続・激闘三連★
宙空に出現した一対の籠手が、一党を挟み込むように左右に別れた。
質の悪い冗句を見せられているようで、ドーンロア配下の女騎士は顔を歪めた。
軍隊の刑罰に並列した鞭打ち人の間を歩かされるガントレットなるものがあるが、まるでそれを模しているようだ。
しかも両側から飛んでくるのは鞭などではなく、最強の攻撃呪文なのである。
眼前の “マジックガントレット” が、単体でなければ最強と評される所以だった。
女騎士は、主君であるソラタカ・ドーンロアにチラリと視線を走らせた。
対抗手段は――ある。
“マジックガントレット” の魔法無効化率は一〇〇パーセントという極悪さだが、それでも重ねがけされる “対滅” を封殺する手段は存在した。
問題はない。
あるとすれば、その手段を考案したのが “灰の暗黒卿” だということだ。
グレイ・アッシュロードは、肉を喰らっても飽き足らぬドーンロアが仇敵。
洗練さの欠片もないあの他国の筆頭騎士が編み出した戦術を、果たして誇り高きドーンロアが用いるかどうか。
主君の胸中を思い、女騎士は憂えた。
杞憂だった。
「僧侶、魔術師、彼奴等が呪文を遮断せよ!」
ソラタカ・ドーンロアは、今でこそ女王マグダラ四世の王配であるが、かつては、そして今もなお、超一級の迷宮探索者である。
難敵相手の指揮に、曇りなどあるはずもなかった。
配下の僧侶と魔術師が、同時に加護の嘆願と呪文の詠唱を始める。
両の “マジックガントレット” が唱える “対滅” は魔術師系魔法の最高位階である第七位階の呪文であり、僧侶が祈祷する聖職者系魔法第四位階の加護 “神璧” 、魔術師が唱える第六位階の呪文 “酸滅” よりも詠唱に時間が掛かる。
更に 生命を吹き込まれた物である “マジックガントレット” は、早口という小技を効かせることができない。
ドーンロア麾下の僧侶と魔術師は瞬く間に加護の嘆願と呪文の詠唱を完了させ、
強靱な半透明の障壁で対象を閉じ込め、周囲のあらゆる大気を消し去った。
真空状態に置かれ音の伝播を絶たれた “マジックガントレット” の詠唱が止まる。
後年には改良が進み、対象周辺の大気のみならずエーテルまでも消し去ることで、無詠唱で魔法を行使する高位の魔族や天使すら封じ込める “遮断” の呪文の原型が、形勢を一気に逆転させた。
「殺れ!」
ドーンロアが鋭く、短く命じる。
右の籠手には、女騎士と重大な戦棍を握る巨漢の戦士が。
左の小手には、ドーンロア自身が魔剣――銘 “貪るもの” を手に突進する。
強大な攻撃力を有する者同士の戦いに長期戦は有り得ず、一瞬で決着がつく。
流れは、ドーンロア一党にあった。
◆◇◆
「圧倒しろ!」
強化煉瓦の内壁に、刀身の半ばまでめり込ませた “マジックソード” に向かって、三人の女戦士が殺到する。
“絶零” の残留冷気は凄まじく、一呼吸ごとに肺にダメージを与えてくる。
スカーレット、ゼブラ、エレンは、爆心地で再稼動する生命を吹き込まれた物にトドメを刺すべく、胸の痛みに耐えながら走った。
(ここが際だ!)
三人の女戦士はそれぞれ魔剣を振りかぶりながら、動揺の直感に駆られていた。
“マジックヘルム” が強大な竜息と、最高位の攻撃呪文と加護。
“マジックガントレット” が最高位の攻撃呪文の重ねがけ。
そして “マジックソード” は岩塊をバターのように斬り裂く、魔性の斬れ味。
残る三つの武具は、どれも一瞬で探索者の命を断つ攻撃力を秘めている。
一瞬でも受けに回れば、即座に死人が出る。
(その前に断つ!)
スカーレットは愛剣 “真っ二つにするもの” を振りかぶり、振り下ろした。
+2相当の魔法強化が施された刃は、狙い違わず “マジックソード” の柄を叩き、激しい火花を散らせた。
直に刀身に振り下ろせば “伝説の妖刀” に次ぐ斬れ味で、逆にこちらの魔剣が斬り跳ばされかねない。
ゼブラもエレンも、同じ考えだった。
互いの剣が触れないように、まるで三人の練達の鍛冶屋が交互に槌を打つような、一種滑稽な情景が現出した。
しかし女戦士たちにしてみれば死に物狂いだ。
滑稽だろうと諧謔だろうと、ここで押し切らなければ勝機は去る。
勝利の女神に後ろ髪はなく、掴むときに掴まなければ、再び振り向かせることなどできない。
“マジックソード” に宿る生命力を削りきり、聖剣本来の姿に戻せるかどうかは、今この瞬間に振り下ろす剣の数と重さに掛かっていた。
それでも “マジックソード” の動きは止まらない。
熟練者三戦士の猛撃を受けながら、それでも息の根は止まらない。
一切の痛痒を感じさせない機械的な無機質な動きで、壁から抜き出てくる。
四〇センチ……三〇センチ……二〇センチ……。
一〇センチ!
