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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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ポケットの中のビスケット

「開いたぞ!」


 疵面(しめん)の戦士ドッジが、石塊(いしくれ)を抱え上げた直後に叫んだ。

 “永光コンティニュアル・ライト” を受けて輝く諸肌(もろはだ)の先で、人の身の丈を遙かに超える瓦礫の山にポッカリとした穴が生まれていた。

 かつては天井の一部だった岩の塊を投げ捨てるやドッジは穴を覗き込み、漂い出る()え澱んだ空気に、うっ!と顔をしかめた。


「聖女さまたちは見えるかい!?」


 同様に肌も露わに作業に当たっていたラーラ・ララが、猫人族(フェルミス) 兼 マスター忍者の身ごなしで小石ひとつ崩さずに駆け上ってくる。

 “ララ自警団” のリーダーとその腹心が陣頭に立っての突貫作業。

 三昼夜にわたる労苦が報われるか否かはこの先数メートルに閉じ込められている、エバ・ライスライトら五人の生死に掛かっている。


「見えるが――みんな倒れ込んでる!」


「おい、ライスライト! 生きてるんだろ、返事しな!」


 ラーラは穴から半没した玄室を覗き込み、倒れ伏す白い僧服の少女に呼びかけた。

 ジーナ(僧侶)の “探霊(ディティクト・ソウル)” で息があることまでは判っていたが、それとてギリギリである。

 瓦礫の先から、ただ助けを求める合図を響かせるだけなのは、動けるだけの余力がないからだ。

 傷を負っているのか、あるいは食料や水が尽きてしまったのか。

 別の帰路を探す力が残っていないのだ。

 事態は一刻どころか一秒を争う。

 今生きていても、一時間後に生きているかは判らない。

 その証拠にライスライトからの返事がない。


「馬力をかけな! でも焦って崩すんじゃないよ! 今さら最後の詰めを誤るような阿呆に用はないよ!」


 リーダーの発破に、作業に当たる自警団たちのギアが上がる。

 リレーで次々に瓦礫を退けて、人間の頭大だった穴を瞬く間に人ひとりがどうにか潜り込める大きさにまで拡げた。


「慌てちゃ駄目! 慌てちゃ駄目! いま“神璧(グレイト・ウォール)” で固めるから、中に入るのはそれからそれから!」


 ノームの僧侶(プリーステス)であるジーナがそういって、焦る仲間を押しとどめた。

 そして護りの加護で瓦礫を補強すると、いの一番に埋没する玄室に飛び込でいく。

 ホビットと並ぶ小兵だが、回復役(ヒーラー)としての責任感と胆力は自警団の中でも際立ち、大きな信頼を勝ち得ている。


「どうだい!?」


「まだ生きてる!」


「すぐに癒やしの加護を!」


「それよりもお水! お水! みんな渇き死にする寸前!」


「水だ! ありったけ持ってきな!」


 矢継ぎ早にジーナとやり取りするや、ラーラは部下に向かって怒鳴った。

 さらに自らも玄室に降り立つ。

 すぐに暗闇を見透すラーラの瞳が、玄室に隅に垂れ下がる千切れた縄梯子の残骸を見て取った。

 ライスライトたちはやはり、引き返したくても引き返せなかったのである。


◆◇◆


「連中の様子はどうだい?」


「水をたらふく飲ませたあとに “神癒(ゴッド・ヒール)” を掛けたんだから、大丈夫! ……と言いたいとこだけど、身体よりも心の方が疲労困憊だよ、あの子たち」


 間一髪の救出劇から、一夜が明けて。

 ラーラは自身の執務室で、五人の治療に当たったジーナから報告を受けていた。

 人間用の腰掛けに飛び乗り、浮いた足をブラブラさせているノームの少女の顔色は冴えない。  


「もう目は覚ましたんだろう?」


「うん。お水のあとは睡眠。そして睡眠のあとにはご飯と、“食人鬼(オーガ)” もびっくりの食欲でかっ喰らってたよ」


「食い物を腹に収められるなら問題はないだろう」


「それがそうでもないんだよね~。聖女さまだけは食事もしないで目が覚めるなり “杖の間” に籠もっちゃったし。なんか歪だよ、あのパーティ」


 ジーナはレベル11の僧侶(プリーステス)で、“ララの自警団” 随一の癒やし手(ヒーラー)である。

 同じ女神(ニルダニス)に帰依する者としてエバには、尊敬と憧憬の混じった想いを抱いているのだが……それだけにパーティ内での聖女の()使()には一言どころか、二言三言、いやそれ以上いいたくなる。

