ボールルームへようこそ★
「……Shall We Dance」
「……Shall We Dance」
隼人くんが強ばった表情でわたしの前に立ち、bowをしました。
わたしも緊張の面持ちで僧衣の裾を摘まみ、courtesyを返します。
隼人くんが差し伸べた手を取った瞬間、舞踏室に典雅なワルツが流れ始めました。
そして――。
ズン、チャッ、チャッ!
「あーーーーーれーーーーっっっ!!!」
わたしの頓狂な悲鳴を乗せて、舞踏室の床が超高機動でカッ飛んでいきました!
「瑞穂ーーーーっ!」
明後日の方向にやはりカッ飛んでいく隼人くんが、わたしに右手を伸ばしますが、その姿はあっという間に迷宮の闇に消えてしまいました。
戻ってくるまで魔物に出会わないことを祈るばかりです。
さ、さすがに……。
「す、少し休ませてください……さすがに死んでしまいますよ」
床の機動が治まると、わたしはヘナヘナと座り込みました。
「もう見てられない! ――行くよ、忍くん!」
壁際の花になっていた安西 恋さんが、わたしたちの体たらくぶりに業を煮やし、隣りに立つ五代 忍くんの手を引きました。
四股でも踏み出さんばかりの安西さんとは対照的に、及びに及び越しの五代くん。
「む、無茶はよせ。幼馴染みで付き合いの長い志摩と枝葉があの有様なんだぞ……」
「あっちが長さなら、こっちは深さよ! 」
それが言いたかったのか……的な粘質な視線(隼人くんを除く)が突き刺さる中、安西さんはグイグイと彼氏さんを引っ張って、広間の中央に向かいました。
「Shall We Dance!」
「……Shall We Dance」
courtesyをしてbowをする、安西さんと五代くん。
手を取ると再び典雅なワルツが流れ始め、身体を密着させ……。
ズン、チャッ、チャッ!
「あーーーーーれーーーーっっっ!!!」
超高機動の床に翻弄されて、あけっけなく引き裂かれる恋人たち。
「もーーーーなによこれ!!! 悔しーーーーっ!!!」
しばらくしてガニ股で戻ってきた安西さんが、四股ならぬ地団駄を踏みました。
残っているのは……。
「さ、最初に言っておくぞ……幼馴染みで長い付き合いの志摩と枝葉でも、パーティ公認で深い付き合いの五代と安西でもあの有様なんだからな……幼馴染みでも付き合ってもない俺たちでどうこう出来るとは……」
「言い方がなんかいやらしいのよ!」
幼馴染みでも恋人でもない、早乙女月照くんと田宮佐那子さんの直前の会話です。
「Shall We Dance!」
「……Shall We Dance」
ズン、チャッ、チャッ!
「あーーーーーれーーーーっっっ!!!」
悲鳴と共に彼方に消えて行く、田宮さんと早乙女くん
まぁ……お坊さんとお侍さんに、西洋の舞踏は苦しいところでしょう。
やがてようやく全員が無事に戻ってくると、わたしは顔面神経痛が発症したような顔で言いました。
「これはおそらく……わたしたちがこれまでに経験した中で最大の試練です」
一〇〇年後の迷宮の第五階層。
その一画で夜ごと行なわれている、狂乱の舞踏会。
この舞踏会の一夜の華にならない限り、わたしたちは先に進めないのです。
ズン、チャッ、チャッ!
