を要さなかった。
“破滅蛙” の崩れかけた背中を認めたスカーレットは目を剥き、叫んだ。
「よせ、やめろぉぉぉぉぉおおおおっ!」
◆◇◆
のっそりと現れた “破滅蛙” に向かって、ジグは疾駆した。
腐敗ガスでも溜まっているのか、蛙の腹はボールのように膨らんでいる。
(たった一匹! 連中に臭い思いをさせるまでもねえ!)
不死属化した “大蛙”
最も恐ろしい吸精 は持たないが、第二位階までの魔術系の呪文と、即効性の毒息がある。
フェルやアッシュロードの解呪を待っていては、詠唱が必要な呪文はともかく、毒息を浴びる危険がある。
威力こそ劣るが “毒巨人” と同種の毒息だ。軽視などできない。
駆けながら抜き放った短剣 を、くるりと逆手に持ち替える。
狙うは不自然なまでに膨らんだ、腹。
深々と刃元まで突き刺し、掻っ捌く。
目標は大きく、鈍く、外しようがない。
問題は噴き出す腐汁を浴びずに、飛び退けるかどうか、だ。
“自分の敏捷度なら可能なはず――”
もとより伊達男を気取る盗賊 は、自身も臭い思いをするつもりはない。
突き刺す、掻き裂く、飛び退く。
瞬時に一連の動作で行なえば、腐汁を浴びる前に避退できる。
慢心ではなく、己の力量を冷静に鑑みて、ジグは正確に判断していた。
(戦闘というより、死体の解体作業だな、こりゃ)
損な役回りだが、汚れ仕事は盗賊の役目でもある。
速度が最高に達した瞬間に、一瞬で終わらせる。
“破滅蛙” は憐れみを覚えるほどに緩慢だった。
それもそのはずで、跳ねるための後ろ足が腐敗と酷使でグズグズになっていた。
低級の不死属は、痛覚がないが故に腐敗した体を破壊しながら動きまわる。
やがて腐敗しきって個体によっては “骸骨系” へと変化したりもするが、この蛙はまだそこまで溶けてはいない。
(“骸骨” にまで進化できりゃ、また別の呪いが働いて動けるようになるだろうが、今のままじゃデカすぎるだけの的だぜ)
ジグは勝利を確信した。
眼前に腐った蛙の巨大な腹が広がる。
同時に奇妙な違和感もまた広がった。
何かが変だ。何かがおかしい。
ジグが違和の正体に気づく前に、蛙の腹に人面が浮かび上がった。
「よせ、やめろぉぉぉぉぉおおおおっ!」
知った声が悲鳴を上げた。
刃は止まらず、突き刺さり、斬り裂いた。
◆◇◆
“戦い、傷つき、奪われ、喪失の痛みに打ちのめされる者。されど剣は折れず、盾は歪まず、鎧は輝きを失わず。使命を果たす、その時まで”
“曰く付きの小部屋” に踏み込んだドーンロア一党の頭上で、またも大音声が響き渡った。
謎かけの一部を成すであろう、散文詩。
玄室を守護する魔物はいない。
「これで、残るは “僭称者” の墓のみ」
女騎士が天井を見据えたまま、独語した。
最下層に点在する曰くつきの小部屋は都合、三室。
これで、その三つの玄室はすべて踏破した。
謎かけの散文詩が響いた部屋が、二室。
希少装備 “光の杖” を授かった部屋が、一室。
「しかし……解せませぬ。だから、なんだというのでしょうか?」
女騎士は当惑した表情で主君に訊ねた。
「“謎かけ” は答えを求められず、“杖” に至っては我らに塩を送るに同じ。“僭称者” の意図がつかめませぬ」
「解らぬか? おちょくっているのよ」
女騎士は、主君―― “ソラタカ・ドーンロア” ではなく “灰原空高” ――の言葉に、さらに当惑した。
「すべては彼奴めの諧謔よ。“光の杖” を与えたのは “女神の杖” の授与を模してのこと。我らでは “女神の試練” を乗り越えられぬだろうからと、哀れんでな」
「――なっ!」
主君の言葉に、女騎士は絶句し美顔を憤怒に歪ませた。
「おのれ、穢らわしき亡者風情が、我らを愚弄するか!」
激高する女騎士に、仲間たちが同調する。
「ならばその傲慢、ただちに打ち砕いてくれようぞ!」
普段は沈着な僧侶もまた、声を荒らげた。
“光の杖” という聖職者にとっての聖具を弄玩されては、平静ではいられない。
「やってやりゃあ! この籠手さえあれば無敵だぜ!」
「一名を失ったとは言え、我らの戦力は未だに十二分。臆すること無く一息に宿敵の牙城を衝きましょうぞ」
盗賊が怒号し、魔術師もまた語気を強めた。
しかし単純な性格の盗賊は別に、魔術師の言葉はその半ばが演技であることを、ドーンロアは冷めた目で見抜いていた。
自分たちにはそうするより他に術がなく、この憤怒をそのまま志気と戦意に変えて突き進む以外にないことを、一党で最も高い知力を持つ魔術師は理解しているのだ。
無論、ドーンロアにも否やはない。
この状況はドーンロア自身が望んだものであり、ために配下を挑発したのだから。
「ならば参るぞ。宿縁の “僭称者” を討つのは他国の者に非ず。我らリーンガミルの王国騎士なり」
ソラタカ・ドーンロアは、“君主の聖衣” の真紅の裏地のマントを翻した。
英雄の双眸に映るは、実の娘をさらい祖国を窮地に陥れる老醜の魔導士の姿か。
それとも――。







