リペア
「……失敬」
「……失敬」
「……失敬」
「……失敬」
「……失敬」
「……………………敬……」
ドサッ! ×6
全員が “F” のつく言葉を発したことを謝罪し、直後にその場に座り込みました。
へたり込むという表現の方がより適切かもしれません。
「……キャンプを張らないと……」
わたしは絞り出すように言いましたが、身体が言うことを聞いてくれません。
パーティの誰もが重い打撲傷+疲労で緘黙していました。
特に元々耐久力の低い魔術師の安西さんは、“|癒しの指輪《リング オブ ヒーリング》” を早乙女くんに預けてしまっているために、土気色になってうつむいています。
その早乙女くんも骨折の痛みと発熱で、行動不能になる直前でした。
「……休んでろ……」
少しだけ休んでから隼人くんが立ち上がり、残り少なくなってきた聖水で魔除けの魔方陣を描き始めました。
全身に力込めて立ち上がると、打撲の痛みに目眩がしました。
それでも無理やり身体を動かして、隼人くんを手伝います。
今、徘徊する魔物と遭遇したら、全滅は必至です。
どうにか魔方陣を描き終わると、今度こそその中にへたり込みました。
誰もが無言で、ただただ体力が回復するのを待っていました。
魔方陣に護られているので、ひとりふたりと虚無のような眠りに落ちていきます。
・
・
・
「……あのガキの足跡だ」
その呟き声に、わたしは覚醒しました。
ほんの僅かな仮眠でしたが、頭はスッキリしています。
迷宮での睡眠なので生命力も精神力も回復してませんが、気力は甦りました。
「ステッチちゃんですか」
声の主に話しかけます。
五代くんは床を注視していました。
「わたしには何も見えませんが」
「微かに埃が舞って、薄くなってる場所がある」
盗賊 ならではの観察眼で、堆積している埃の厚みに差異を見いだしたようです。
「足跡は扉の外に続いてる」
玄室にある唯一の扉を、五代くんは見ました。
「よかった。少なくともまだ見失ってはいないのですね」
「だが、今のままじゃ追跡は無理だ」
隼人くんが話の穂を接いでいいました。
「どこかで身体にエーテルを満たさないと、魔法が使えない」
魔法封じの罠に嵌まってしまったわたしたちは、体内にあるはずの魔法伝導物質が中和されてしまっています。
隼人くんのいうとおり、これを再び満たさなければならないのですが……。
同じ階層のエーテルでは、それが出来ません。
この階のエーテルをいくら吸ったところで、再び中和されてしまうからです。
エーテルを再び満たすにはどこかで縄梯子を見つけて、他の階層に移動しなければなりません。
階層によってエーテルには微妙な違いがあるので、これでようやく魔法封じの罠をリセットすることが出来るのです。
「そろそろ進発したい。みんな行けるか?」
「わたしは大丈夫」
「…………屁でもないぜ」
安西さんと早乙女くんが答える横で、無言で立ち上がった田宮さんが腰間に愛刀を差しました。
生命力は削られ、精神力は使うことさえできない。
苦しい行程でした。
「問題は無い」
危険の有無を調べた五代くんが、そういって扉から遠ざかりました。
全員が身構え、蹴破り、突入しました。
「クリア」
「クリア」
「クリア」
扉の奥は回廊で、二区画先で正面と左に別れていました。
「足跡は左だ」
「よし追うぞ」
パーティはすぐに二区画を進みました。
正面は二区画先で扉に、左は一区画先でやはり扉に行き当たっていました。
足跡は左手の扉の奥に続いているようです。
わたしたちが左に進路を変えたとき、
「きゃっ!」
田宮さんが小さな悲鳴を上げました。
「どうした?」
「“ハワード号” が震えたの」
田宮さんはビックリした顔で、腰の雑嚢を見ました。
“ハワード号” とは “|ダック・オブ・ショート《ショートのアヒル》” さんから彼女が餞別として頂いた――信じられないとは思いますが――万能潜水艦です。
普段は “ゴムのアヒルの浮き輪” であり、水で戻すことで本来の姿を取り戻します。
「正面の扉に向けると、強く震えるみたい」
雑嚢から取り出した浮き輪を、探知機のようにいろいろな方向に向ける田宮さん。
「左ではなくてか?」
「うん、間違いない」
「近くに泉があるのかもしれませんね。四階の時もそうでしたから」
あの時は、なんと “ネス湖” に似た霧の湖がありました。
「泉か……」
隼人くんが思案顔になります。
「ええ、回復効果のある泉なら非常に助かりますね」
わたしは彼の決断を後押しするように、言い添えました。
この迷宮では女神の加護を受けた泉水があちこちに湧き出ていて、それによって地下の住人たちは生かされているのです。
「よし、先に正面の扉を調てみよう。瑞穂の言うとおり、回復効果のある泉があれば僥倖だ」
メンバーに否やはありません。
わたしたちは方向を転じ、再び正面に向かいました。
方角が分からないために絶対の東西南北ではなく、相対の前後左右です。
五代くんが再び扉を調べ、安全を確認。
パーティは突入しました。
扉の奥はやはり回廊が伸びていて、二区画先の左側に扉があります。
「左の扉ね」
文鳥ならぬ手乗りアヒルの反応を見た田宮さんが、うなずきました。
確認したところ扉に罠はありませんでした。
魔物の気配もありません。
