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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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言伝

「女王に女神(ニルダニス)からの言伝があります」


 西方アカシニア人の特徴を色濃く引く少女が、表情を引き締めて告げた。

 アッシュロードもガブリエルも身を硬くした。

 女神が聖典にも記される伝説の聖女を、メッセンジャーとして遣わすほどの伝言。

 この際、女王(マグダラ)本人に直接伝えない()()()()()などは無視だ。


「かつて世界を滅ぼしかけた厄災が目覚め胎動を始めている。“災禍の中心ハート・オブ・メイルシュトローム” は時宜を得た。(あるじ)の波動は眷属たちを昂ぶらせ、さらなる闇と手を結ばせた。世界もまた目覚めなければならない。人もまた目覚めなければならない。女王の善処を望む――以上です」


「そいつはまた……大層な言伝だ」


 たっぷりと困惑の間を置いて、アッシュロードは答えた。

 言葉面だけとらえれば何を言っているのか、チンプンカンプン。

 回りくどく、要領を得ず、抽象的で、咄嗟に理解できたのは最後の文言のみ。

 これでマグダラは、何をどう善処すればよいというのだ?


「女神の言葉はいつだって抽象的よ。受け取る側が考えて、自ら答えを出さなければならない。そうでなければわたしたちは神々の駒になってしまうわ」


「ガブリエルの言うとおりです。女神はあなた方が盲目の羊になることを望まれてはいません。牧童にも牧羊犬にも頼らない、賢き羊になることを望んでおられます」


(それにしたってもう少し労りってもんがあってもいいと思うぜ、おっ母さん)


 それでもアッシュロードは胸の内で、不敬な呟きを漏らした。

 賢者たちの間では、女神(ニルダニス)は遙か高次元に存在する宇宙的規模の集合意識中でも、特に母性が強い部位だと考えられている。

 他の諸神が知らんぷりを決め込んでいることを思えば、アッシュロードの()()()は母親への甘えというものだろう。

 アッシュロード自身もそれがわかっているので、口には出さない。

 出さないが……である。


メッセージ(リドル)は後回しだ。ここで答えが解っても何も出来ねえ。謎解きはマグダラに任せよう。あいつは正真正銘の賢者だ」


 自分はメッセンジャーのメッセンジャー。

 このどことも知れぬ迷宮から脱して女王の元に帰り着くのが、自分の役目だ。

 アッシュロードは賢明な羊として判断を下した。


「俺をこんなところに連れ込んだのは、その厄災とかなのか?」


 メリアが頭を振る。


「最も強大な悪意が滅びをもたらすとは限りません。時には極々小さな害意が世界の根幹を揺るがすことがあります。目覚めた厄災、昂ぶり呼応する眷属、それらと手を結んださらなる闇。あなたは当代の運命の騎士として立ち向かわなければならない。ですが一個の人でもあります。小さな害意にこそ、あなたの背中に刃を突き付ける。盲目の羊に充分に気をつけてください」


「確かにアッシュロードは様々な悪意に囲まれている。でも心配はいらない。わたしが守るから」


熾天使(セラフ)のあなたが守護天使になってくれたのは、女神としても喜ばしく心強い思いでしょう」


「……ありがたいと思ってる」


「ガブリエルの言ったとおり、あなたは様々な悪意に囲まれています。ですがそれに負けない善意にも守られています。今はなにより早くその元に還ることです」


「この指輪、外せねえのか?」


 仲間の元に還るように促されたアッシュロードは、左手をメリアに差し出した。

 先ほどの “神癒(ゴッド・ヒール)” で血の気が戻っていた指先が、もう氷のように冷え冷えとしている。


「申し訳ありません。わたしはここに生前の姿で遣わされています。呪われた魔道具(マジックアイテム)の解呪 は高レベルの司教(ビショップ)の権能。僧侶(プリーステス)のわたしには与えられていないのです」


 メリアはすまなそうに詫びた。


「そうか。なに元気にしてくれただけでも大助かりだ」


「ロード・アッシュロード。あなたはこれまで棘の道を歩んでこられました。そしてこれからも歩んで行くでしょう。でも憩いの場所は必ず用意されています。わたしが辿り着けたように、あなたもきっと辿り着けるでしょう。その場所に向かって彼女も――あなたの聖女も歩き続けています。どうぞご武運を」


「俺は……またアイツに会えるのか?」


「必ず」


 それは未来を見透す女神の僕としてではなく、目を見開き牧童の手から離れた羊、人間としての言葉だった。

 そして先代の聖女は、当代の運命の騎士に向かって、恭しく頭を垂れた。

 メリアの身体が徐々に光の粒子に分解されていく。

 昇天の時間がきたようだ。

 

「最後に、これはあなたへの個人的な言伝です。ロード・アッシュロード」


「個人的……?」


「あまり女性を惑わさぬように――と」


 絶句するアッシュロードに、クスッと悪戯っぽく笑うメリア。


「ある方から言付かって参りました。あなたを見守り続けてきた、あなたの最も近しかった方です」


「……貴理子……」


 アッシュロード口から自然とその名前が零れた。


「お別れです、ロード・アッシュロード。あなたが早く憩えるように。あなたの聖女と再会できるように祈っています」


 メリアは微笑み、わずかな再誕を終えた。

 迷宮に暗闇と静寂が戻る。

 残されたふたりはしばしの間、無言でたたずんでいた。

 沈黙を破ったのは男だった。


「ガブ、俺が何者なのか知っているなら教えてくれ」


 メリアの消えた闇を凝視しながら、アッシュロードが訊ねた。



スピンオフ

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― 新着の感想 ―
[一言] 貴理子からの伝言、良かったです。 まあその前に「あまり女性を惑わさぬように」という忠告を読んだ時は、無茶言うなと思いましたがw
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