◆◇◆
時間はわずかに遡ります。
主要なメンバーが参集したラーラさんの執務室は、地下にも関わらず、人いきれで蒸し暑いほどでした。
「それは……どうにもご苦労なことだったね」
隼人くんから探索の顛末を聞かされたラーラさんは、猫人特有の蛋白石のような瞳孔を拡げ、戸惑いに言葉を濁しました。
迷宮四層を踏破し、一層の一画を占める “ララの自警団” の拠点に帰還を果たしたわたしたちは、泥のような睡眠を摂ったあと、重い頭と足取りで、リーダーであるラーラさんに報告したのです。
「意地悪だね! “時の賢者” の賢者さまはとっても意地悪だね!」
ノームの尼僧 “ジーナ” さんが愛らしい小顔を、憤懣に歪めます。
「……ま、そんだけ苦労して最後の最後のお預けじゃ、その表現が一番しっくりくるだろうね」
ラーラさんが溜息交じりに漏らしました。
「最後にあったのは目眩ましの墓だけで “時の賢者ルーソ” は四層にはいなかった。散々苦労して死人まで出した挙げ句、辿り着いたのはそんな苦い真実だった……ってわけだからね」
「だが本当に死なれて墓の下にいられるより、意地が悪くても生きていてくれる方がありがたい」
ラーラさんの片腕で、鼻から両頬にかけて一文字の傷を持つ疵面の戦士さんが、重々しく言いました。
「ドッジの言うとおりだ。少々疲れてはいるが俺たちはまだ折れてはいない。休息を摂って装備を補充したら、さらに深く潜るつもりだ」
「ああ、“草の根” ならぬ “迷宮” を分けてでも、必ずルーソを見つけ出してやる!」
隼人くんの不撓不屈の言葉に、早乙女くんがバシッ! と掌に拳を打ち付けます。
「石畳を引っぺがしてでもな!」
「あんまり入れ込むな――って言いたいところだけど、この際、個人的な欲求こそが最大の心の支えだろうね」
クスッと理解の微笑を漏らすラーラさん。
鼻息を荒くする早乙女くんに、健気な魔導人形の女性が重なったのでしょう。
「わたしたちには次の第五層――五階の情報が必要です。知っていることがあれば、どんな些細なことでも構いませんから教えてください」
わたしの言葉に、ラーラさんに気の毒げな気配が浮かびました。
「そうしてやりたいのは山々なんだけどね。あたしらもそこまで深くは潜ったことがないのさ。深く潜れば潜るほど “悪魔王” の影響から逃れられるけど、迷宮の魔素も濃くなるからね。
鍛えられた迷宮無頼漢ならともかく、半病人のようなここの連中じゃすぐに魔素に溺れて、運が良くて溺死。悪ければ狂気に憑かれて、そのまま魔物になっちまう。
そもそも連中がどうにか生きながらえているのは、そこの礼拝堂に奉られてる “女神の杖” のお陰だからね」
“悪魔王”、そして “女神の杖” ……。
滅亡に瀕したこの一〇〇年後の世界の最重要のワードですが、今はそれも遠くに聞こえます。
「――あのアヒルの霊媒師はどうなんだい? アイツは迷宮の深部まで足を伸ばして商売をしてるんだろ?」
「確かに七階まで潜って “炎の大王とその奥さん” の夫婦喧嘩を仲裁したっていってたけど……ショーちゃんとは三階で別れたきり、会えてないの」
表情を曇らせたのは田宮さんでした。
アヒルの霊媒師こと “ダック・オブ・ショート” さんは、“狂気の暴走者” こと紫の優しいひとつ目の巨人 “オウンさん” に掛けられた呪いを解くために、さらなる深み六階に向かったのでした。
彼らとは、それきり会えていません。
「わたしたちが知らされているのは、五階が迷宮の “最も危険な遊戯” と呼ばれる階層であることだけです」
それは以前に、ショートさんに笑いながら聞かされた話でした。
話を聞いたときには唖然とし、呆然としたものです。
「滅びた世界の地の底に新たな世界を築こうとすば、そういった場所も生まれてくるもんさね……だけど気をつけな。さっきもいったけど五階なんて深いところの魔素は濃い。住人は半ば魔物になっちまってるよ」
「上等じゃない。そういうところなら前情報がない方が楽しいに決まってる。むしろショートさんもそれがわかってたから、詳しいネタバレしないでくれたんでしょ」
意気も高く述べた安西さんに、全員の視線が集中します。
「な、なに? なにか変なこといった?」
嘆息する五代くんの隣で、戸惑った顔を浮べる安西さん。
まったく『恋ってやつは』です。
「では高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応しましょう。要するに――」
「いつもと同じ出たとこ勝負」
「それです」
苦笑する隼人くんに、ニヤリと不敵な笑いを返します。
「もちろん事前に打てる手はすべて打って、準備は万全に整えます。口糧と飲料水の調達、武具の補充と手入れ、現在入手しているキーアイテムの確認」
「“ヤカン先生” にも、もう一度会っておいた方がよさそうだね」
ラーラさんがわたしの言葉を補足して言いました。
重苦しかった室内の空気を、徐々に探索前の高揚感が上書きしていきます。
「ならば行きましょう。この迷宮の “最も危険な遊戯” ―― “メンフレディのテーマパーク” へ」
お待たせしました。ようやく本編の再開です。
作者多忙のため、しばらく不定期になりますがまたよろしくお願いいたします。
そして次回からエバたちが挑むのは、みんな大好きあの迷宮のテーマパークです。
そして作者多忙のため、しばらく週一の掲載になります
ごめんなさい (´;ω;`) ブワッ