 

「聖女さまにおんぶに抱っこ。しかも灰になった仲間の蘇生までやらせるなんてさ。少しは労ってさしあげなっていうのよ」


「どこでも能力のある人間のところに仕事が集まっちまうからね。他の連中も決して無能ってわけじゃないんだけど」


 ボリボリと頭を掻くラーラ。

 無能どころかエバのパーティメンたちは誰もが、探索者として類い希なる才能を持っている。

 リーダーの志摩隼人からして、潜在能力(ボーナスポイント) は人類としての最大値である60であり、勇者の聖寵まで授かっている。

 他のメンバーも隼人に見劣りしない才能を持つ。

 そんな隼人たちが戦力的にも精神的にも頼り切りになってしまうほど、聖女エバの才能と経験は傑出していた。

 冗談でも誇張でもなくあの若さで過去に数回、世界を救っている英雄なのだ。


「パーティってのはひとりが突出して強くても、また問題でね」


「あたいなら、あんなパーティはごめんだな」


 ジーナも自警団では数少ない癒やし手として、多くの重責を担ってきた。

 しかし彼女だけが責任を負いすぎないよう、ラーラが取り計らってくれてもいた。

 ジーナが嘆願できる蘇生の加護は聖職者系第五位階の “祈命” のみであり、これは第七位階の “魂還” よりも成功率が低い。

 かなりの頻度で失敗し対象者を “灰” にしてしまうため、“火葬” の加護と呼ばれるほどだ。

 ジーナはこれまでに、何度もその加護を使ってきた。

 使わざるを得なかった。

 滅亡寸前の人類には、これ以上同胞を減らす余裕などなかったからだ。


 だがそんな中でも、ラーラはジーナを気遣ってくれてきた。

 死者がでたときにはそれが誰であろうと、


『こいつはもう死んだ。また目を覚ませるかどうかは衣嚢(ポケット)の中のビスケット次第だ。ビスケットがあれば生き返れる。なければ死んだままだ。そして衣嚢にビスケットがある奴なんて滅多にいないんだ』

 

 そういって、誰にも期待は持たせなかった。

 死んだ人間は死んだものとして肝に銘じさせた。

 すでに死んだもの。

 生き返れば望外の幸運。

 周知徹底させることで、ジーナの負担を少しでも軽減してくれた。

 それでも蘇生に失敗するたびに、ジーナの心には十字架が刻まれた。


「絶対に失敗が許されない蘇生なんて……あたいにはとても無理だよ」


 エバ・ライスライトが生き返らせなければならないのは、パーティの仲間であり、友人であり、友人の想い人である。

 失敗すればたとえ口に出して非難されずとも、パーティは瓦解する。

 そうなれば “時の賢者” の捜索も頓挫し、元の時代への帰還も叶わなくなる。

 ここで共に魔族の襲撃に怯えながら、滅亡の日を待つことになる。

 その重圧ときたら、ジーナの比ではない。


「初めての蘇生がこんなだなんて……聖女さまが可哀想すぎる」


「だから目が覚めるなり “杖の間” に籠もったんだろう。食も水も絶って一心不乱に祈りを捧げて精神を研ぎ澄ませる。水が潤沢なら水垢離(ごり)だってしたいだろうさ」


 できることなら助けてやりたい。

 協力できるなら、どんな馬鹿げた頼みでも喜んで手を貸す。

 だがこれは、聖女の代わりに運命の女神の横面を張り飛ばしてやりたくなるほど、どこまでも孤独な仕事だった。


「最も困難な戦いは、人を信じ続けること……か」


「なにそれ?」


「昔マンマが言ってたことさ。今、ふと思い出してね」


 結局、それしかないのだ。

 エバ・ライスライトを信じて、彼女の成功を祈るしか。

 しかし信じれば期待に繋がり、期待は失望へと変わる……。

 

(この世界に、聖女さまのビスケットはないのさね……)


 “杖の間” の扉を開いたのは、さらに一夜が明けてからだった。

 禊ぎを終えた聖女により、五代忍を呼び戻すための“魂還の儀式”が執り行われる。



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