続々3・4・6★
ベロンッ。
悲鳴すら上げられぬまま、ミーナは巨大な口に呑み込まれた。
あまりの出来事に熟練者の探索者たちから、時が奪われた。
仲間の盗賊を呑み込んだ巨大なカエルが、ゲフッ……と盛大なゲップを漏らす。
「ミ……ミーナ!」
「“破滅蛙” !」
その下品なおくびで、エレンとスカーレットの呪縛がほぼ同時に解かれた。
“魔界犬” の群れに気を取られている隙に、のっそり様子を窺っていた巨大な蛙に横合いから “驚かされた” のである。
「“破滅蛙” が人間を丸呑みするなんて!」
ヴァルレハが驚愕した。
“フレッドシップ7” のパーシャが迷宮探索に特化した実戦型魔術師の典型なら、ヴァルレハは研究と実戦を均等に重ねてきたバランス型だ。
魔物の生態については、確かな知見を持つ。
“破滅蛙” は “大蛙” が不死属化した魔物である。
最も警戒すべき吸精 こそ持たないものの、“毒巨人” と同様の即効性の毒息を吐き散らす。
しかし、人間を呑み込んだりはしない。
それは生物としての本能だからだ。
「まだ生きていたころの本能を残している!?」
「生きてないんだから消化される心配はない……よね?」
エレンが “退魔の聖剣” を握りながら戸惑いがちに訊ねた。
彼女の技量と聖剣の斬れ味を以てすれば、“破滅蛙” の一匹程度、斬り捨てるのに造作無い。
だが “呑み込まれた仲間に傷を負わせず” に――となれば、話は別だ。
慎重な対応が必要だった。
「消化器系を含むすべての器官は機能してないでしょうけど “毒” があるわ! 早く助け出さないと死んでしまう!」
「ノエル、解呪だ!」
スカーレットが最も適切な対処法を指示した。
“解呪 ” なら呑み込まれたミーナに一切の影響を及ばさずに、穢らわしい蛙だけを塵に還すことができる。
“破滅蛙” のモンスターレベルは9と比較的高かったが、レベル13の熟練の聖職者であるノエルなら充分に呪いを解くことが可能だ。
「はい!」
と力強く応答し、ノエルが帰依する男神への祈祷を始める。
“GuuEeeeeEee…………”
その瞬間 “破滅蛙” の頭上に五つの拳大の火球が出現し、残る女探索者に向かって突き進んできた。
どんなに敏捷性が高くても必中する、炎の精霊誘導弾。
“火弓” を複数の目標に投擲する、魔術師系第二位階に属するリーンガミル聖王国禁制の――。
「“火嵐” !」
ヴァルレハが警句を発したとき、パッと視界に火花が散った。
“火嵐” は最大でも “火弓” と同等の8ポイントのダメージ。
熟練者たちにとっては、花火が触れた程度の痛痒でしかない。
しかし、祈祷の出鼻を挫くには充分だった。
瞑想状態に入り込む前に集中が乱され、ノエルの解呪が中断される。
さらには――。
「……気をつけろ、後続がいる!」
無口なゼブラが鋭声を上げる。
“破滅蛙” のおこぼれを狙って、いつの間にか暗闇から忍び寄る染みの如き影。
「“夜小鬼” !」
さらには、
「“食人鬼頭” !」
“破滅蛙” の鳴き声に釣られて、陸続と後続の魔物が現れる。
極めつけに、くるりと方向を転じ、ドッダ、ドッダ、と逃げ出す “破滅蛙”
「なんなのだ、この状況は!?」
どこか滑稽みを帯びた展開に、スカーレットは憤慨した。
◆◇◆
「嘘だろ……ここにも出るのかよ」
パーシャの遙か頭上を見上げて、ジグが呟いた。
ハッと盗賊の視線を追うパーシャ。
胎動する人間の頭大の青い火球。
収縮を繰り返すごとに倍々と膨れあがっていくその火球を見て、ホビットの少女は呻いた。
「……状況……青」
次の瞬間、直径五メートル近くまで膨れあがった火球が弾け、中から水牛のような太くねじれた角を持った巨大な蒼氷色の魔物が現われた。
「“高位悪魔” !」
戦くパーシャの眼前に地響きを立てて、二体の蒼氷色の悪魔が着地する。
本来の生息域である魔界と違って、この次元では背に生やした蝙蝠のような羽は役に立たず、飛翔能力は有しない。
それでも生命力が高く、硬質な皮膚は装甲値が低く、こちらの物理攻撃を容易に弾く。
魔法への耐性も高く、九五パーセントの確率でこちらの魔法を耐呪してくる。
攻撃面では魔術師系第五位階の呪文まで唱えてくるうえに、厚い岩盤をも斬り裂く鋭い爪からは、遅効性の毒と即効性の麻痺毒まで分泌する。
さらに魔界から仲間まで呼び寄せる。
“最悪の中の最悪” な魔物だった。
ガシュウウウウウッ……!
