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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
601/669

ボールルームへようこそ★

「……Shall We Dance」


「……Shall We Dance」


 隼人くんが強ばった表情でわたしの前に立ち、bow()をしました。

 わたしも緊張の面持ちで僧衣(ローブ)の裾を摘まみ、courtesy(お辞儀)を返します。

 隼人くんが差し伸べた手を取った瞬間、舞踏室(ボールルーム)に典雅なワルツが流れ始めました。

 そして――。


 ズン、チャッ、チャッ!


「あーーーーーれーーーーっっっ!!!」


 わたしの頓狂(とんきょう)な悲鳴を乗せて、舞踏室の床が()()()()でカッ飛んでいきました!


「瑞穂ーーーーっ!」


 明後日の方向にやはりカッ飛んでいく隼人くんが、わたしに右手を伸ばしますが、その姿はあっという間に迷宮の闇に消えてしまいました。

 戻ってくるまで魔物に出会わないことを祈るばかりです。


 さ、さすがに……。


「す、少し休ませてください……さすがに死んでしまいますよ」


 床の機動が治まると、わたしはヘナヘナと座り込みました。


「もう見てられない! ――行くよ、忍くん!」


 壁際の花になっていた安西 恋(あんざい れん)さんが、わたしたちの体たらくぶりに業を煮やし、隣りに立つ五代 忍(ごだい しのぶ)くんの手を引きました。

 四股(シコ)でも踏み出さんばかりの安西さんとは対照的に、及びに及び越しの五代くん。


「む、無茶はよせ。幼馴染みで付き合いの長い志摩と枝葉があの有様なんだぞ……」


「あっちが長さなら、こっちは()()よ! 」


 それが言いたかったのか……的な粘質な視線(隼人くんを除く)が突き刺さる中、安西さんはグイグイと彼氏さん(五代くん)を引っ張って、広間の中央に向かいました。


「Shall We Dance!」


「……Shall We Dance」


 courtesyをしてbowをする、安西さんと五代くん。

 手を取ると再び典雅なワルツが流れ始め、身体を密着させ……。


 ズン、チャッ、チャッ!


「あーーーーーれーーーーっっっ!!!」


 超高機動の床に翻弄されて、あけっけなく引き裂かれる恋人たち。


「もーーーーなによこれ!!! 悔しーーーーっ!!!」


 しばらくしてガニ股で戻ってきた安西さんが、四股ならぬ地団駄を踏みました。

 残っているのは……。


「さ、最初に言っておくぞ……幼馴染みで長い付き合いの志摩と枝葉でも、パーティ公認で()()付き合いの五代と安西でもあの有様なんだからな……幼馴染みでも付き合ってもない俺たちでどうこう出来るとは……」


「言い方がなんかいやらしいのよ!」


 幼馴染みでも恋人でもない、早乙女月照(さおとめ つきてる)くんと田宮佐那子(たみや さなこ)さんの直前の会話です。


「Shall We Dance!」


「……Shall We Dance」


 ズン、チャッ、チャッ!


「あーーーーーれーーーーっっっ!!!」


 悲鳴と共に彼方に消えて行く、田宮さんと早乙女くん

 まぁ……お坊さんとお侍さんに、西洋の舞踏(ダンス)は苦しいところでしょう。

 やがてようやく全員が無事に戻ってくると、わたしは顔面神経痛が発症したような顔で言いました。


「これはおそらく……わたしたちがこれまでに経験した中で最大の試練です」


 一〇〇年後の迷宮の第五階層。

 その一画で夜ごと行なわれている、狂乱の舞踏会。

 この舞踏会の一夜の華にならない限り、わたしたちは先に進めないのです。


 ズン、チャッ、チャッ!


 ◆◇◆


 時間はわずかに(さかのぼ)ります。

 

 主要なメンバーが参集したラーラさんの執務室は、地下にも関わらず、人いきれで蒸し暑いほどでした。


「それは……どうにもご苦労なことだったね」


 隼人くんから探索の顛末を聞かされたラーラさんは、猫人(フェルミス)特有の蛋白石(オパール)のような瞳孔を拡げ、戸惑いに言葉を濁しました。

 迷宮四層を踏破し、一層の一画を占める “ララの自警団” の拠点に帰還を果たしたわたしたちは、泥のような睡眠を摂ったあと、重い頭と足取りで、リーダーであるラーラさんに報告したのです。


挿絵(By みてみん)


「意地悪だね! “時の賢者” の賢者さまはとっても意地悪だね!」


 ノームの尼僧 “ジーナ” さんが愛らしい小顔を、憤懣に歪めます。


挿絵(By みてみん)


「……ま、そんだけ苦労して最後の最後の()()()じゃ、その表現が一番しっくりくるだろうね」


 ラーラさんが溜息交じりに漏らしました。


「最後にあったのは目眩まし(フェイク)の墓だけで “時の賢者ルーソ” は四層にはいなかった。散々苦労して死人まで出した挙げ句、辿り着いたのはそんな苦い真実だった……ってわけだからね」


