続3・?・6★
“緋色の矢” は、未だ第三層の未踏破区域から抜け出せずにいた。
既知の区域を徐々に拡げていく通常の探索に比して、“転移” で跳ばされた未知の区画からの脱出は、難易度が桁違いに跳ね上がる。
生命力、精神力、魔道具などのリソースの計算が立たず、苦しくなったから引き返すという当然の選択が採れない。
退路は活路であり、常に自分たちの前にしか存在せず、しかもそれが本当に生還に至る道なのかはわからない。
地上に近づく縄梯子に辿り着いて初めて、正しい帰路を進んでいるとわかるのだ。
「“豹男” !」
スカーレットが鋭声で警戒を喚起した。
さらに、
「“獅子男” !」
短剣 を抜いたミーナが、ノエルとヴァルレハを庇いながら叫んだ。
豹頭が、八頭。
獅子頭が、同じく八頭。
「こりゃまた団体さんのおこしだわ」
“豹男” も “獅子男” も特殊攻撃は “毒” だけで、単体でみれば手強い敵ではないが、こうも数が多いと面倒だ。
状態 “毒” は割合ダメージだ。
どんなに高い生命力を誇っていても、関係なしに一定の比率でダメージを受ける。
前衛全員が毒に冒された挙げ句、治療が間に合わずに瀕死に陥ったところを、爪や牙の物理攻撃で引き裂かれて、落命する。
まさに数の暴力だ。
「豹とかライオンって、集団で狩りをするんだっけ?」
「半分人間なだけに智恵が回るのだろう」
ミーナの疑問にスカーレットが答えたとき、後衛ふたりの魔法が完成した。
魔物の群れの半数 “獅子男” の集団 が、ヴァルレハの “滅消” で塵と化した。
“獅子男” のモンスターレベルは5.
広範囲原子崩壊魔法の好餌でしかない。
しかし残る “豹男” のレベルは、“獅子男” に倍する10.
“滅消” で消し去ることはできない。
狂ったような咆哮を上げて突進してくる “豹男” に、不可視の棘が絡みついた。
ノエルの “棘縛” だ。
「そんじゃ、わたしも!」
ミーナがふたりの後衛を背にしたまま、左手に嵌めた魔法の指輪を突き出す。
「戒めの棘よ!」
ノエルが嘆願した加護と同様の魔法が指輪から解放され、八頭のうちの五頭を絡め取った。
「まずは耐呪したのから斬り刻め!」
スカーレットが愛剣、銘 “真っ二つにするもの” を振りかざして突撃する。
白金の鎧が “永光” に煌めき、戦女神の降臨を思わせた。
“退魔の聖剣” を握ったエレンが真っ先に、一頭の首を聖光一閃、跳ね上げた。
一撃必殺の致命の攻撃 。
対照的に膂力に満ちた一振りで、ゼブラがさらに一頭の頭蓋を破砕する。
(このまま押し切る!)
ほぼ同時に、“棘縛” の加護から逃れた最後の一頭を切り倒したスカーレットが、次の目標に向き直った。
“ブラッド・クリーン・コーティング” された魔剣は、獣人の血脂を寄せ付けず、いささかの斬れ味も損ねていない。
ノエルとミーナが二重に施した戒めの加護は、残りの五頭を捕らえ続けている。
完勝は目前だった。
……ドドドドドド!
微かな振動と音がしたかと思えば、急速に迷宮を揺るがす地響きとなった。
六人の女探索者の美貌が、うんざりと歪んだ。
階層の果てから押し寄せてくる、新たな徘徊する魔物の群れ。
「迷宮はいつから動物園になった」
まずは豚、次に豹と獅子ときて、さらに今度は巨大な河馬の大暴走が肉薄する。
◆◇◆
ホビットの少女はその短い両脚で、黒衣の男の胴をこれでもかと挟み込んだ。
くびり殺す勢いで挟んだ。
不安定ながら、これで両手が自由になった。
印が結べる。
「おっしゃ、きやがれ、ブンブン丸!」
パーシャがアッシュロードの背中で、反っくり返って叫んだ。
天地が逆転した視界に、無数の “迷宮地蜂” が上下逆さまになって浮いている。
「召しませ、ホビット炎の呪文、いざ馳走! ―― “焔嵐” !」
轟!
