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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
626/669

3・4・6★

挿絵(By みてみん)


迷宮(ここ)はいつから動物園になった」


 緋色の髪の女戦士は、心底ウンザリした。

 まずは巨大な(オーク)。次に(パンサー)獅子(ライオン)ときて、さらに今度は河馬(ヒポポタマス)大暴走(スタンピード)である。

 これではまるでカーニバルの動物園だ。


「あるいはサーカスね」


 “退魔の聖剣(エセルナード)” を握るエレンもまた、生まれ故郷の村にやってきていた巡回興業を思い出していた。

 やや緑がかった金髪(ブロンド)の女戦士も、幼いころ年に一度の村祭りで旅芸人が連れてくる動物たちを見るのが、なによりも楽しみだった。

 だがあの時に見た動物たちは、こんな凶悪な顔はしていなかった。

 闇に紅い瞳を濁らせ、涎を吹きこぼし、咆哮をあげて突進などしてこなかった。

 躊躇はなかった。


「ヴァルレハ、二発目はいらないよ」


 この戦闘で二度目の “滅消(ディストラクション)” を唱えかけたヴァルレハを、エレンは制した。

 “河馬” のモンスターレベルは6.

 “滅消” で一瞬に無効化できるが、この先地上まで何が起こるかわからない。

 魔法も永久品でない魔道具(マジックアイテム)も、可能なかぎり温存する必要がある。


「六頭もいるけど大丈夫?」


「スカーレット、ゼブラ、残ってる “豹男(ワーパンサー)” をお願い!」


 答える代わりに、エレンは他のふたりの前衛に叫んだ。

 そして自身は “退魔の聖剣” に封じられている力を解放させる。


 ブンッ!


 瞬間的に振動した刀身が無数の真空波を発生させ、“烈風(ウィンドカッター)” の加護に匹敵するカマイタチが、元から気性が荒かったうえに迷宮の魔素によってさらに凶暴化した “河馬” の群れを包み込む。

 階層(フロア)に走る大激震。

 次々に()()()()()()()()()、もんどりを打って転倒する六頭の河獣。


 “烈風” の威力では一撃で “河馬” の命を断つことは難しい。

 だが行動不能にしてしまえば、あとはどうとでも始末ができる。

 エレンは二度、三度とカマイタチを発生させた。

 聖剣の柄に象嵌された大粒の金剛石(ダイヤモンド)は、不滅の輝きを誇る永久品だ。

 エレンは唯ひとりで近づくこともなく、六頭すべてを仕留めてみせたのだった。


「すごい、すごい!」


 ミーナが駆け寄ってきてはしゃぐ。


「見事だ、エレン」


 “豹男” を斬り伏せたスカーレットが魔剣を鞘に戻しながら、エレンの縦横にして無双の活躍を讃美した。


「フェリリルのお陰よ。あたしはただ彼女の真似をしただけ」


 はにかんでみせるエレン。

 情報共有。

 かつて “フレッドシップ7” のエルフの僧侶(プリーステス)は、“龍の文鎮(岩山の迷宮)” の第四層において、無数に現れた石兵の軍団の足首を切り飛ばし、これを無効化したのである。

 “風のフェリリル” から伝授された “烈風” を使った必殺の戦術を、エレンは完璧に再現したのだった。


「還ったらお礼を言わなきゃ」


 その頃話題の主であるエルフの少女は、仲間を救うために一か八かの重大な決断を迫られていた。


◆◇◆ 


 挿絵(By みてみん)


「亀裂だっ! 奴らは亀裂から湧いて出てるっ!」


  陥没から拡がったクレバスを覗き込んだレットが、その壁面に落雷のように走る無数の亀裂から、巨大な “迷宮地蜂(ジャイアントワスプ)” が湧き出てくるのを確認して怒号した。


「……亀裂の奥に奴らの巣があるのだっ!」


 カドモフが戦斧の一振りで、一匹の地蜂を粉砕しつつ叫び返す。


「……パーシャとアッシュロードを助けるなら、巣を焼けっ!」


 地下生物の生態に詳しいドワーフが、唯一無二の解決策を提示した。

 

「んなこと言ったって、亀裂は無限にあるぞ!?」


 “伝説の(K.O.D.s)(ヘルム )” の氷息(ブレス)で次から次へと湧き出てくる地蜂を駆除しながらジグが喘ぐ。

 兜は永久品だが、それでも殲滅しきれないほどに “迷宮地蜂” の数は多い。  

 クレバスの壁面に走る亀裂は無数にあり、その奥にある巣もまた無数、かつ巨大に違いない。

 無限という言葉は決して誇張ではなく、手の付けようのない、手に負えないという意味においては、正鵠を射た表現だった。


「そもそも、亀裂の奥の巣をどうやって焼くんだ!?」


 戦士のリーダーにも、若きドワーフファイターにも、その答えはない。

 唯一、


「やってみるっ」


 エルフの僧侶(プリーステス)だけが、力強く呟いた。


「目を閉じて、耳を塞いで、口を半開きにして!」


 そして彼女は、自身では初めてとなる加護を嘆願した。

 目蓋に浮かぶのは、“龍の文鎮(岩山の迷宮)” での最終決戦。

 親友であり恋敵(ライバル)である聖女が撃ち落とした、神々の怒り。

 今、彼女はいない。

 自分がやるしかない。

 そして、今は自分にも出来る。

 

「――慈母なる女神 “ニルダニス”。厳父たる男神 “カドルトス” 。その他、天に御座す諸神に代わりて我、神々の代弁者にしてその意思の執行者たるフォレスト・エルヴィン・フェリリルの名の下に、今悔い改めぬ不敬なる者たちに神罰を与えん! 畏れよ、神の怒りを!」

 

 負けるわけにはいかないのっ!