それでも武器を手に一気に突入するパーティ。
再び『クリア!』の声が重なります。
扉の先は、大きな広間でした。
二区画先に三区画幅の壁、もしくは玄室の一部があって、壁の真ん中にやはり扉があります。
手乗りアヒルは、扉に向かって強く反応しています。
「霧の湖の時よりも、ずっと反応が強いわ」
「………………期待しちまうな……」
田宮さんの言葉に、早乙女くんが気丈に笑い、すぐに苦痛に顔をしかめました。
彼にいつものムードメーカーに戻ってもらうためにも、この窮地から脱しなければなりません。
「どうした?」
指示を待つまでもなく扉を調べていた五代くんの背中が微かに揺らぎ、隼人くんが訊ねます。
「鍵が掛かってる」
「外せそうか?」
キーアイテムが必要な扉なら、開けることは叶いません。
腰の雑嚢から盗賊の七つ道具を取り出し、解錠を試みる五代くん。
わたしたちが固唾を呑んで見守る中、
……カシャン、
鮮やかな手並みで、鍵が解除されました。
そして扉の奥には、さらなる扉が。
田宮さんの掌から飛び出さんばかりに、小さなハワード号は反応しています。
「あの奥で間違いないわね」
「ここからでも感じます。凄い気配です」
「うん」
扉の奥から伝わる気配に、田宮さん、わたし、安西さんが次々にうなずきました。
パーティは最後の扉を開けます。
立ち込めるミストが、わたしたちを迎えました。
「ああ」
香気ような湿気に包まれ、全員の口から、心からの安堵の吐息が漏れます。
「これはもう、大丈夫そう」
安西さんがうっとりとした声で言いました。
「ほんと。まるで銀色の髪をした枝葉さんが立っているみたい」
答えた田宮さんも夢見心地です。
わたしは目を開けました。
そこは一区画四方の最小の玄室で、中央に小さな泉水が滾々と湧き出ていました。
過去に見つけたどの泉よりも清澄な色合で、強い女神の残り香がありました。
「これは本当に凄いですね。田宮さんの言うとおり “聖女” の恩寵引き出したときのようです」
女神の息吹と祝福に、直に触れているようです。
「毒味の必要はないでしょうが、念のためにわたしが飲んでみますね」
「気をつけろ」
それでも心配をしてくれる隼人くんに微笑み、わたしは泉に近づきました。
清く澄んだ湧き水は不純物がまったくありません。
三レベルほどの深さの底まで、空気のように見通せます。
わたしは掌で少量をすくうと、躊躇うことなく口に含みました。
「ど、どう?」
田宮さんが期待と興奮に満ちた声で訊ねます。
「凄い……本当に凄い」
わたしは全身に漲る活力に、恍惚として答えました。
身体を苛んでいた打撲の痛みと重たい疲労。その一切が消え去っていました。
冷たい水が喉を通り胃に達したときには、わたしの生命力は最大値にまで回復していたのです。
「これは飲む “神癒” です」
「そんなに!?」
「皆さんも飲んでみてください」
言うよりも早く、パーティの全員が泉に走り寄っていました。
そこからは、驚きと歓喜の大洪水でした。
ほんの一口飲んだだけで、あらゆる怪我・状態異常・消耗したスタミナが回復してしまうのですから。
その効果は、 “龍の文鎮” でわたしたちの命綱になっていた “聖水” の比ではありません。
「すっげーーっ! 骨折まで治ったぜ!」
添え木と包帯を外して、早乙女くんが右手を振り回しました。
先程のまでの痛々しい姿はどこにもありません。
「これは “神癒” すら霞んでしまうかもしれません」
「どういうこと?」
感嘆するわたしに、安西さんが笑顔のまま訊ねました。
彼女からも疲労の翳りは消え去っています。
「これだけ強い祝福です。おそらく、この泉に浸せば死者の蘇生すら可能でしょう。もしかしたら灰からでも甦らせられるかもしれません」
全員が息を呑みました。
「凄いっ! それじゃいくらでも死に放題じゃないっ!」
田宮さんの率直すぎる感想が、皆の驚きを物語っています。
「なら、水袋に詰めて持って行けば!」
「それは……難しいかもしれません。この泉水は明らかに他の湧き水とは違います。ここまで強力な効果だと、他の泉の水のように運搬できるかどうか」
“死” や “灰” から復活できる水が持ち運びまで可能となると、世界に対して過干渉と言わざるを得ません。
それは女神の御心に沿わないはずでした。
「試してみましょう」
わたしは空になっていた水袋に泉水を詰めて、泉から離れてみました。
扉の付近まで遠ざかったとき、水袋から祝福が消えたのが解りました。
皆を振り返って、頭を振ります。
「さすがにそこまで助けちゃくれねーよな」
嘆息して怒り肩を落とす早乙女くん。
「それでもとてつもなく大きい発見だ。これで万一の場合でも瑞穂に頼らずに済む」
「そうね、今までは枝葉さんの負担が大きすぎたわ。あとでラーラさん達にも教えてあげないと」
「あとひとつ試してみましょう」
隼人くんと田宮さんの会話が終わるのを待って、わたしは “示位の指輪” の魔力を解放してみました。
結果は―― “しっぱい”
つまり、わたしたちは依然として魔力を封じられたままなのです。
「体力が全開しただけでも大助かりだ――進発するぞ」
再びの進発を指示する隼人くん。
先程と違いリペアが完了したパーティの足取りは軽く、志気は天を衝いています。
追跡が再開されました。