「いい加減に止まりな!」
ついにエレンが叫んだ。
叩き降ろされた刃が、“マジックソード” の鍔元を激しく打つ。
次の瞬間、聖銀に輝く長剣が身悶えするように震え、やがてパタリと止まった。
◆◇◆
“岩を叩くような手応え”
装甲値の低い魔物を斬りつけた際によく用いられる表現だが、こいつは格別だとアッシュロードは舌を打った。
+5という現存する最高の強化魔法が施された魔剣を叩きつけたにも関わらず、
両断の感触はまるでない。
(さすがは女神が造り与え賜ふた神器だ!)
だが物理的な手応えこそなかったが、“マジックヘルム” に宿る擬似的な生命力は確実に減殺された。
「――つっっっ!!!」
ここぞとばかりに、レットが追い打ちをかける。
相手は最強の攻撃呪文と加護を唱え、更には絶対零度の氷息までも吐き散らす、 “ナイト・オブ・ディスティニー・シリーズ” 単体最強の武具だ。
この手番でカタを着けなければ、またパーティ壊滅の可能性が出る。
是が非でも、ここで仕留めなければならない。
迷宮に散る、激しい火花。
魔剣を通じて強烈な痺れがレットの利き手に走った。
“林檎の迷宮” での探索を始めるに先立ち、レットはそれまで使っていた “龍の文鎮” で入手した愛剣を手放し、さらに斬れ味の鋭い魔剣を購入している。
だがそれでも、+2相当の斬れ味では文字どおり刃が立たなかった。
尋常ならざる装甲値である。
「いや、硬いだけじゃない! 微妙に揺れて曲面で斬撃を受け流している!」
痛痒を与えられなかった代わりに、兜の硬さの秘密を見抜いたレットが叫ぶ。
「“避弾経始” ってわけ!? どんだけなのよ!」
パーシャが頭を抱えて飛び上がる。
「ぬぅうううっっっ!!!」
カドモフが低い唸り声を漏らす。
それは寡黙なドワーフ戦士一流の、鬨の声。
盾を捨て両手で魔斧を握った純一の戦士が、 “マジックヘルム” に突進する。
突き進みながら、カドモフが全身を捻る。
突進力に、さらに遠心力を加えた重撃。
しかし外せば、残るのは隙だらけの崩れた体勢。
その捨て身の一撃を受け流すべく、“マジックヘルム” が揺れる。
刹那、“マジックヘルム” の完璧な動揺が、わずかに乱れた。
「ぬんんっっっつ!!!」
渾身の力で振り抜かれる、魔法の重戦斧。
激しいスパークが飛び、衝撃音が大気を震わす。
吹き飛ばされ、内壁に激突する “マジックヘルム”。
強化煉瓦の壁が崩れ、猛塵が視界を遮る。
息を呑む沈黙。
ガラリ……。
瓦礫が崩れ、静寂が破れた。
濛々たる粉塵の中から、聖銀の兜が傷ひとつ無い姿を現す。
手番が終わり、身構えるパーティ。
呪文か、加護か、氷息か、それとも――。
やがて相対すると、兜が嬌態を作るように、アッシュロードに向かって揺れた。
直後、金属質の音を立てて迷宮の床に落ち、それっきり動かなくなる。
「や、やったの?」
フェリリルが戦棍と盾を構えたまま、震える声で確認した。
「ああ」
アッシュロードが切っ先を下ろす。
「こいつはもう “マジックヘルム” じゃなく、“K.O.D.sヘルム” だ」
「ふい~~~っ……間一髪の完勝」
正鵠を射る述懐をしながら、パーシャがヘナヘナと座り込む。
パーティに損害はない。
だが少しでも勝運の天秤が傾いていたら、壊滅していた。
まさしく “間一髪の完勝” だった。
「……助かった」
カドモフがジグに礼を述べた。
「な~に、お安い御用さ」
ドワーフが戦斧を叩きつける瞬間、“宵闇の巻物” で兜の感覚野を乱した盗賊が肩を竦めおどけてみせる。
「長居は無用だ。兜を回収したら撤収するぞ」
レットが油断なく指示を出す。
戦闘に勝利した直後が一番危険。
熟練者パーティを率いる若き戦士は、充分に理解している。
「兜はとりあえずジグリッドが持て。それなら後衛からでも氷息が使える」
アッシュロードが促した。
前衛が装備するよりも、今は後衛の盗賊が持つ方が使い出がある。
「これを敵に向ければいいのか。なんかダサいな」
「“氷嵐” が無限に使えるんだから文句いうな」
パーシャが言いながら、両の掌を握ったり開いたりした。
「そんじゃ跳ぶよ? 準備はいい?」
仲間がうなずくのを確認すると、“転移” の呪文の詠唱を開始する。
複雑な韻が踏まれ、緻密な印が結ばれる。
視界が歪み、量子に分解された身体がワームホームを脱け、六人は一瞬で……。
元の場所に戻ってきてしまった。
お久しぶりです。
作者多忙につき、超ノロノロ更新となっております。
なんとか完走いたしますので、よろしくお願いいたします。