無数の牙の生えた口から、高温高圧の蒸気と化した呼気が漏れる。
二体の大悪魔は、感情の見えない鮫の目玉のような両眼でパーティを見下ろすと、一体は “氷嵐” の呪文を唱え、もう一体は野太い咆哮を上げて、魔界から凶悪な同胞を呼び寄せようとした。
“火の七日間” 最後の戦い、“街外れの決戦” の悪夢が甦る。
しかし探索者たちは、あの頃とは違った。
経験を積み沈着さと胆力を増したリーダーが、間髪を入れずに指示を飛ばす。
「フェル、パーシャ、遮断だ! 前衛は仲間を呼んでいる奴を斬り倒せ!」
レットの最適解の指示は、半瞬の遅延もなく仲間に伝わった。
エルフの僧侶とホビットの魔術師 の両少女が即座に、“神璧” の加護と “酸滅” の呪文を唱える。
呪文を詠唱する悪魔を護りの障壁で取り囲み、結界を形成。
その中の大気をすべて消し去り真空域を作りだすことで、音の伝播を遮断。言霊の発声を阻害して呪文の詠唱を無効化する、今や探索者たちの切り札ともなっている “悪巧み” である。
“静寂” の加護が、対象の周囲の大気の振動を止めて言霊の発声を防ぐのと違い、大気そのものを消し去ってしまうため、耐呪することができない。
己の周囲の大気にさえ影響を与える “高位悪魔” の高い魔法無効化能力も、役には立たない。
なぜなら “酸滅” の呪文は “静寂” と違い、無効化の影響を受けないからだ。
「……ぬんっ!」
カドモフの横殴りの斬撃が、仲間を呼ぶ “高位悪魔” のアキレス腱を薙いだ。
“食人鬼” の胴すら両断する魔斧の一撃が、悪魔の足首から下を刈り飛ばす。
もんどりを打って倒れ込む “高位悪魔”
同胞を呼ぶ野太い咆哮が、甲高い悲鳴に変わった。
聖銀と漆黒の鎧に身を包んだふたりの戦士が、期せずして首の両側に走り寄って、それぞれ魔剣を振り上げ、振り下ろす。
「カドモフ、どこだ!?」
ゴロゴロと転がる巨大な頭を無視して、蒼い鮮血を全身に浴びたアッシュロードが叫んだ。
「……そこだ!」
カドモフが魔斧を握ったままの右手で、鍾乳洞の一点を指差した。
その瞬間、パーティの全員がふたりの――黒衣の保険屋の意図を察した。
グレイ・アッシュロードという男は、やはりどうしようもないほどに、グレイ・アッシュロードだった。
残る “高位悪魔” が魔爪の一閃でエルフの少女が嘆願した障壁を粉々に破砕して、魔法封じの結界から逃れる。
「やれ、がきんちょ!」
「おう、まかせろい!」
アッシュロードの檄が飛ぶ前に、すでにパーシャは足を肩幅に開いて、どっしりと腰を下ろしていた。
先程のクレバスでの戦いで第四位階の呪文は消耗していて、残るは一回限り。
その一回の精神力にすべてを賭けるのが、ホビット流。
「召しませ、ホビット一子相伝の暗殺拳! アチョ、アチョ、ホワタッ~~!!!」
超高速詠唱に次いで、パーシャが “高位悪魔” の足下に向かって正拳を突き出す。
単体攻撃呪文 “神拳” が小さな握り拳から放たれ、魔法で人為的に脆くされている岩盤に突き刺さる。
スゴッ!!!