と、紅蓮の猛炎が宙空に渦巻き、九匹の “迷宮地蜂” を呑み込んだ。
黒焦げになった半数がバラバラと崩れながら落下し、残りの半数が羽を燃やされ、
高度を維持できずにゆるゆると沈んでいく。
「やりゃあ出来るじゃねえか! その調子だ!」
アッシュロードが快哉を叫ぶ。
それしか出来ることがない。
上下左右、さらに背中を地蜂に抑えられている以上、二本の短刀と左右の鉄靴で割れ目の壁にへばりついている以外、身動きも取れない。
「召しませ、ホビット氷の呪文、いざ馳走! ―― “凍波” !」
「召しませ、ホビット炎の呪文、いざ馳走! ――」
「召しませ、ホビット氷の呪文、いざ――」
「召しませ、ホビット炎の呪文――」
「召しませ、ホビット氷の――」
「召しませ――」
「召し――」
・
・
・
「――ぜえ! ぜえ! お、おっちゃん切りがないよ!」
しゃがれた声と、血が上って真っ赤になった顔で、ホビットが悲鳴を上げた。
焼けども焼けども、凍らせども凍らせども、地蜂は数を減らさない。
むしろ増えてさえいる。
「どうなってんの、これ!?」
「亀裂だ」
「え?」
「亀裂の中に、奴らの巣があるんだ!」
巨大な地割れの壁面に、無数に走る亀裂。
その一本一本に、数え切れないほどの地蜂の巣があるのだ。
「そいつをどうにかしない限り、こいつらの数は減らねえ!」
アッシュロードの言葉を理解し、パーシャの作画が崩壊した。
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!
ぜえーーーーーーーーーーーーーーーーーーったいに、絶対に絶対に無理!!!」
何を、どうしたら、何の呪文を、どう使ったら、そんな真似ができるというのか。
「こんな奈落の底まで続いてるみたいな亀裂が、何本あると思ってんの! あたいが干涸らびて “木乃伊” になっても全然足りないやい!」
実際パーシャは、すでに第四位階の精神力をほぼ使い果たしてしまっている。
“焔嵐” や “凍破” は、凶悪な魔物がひしくめく “林檎の迷宮” でも、どうにか効果を望める呪文であり、これ以上の位階となると威力はあるが回数が少なく、無数に走る亀裂全部に打ち込むなんて不可能だ。
「そもそも亀裂の奥にどうやって届かせるのよ!」
「んなこたぁ、わかってるっ!」
怒鳴り返すパーシャに、さらに怒鳴り返すアッシュロード。
どんな強力な呪文を投げつけたところで、亀裂の表面で炸裂するだけで内部の巣にまでは浸透しない。
“氷嵐” の冷気も、“酸滅” の酸素消失も、亀裂全体には広がらない。
“対滅” なんて唱えたら、亀裂どころか地割れ自体を崩しかねない。
ホビットの言葉どおり亀裂は数え切れないほど走っていて、その長さときたら本当に奈落に届くかと思えるほどだ。
「ジグーーーーー!!! 兜と落とせーーーー!!!」
パーシャが頭上の暗闇に向かって叫んだ。
せめて “氷嵐” が無限に使える “伝説の兜” で、なんとか時間を稼ごうというのだろう。
しかし、 ブンブンと唸る不快な羽音の重なりは、もはや暴風のそれだ。
パーシャの声は掻き消された。
「このままじゃ、あたいたちが奈落に落とされるんだってーーーー!!!」
アッシュロードの頭に火花が散った。
それは半瞬に満たない刹那の時間だったが、他称 “史上最高の探索者” にとっては充分すぎる長さだった。
“悪巧み” は完成した。
「まさに “泣きっ面に蜂だな”」
アッシュロードは肩越しに振り返り、半べそ状態のパーシャに言った。
「“雷撃” だ、がきんちょ!」
「……え?」
「雷は亀裂を伝わって落ちる! 中まで届く! 急げ!」
「そ、そうか!」
種族に似つかわしくない頭の回転速度で、パーシャもまた一瞬で理解した。
登山者はクライミングの最中に雷雲に遭遇したとしても、決して亀裂に避難してはならない。
落雷は亀裂にそって流れ、身を隠した者を黒焦げにする。
「それなら奥の巣まで届く――召しませ、ホビット反撃の雷、いま落とさん!」
まさに雷が落ちるようは速さで、パーシャが呪文を詠唱する。
「―― “雷撃” !」
指先から発せられた雷光が一直線に間近の亀裂に走り、上下に貫いた。
「どうせこの迷宮じゃ、第三位階の呪文は役に立たん! 使い倒せ!」
言われなくてもそのつもりだ。
今使わなくて、いつ使うというのだ。
ここが先途だ。
「“雷撃”!」
「“雷撃”!」
「“雷撃”!」
パーシャが眦を決して、詠唱する端から目に付く亀裂に電撃を飛ばし続ける。
しかし――。
「だ、駄目だ、おっちゃん! 第三位階じゃ威力がなさすぎる!」
再び泣きっ面になるホビットの魔術師。
“雷撃” はこの迷宮ではほぼ役に立たない低位階の呪文で、ダメージは最大でも18でしかない。
“迷宮地蜂” の最大HPは27.