 森の娘フェリリルは、祈り、詠唱し、そして念じた。

 その瞬間、晴れ渡っていた聖王都リーンガミルの上空に、にわかに黒雲が起こり、遙か天空からの轟雷が大地を貫いた。

 リーンガミルの統治者である女王マグダラは王城のバルコニーに出でて、呟いた。


神雷(ゴッドサンダー)…… “神威(ホーリースマイト)”」


 まさしくそれは、神の放った雷だった。

 地表とその直下に築かれた地下迷宮の何層にも亘る分厚い岩盤と階層(フロア)をぶち抜き、次元連結によって第四層と化していた大鍾乳洞のクレバスの中に突き刺さった強大な迅雷は、その壁面に走る無数の亀裂(クラック)すべてに枝分かれ、内深くまで灼き尽くしながら奈落の底へと落ちていった。


「グレイなら大丈夫」


 轟雷のあまりの凄まじさに何かを言いかけたジグに、フェリリルが先んじた。

 地蜂が湧き出る亀裂である。あの男が近づくはずがない。

 だから大丈夫。


「手応えがあった!」


「……よしっ、引っ張り上げろ!」


「おしっ!」


 確保(ビレイ)していたロープが重くなり、レットが、カドモフが、ジグが一斉に引いた。

 引いて、引いて、引き上げた。

 やがて、全身の毛髪という毛髪をチリチリにした人間(ヒューマン)の男と、男にしがみついたやはりチリチリ髪のホビット少女が、息も絶え絶えに現れた。 

 フェリリルが、泣きながらアッシュロードに抱きついた。


◆◇◆


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669172144279

挿絵(By みてみん)


 即死だった。

 自分と共に主君ソラタカ・ドーンロアの両翼を守ってきた重騎士が、巨大な()()の一撃でペシャンコにされたのを見て、女騎士の総身から血の気が引いた。

 俊敏なフットワークからの連撃で、迎え撃っていた “大気巨人(エアージャイアント)” を屠った高揚は、血色と一緒に雲散霧消していた。

 +2相当の板金鎧(プレートメイル)が、踏み潰されたドールハウスのようにひしゃげ潰れている。

 生命力(ヒットポイント)100を超える熟練者(マスタークラス)の戦士を、ただの一振りで挽肉(ミンチ)にする物理攻撃力。

 これこそが迷宮最強を誇る “大気巨人” の豪腕だった。


 “大気巨人” の魔法の無効化能力は九〇パーセント。

 モンスターレベルは15で “滅消(ディストラクション)” は効かず、大気の精霊だけあって対象周辺の酸素を消し去って窒息させる “酸滅オキシジェン・デストロイ” もほぼ完全に耐呪(レジスト)する。

 実体化後は巨体ゆえに装甲値(アーマークラス)は5と鈍重だが、160で固定されている生命力が、攻撃の当たりやすさを補ってあまりある。

 攻防ともに秀でた、迷宮屈指の難敵だった。


「――ひっ!」


 重騎士が圧死したことで前衛に繰り上がった僧侶が、狂ったように “神璧(グレイト・ウォール)” の加護を嘆願する。

 少しでも装甲値を下げて空振りを期待する。

 そこには冷静なリソース管理の意識はなかった。


「愚か者が、取り乱すでないわ!」


 主君の鋭い叱咤が飛んだ。


回復役(ヒーラー)斥候(スカウト)交代(スイッチ)! 斥候は囮となれ!」


 ドーンロアはただちに僧侶と盗賊の隊列を入れ替え、盗賊を前衛にあげた。

 “伝説の(K.O.D.s)籠手(ガントレット )” が役に立たない以上、そして一党で最重要の回復役を守らなければならない以上、 それ以外の選択肢はない。

 盗賊が籠手を投げ捨て、巨人の前に出る。

 生来の臆病な気質がドーンロアの目にとまり、慎重な作業を求められる斥候として鍛えられた男だったが、どんな強大な魔物よりも主君の怒りに触れる方が怖ろしい。

   

 小癪な盗賊を叩き潰そうと巨人が拳を振り上げたとき、視界が闇に染まった。

 (めしい)たまま叩きつけられるた拳を、敏捷な盗賊はなんなく回避した。

 巨人の頭が下がった。

 ドーンロアの魔剣が一閃し、“君主の聖衣(ローズガーブ)” の加護で斬れ味を増した刃が皮一枚を残して、野太い首を切断した。


 主君の水際だった剣技に我に帰った女騎士が、魔術師の “暗黒(ダークネス)” を受けて混乱する巨人のアキレス腱を払った。

 バランスを崩した巨人が、地鳴りを上げて転倒する。

 女騎士はのた打つ(うなじ)に跳び乗ると、延髄めがけて切っ先を突き立てた。

 あと少し剣先を埋めれば致命の一撃(クリティカル) になったはずだが、アブでも叩くような平手打ち(スパンク)の一撃に、飛び退かざるを得なかった。


 優勢、自分たちが優勢だ。

 女騎士はそう思い込むことで、闘志を維持している。


 彼我の戦力差は5:2

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― 新着の感想 ―
無限に使えるアイテムあると本当助かりますよね。 地下6階で全面に出れる盗賊って、すごい優秀だと思います。
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