“高位悪魔” の足下が抜けた。
体勢をを崩しポッカリと口を開けたクレバスに呑み込まれる、超重量の巨体。
背中の羽が広げられるも、この次元では役には立たない。
憤怒の咆哮を上げて爪をクレバスの淵に食い込ませる “高位悪魔”
「巣に還れ」
アッシュロードが無感情に+5相当の魔剣を振り下ろし、人間の胴ほどもある指を切断。悪魔を地の底に叩き落とす。
“GiEeeeeeEEEEeeeeeeッッッッ!!!”
断末魔の叫びを聞きつけて、無数の “迷宮地蜂” が群がる。
全身を地蜂に集られ黄色に染まった悪魔が、奈落の底に堕ちていく。
強敵との戦いは一瞬で片を着けなければならない。
圧倒しなければ、強大な攻撃を受けて壊滅する。
今回はパーティの圧勝だった。
◆◇◆
「申しわけございませぬっ!」
僧侶は全身をわななかせて、大量の灰の中に両手を突いた。
彼が蘇生を委ねられた重騎士は、男神の加護を受けられずに、その巨体と同質量の灰となってしまった。
失敗を怖れ、帰依する男神への信仰を揺るがせた結果だった。
主君のソラタカ・ドーンロアは、冷厳な視線で僧侶を見下ろしていた。
先に “大気巨人” に挽肉にされた重騎士に続く失態である。
ドーンロアはなによりも、配下に完璧な仕事を要求する。
地下迷宮の深奥で消失の緊張に晒されながら、与えられた任務を時計細工のように正確にこなせてこその熟練者であり、ドーンロアが手ずからに鍛え上げた迷宮騎士である。
それがこの体たらくである。
しかしドーンロアは、感情を圧し殺した。
配下に求める以上に、ドーンロアは自身に完璧を求めた。
ここで激情のままに痛罵するのは容易いが、それでは主君としても指揮官としても失格である。
なにより配下にとってドーンロアは、救国の英雄当代の運命の騎士なのだ。
「背嚢に詰めよ。一粒も残すな」
主君の下知を受け、僧侶が掻き抱くようにして中身を捨て去った大容量の背嚢に、重騎士の遺灰を詰め込む。
仲間の女騎士たちもまた、犬のように群がり這い手伝った。
「この最下層には、特殊な小部屋が三つ存在する。“僭称者” はそのうちのひとつにいるはず」
そのうちの一室が、苔むした “役立たずの墓” になっていることを、先に最下層に強制転移させられたエルミナーゼとアッシュロードが確認している。
ふたりはそこで “魔軍参謀” 率いる迷宮支配者直属の護衛団と遭遇したのだ。
「ならば “僭称者” はそこに……!」
「然に非ず」
顔を上げ瞳を吊り上げた女騎士に、ドーンロアはあくまで沈着だった。
「あの戯れ者がそう容易く客を招き入れるものか。まずは我らを玩弄し尽くし奔命に疲れさせるに決まっておるわ」
“僭称者” の一種の病じみた衒耀気質は、女王マグダラ主催の夜会に闖入したり、王女エルミナーゼを拐かした挙げ句に救出隊と争わせ、そのうちのひとりと最下層に強制転移させたことなどから明らかだ。
そんななにより衒いを好む “僭称者” が、呼び鈴を鳴らし来訪を告げたところで、おいそれと招き入れようはずがない。
「では……」
「まずは曰くある小部屋をすべてを巡ってみてくれよう。彼奴の趣向に乗ったうえで薄汚い墓に参ってやるわ」
果たして、ドーンロアの言葉どおりだった。
一党が立ち塞がる魔群を斬り伏せ蹴散らし、最初の小部屋に足を踏み入れた直後、頭上から轟雷のような声が落ちてきた。