「だが本当に死なれて墓の下にいられるより、意地が悪くても生きていてくれる方がありがたい」


 ラーラさんの片腕で、鼻から両頬にかけて一文字の傷を持つ疵面(しめん)の戦士さんが、重々しく言いました。


「ドッジの言うとおりだ。少々疲れてはいるが俺たちはまだ折れてはいない。休息を摂って装備を補充したら、さらに深く潜るつもりだ」


「ああ、“草の根” ならぬ “迷宮” を分けてでも、必ずルーソを見つけ出してやる!」


 隼人くんの不撓不屈の言葉に、早乙女くんがバシッ! と掌に拳を打ち付けます。


「石畳を引っぺがしてでもな!」


「あんまり入れ込むな――って言いたいところだけど、この際、個人的な欲求こそが最大の心の支えだろうね」


 クスッと理解の微笑を漏らすラーラさん。

 鼻息を荒くする早乙女くんに、健気な魔導人形(マネキン)の女性が重なったのでしょう。


「わたしたちには次の第五層――五階の情報が必要です。知っていることがあれば、どんな些細なことでも構いませんから教えてください」


 わたしの言葉に、ラーラさんに気の毒げな気配が浮かびました。


「そうしてやりたいのは山々なんだけどね。あたしらもそこまで深くは潜ったことがないのさ。深く潜れば潜るほど “悪魔王(メイルフィック)” の影響から逃れられるけど、迷宮の魔素も濃くなるからね。


 鍛えられた迷宮無頼漢ならともかく、半病人のようなここの連中じゃすぐに魔素に溺れて、()()()()()()()。悪ければ狂気に憑かれて、そのまま魔物になっちまう。

 

 そもそも連中がどうにか生きながらえているのは、そこの礼拝堂に奉られてる “女神(ニルダニス)の杖” のお陰だからね」


 “悪魔王”、そして “女神の杖” ……。

 滅亡に瀕したこの一〇〇年後の世界(アカシニア)の最重要のワードですが、今はそれも遠くに聞こえます。


「――あのアヒルの霊媒師はどうなんだい? アイツは迷宮の深部まで足を伸ばして商売をしてるんだろ?」


「確かに七階まで潜って “炎の大王とその奥さん” の夫婦喧嘩を仲裁したっていってたけど……ショーちゃんとは三階で別れたきり、会えてないの」


 表情を曇らせたのは田宮さんでした。

 アヒルの霊媒師こと “ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” さんは、“狂気の暴走者(マッド・スタンピード)” こと紫の優しいひとつ目の巨人 “オウンさん” に掛けられた呪いを解くために、さらなる深み六階に向かったのでした。

 彼らとは、それきり会えていません。


「わたしたちが知らされているのは、五階が迷宮の “最も危険な遊戯” と呼ばれる階層(フロア)であることだけです」


 それは以前に、ショートさんに笑いながら聞かされた話でした。

 話を聞いたときには唖然とし、呆然としたものです。


「滅びた世界の地の底に新たな世界を築こうとすば、そういった場所も生まれてくるもんさね……だけど気をつけな。さっきもいったけど五階なんて深いところの魔素は濃い。住人は半ば魔物になっちまってるよ」


「上等じゃない。そういうところなら前情報がない方が楽しいに決まってる。むしろショートさんもそれがわかってたから、詳しいネタバレしないでくれたんでしょ」


 意気も高く述べた安西さんに、全員の視線が集中します。


「な、なに? なにか変なこといった?」


 嘆息する五代くんの隣で、戸惑った顔を浮べる安西さん。

 まったく『恋ってやつは』です。


「では高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応しましょう。要するに――」


「いつもと同じ出たとこ勝負」


「それです」


 苦笑する隼人くんに、ニヤリと不敵な笑いを返します。


「もちろん事前に打てる手はすべて打って、準備は万全に整えます。口糧と飲料水の調達、武具の補充と手入れ、現在入手しているキーアイテム(パスポート)の確認」


「“ヤカン先生” にも、もう一度会っておいた方がよさそうだね」


 ラーラさんがわたしの言葉を補足して言いました。

 重苦しかった室内の空気を、徐々に探索前の高揚感が上書きしていきます。


「ならば行きましょう。この迷宮の “最も危険な遊戯” ―― “メンフレディのテーマパーク” へ」



お待たせしました。ようやく本編の再開です。

作者多忙のため、しばらく不定期になりますがまたよろしくお願いいたします。

そして次回からエバたちが挑むのは、みんな大好きあの()()()()()()()()()です。


そして作者多忙のため、しばらく週一の掲載になります

ごめんなさい (´;ω;`) ブワッ

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― 新着の感想 ―
[一言] 連載再開、待ってました。 いきなりダンスは無理でしょうw 壁の花になる、とかじゃ駄目なんですかwww
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