例え巣まで届いたとしても、灼き尽くすには電流も電圧もまるで足りない。
もっとデカいのを落とさないと駄目だった。
アッシュロードとパーシャの脳裏に、同じ情景が浮かんだ。
“幼獣” に寄生された “真龍” を救った奇跡。
天空の頂から迷宮の分厚い岩盤を貫き落とされる、神の雷。
だが、その轟雷をもたらした聖女はここにはいない。
直後、異変を察知したアッシュロードが叫んだ。
はるか頭上に発生した、神の威武。
「目を閉じて、口を半開きにしろ! 耳を――」
両手が塞がっている!
耳は塞げない!
パーシャがアッシュロ-ドの耳に自分の耳を合わせ、反対側を片手で押さえた!
アッシュロードも倣って、反対側の耳を押さえる!
その瞬間、固く閉じた目蓋を通して網膜を灼く閃光が走った!
同時に、迷宮を崩壊させるような大轟音がふたりを乱打する!
鼻の奥がこれ以上ないほど焦臭くなる!
視覚が、聴覚が、嗅覚が、破壊される!
「「――っっっっっっ!!!」」
永遠に続くかと思われた責め苦に、ふたりは耐え抜いた。
やがて恐る恐る目を開けたとき、彼らの周囲は静寂に包まれていた。
脳髄をかき乱す羽音も、それによって飛翔する巨大な地蜂も消えていた。
無数に走る亀裂のすべてから、白煙が噴き出ていた。
焦げ臭さが鼻の奥から出て、彼らの周辺に広がっていた。
確かに聖女は、この場にはいなかった。
しかし彼女に比肩する才能を持つ、エルフの少女がいた。
僧侶が嘆願した聖職者系最大の攻撃魔法――神の御業 “神威” の加護が、アッシュロードとパーシャを救った。
◆◇◆
英雄ソラタカ・ドーンロアの一刀によって、彼我の戦力は味方が優勢になった。
強大な “大気巨人” の部隊に戦慄・萎縮していた志気は、再び甦った。
「おおおお――っ!」
主君と共に前衛の一翼を担う女騎士から、勇壮な鬨が漏れた。
“大気巨人” は “雲巨人” とも呼ばれる。
文字どおり雲衝くような大巨人に、女騎士は臆することなく突進した。
ドーンロアのように大敵を一振りで屠る剣技は持たなかったが、攻撃を反復すればどんな強大な敵でもいずれは削り倒せる。
一太刀で屠れなければ、もう一太刀。
それでも駄目なら、さらなる一太刀。
息の根が止まるまで繰り返す。
それが女騎士の剣だった。
肥え太った牛よりも巨大な拳が迫る。
充分な余裕をもって躱すと、完璧な間合いで女騎士は魔剣を振り下ろした。
刃が皮膚を裂き、肉を斬り、骨を断つ。
“大気巨人” の手首が、薄皮一枚残して斬り裂かれた。
大雨のような鮮血が頭上から降り注ぎ、苦痛と憎悪の怒号が迷宮を震わせた。
「はいっっっ!」
打落水狗――女騎士は追撃の手を緩めない。
傷を負った手首を鷲掴んで仰け反る巨人の、今度はアキレス腱を一文字に裂く。
再びの血の大雨。
巨体を支えきれずに跪く巨人。
巨人の双眸に、逡巡が走った。
このままでは危うい。
命を守るために散々に両手を振り回して、小癪な人間を牽制しなければならない。
寄せ付けないようにしなければならない。
しかしそんな真似をすれば、薄皮一枚で繋がっている片方の手首を失ってしまう。
手首は失いたくない。
致命的なファンブルだった。
反対のアキレス腱も裂かれた。
地響きを立てて、巨人は突っ伏した。
大きな傷を負い、もはや大気に溶け込むこともできない。
両手を振り回したところで、もはや手遅れだった。
千切れ飛んだ手首が強化煉瓦の壁を粉砕したとき、“大気巨人” の頸動脈を魔剣の切っ先が深々と通過した。
巨人にとって女騎士は、人間にとっての “スズメバチ” だった。
小さいが激痛を伴い、場合によっては死をもたらす針を持っている。
巨人は屠られた。
「おおおおおおっっっ!!!」
再び、女騎士が鬨の声を上げた。
恐怖と困難と強敵に打ち勝った、勝利の雄叫び。
これで味方が6、敵が3.
戦力差は倍にまで拡がった。
全身を殴られたような衝撃に、女騎士はよろめいた。
ハッ! と我に帰って顔を向けると、同じ前衛を務める騎士――戦棍を得物に戦う重騎士がペシャンコの肉塊になって潰れていた。
これで戦力差は5:3.
勝敗の行方はまだ見えない。







