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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
572/669

推しの子

 ドタドタドタ!

 ドタドタドタ!

 ドタドタドタバタ!


「きゃーっ!」


(まるで転職(クラスチェンジ)直後の探索者だ!)


 目の前で亡霊に追いかけ回されるドワーフのガブリエルを見て、アッシュロードは歯ぎしりした。

 転職は探索者の心身に、大きな負荷をかける。

 それまでの職業(クラス )で培った筋力や知力などの能力(ステータス)が、別の職業では(かせ)となることが多い。

 戦士ファイターで身につけた筋骨隆々の体躯が、俊敏な動作が要求される盗賊(シーフ) にはかえって制約になり、魔術師(メイジ)で得た深い知識は僧侶(プリースト)に必要な敬虔な信仰心と相容れない。


 転職では身体に染みついたそれら()()()()を、訓練場内にある時間軸の固定された道場(空間)で矯正する。これは “龍の文鎮(岩山の迷宮)” の隠者ポトルが自らの領域(テリトリー)に施したのと同種の魔術だ。

 矯正に要する期間は実に五年にも及び、過酷な再訓練によって能力はすべて種族の基本値まで低下する。

 転職希望者が高齢の場合は修行に絶えきれず、老衰死してしまうことすらあった。

 再訓練を終えて元の時間軸に戻ったとしても、五年分の老化と能力値の低下。

 さらにはレベル1(駆け出し)から腕を磨き直さなければならない労苦が待っている。


 ()()の転職でさえ、この厳しさである。

 ガブリエルの場合は肉体そのものまで変化している。


(――いや、だからこそ幸運なのでは? 生まれ変わったばかりのあいつが、ここで “貴族の亡霊(トモダチ)” と遭遇したのは?)


 “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” では転職直後の探索者は()を取り戻すために、“貴族の亡霊” に遭いに行くのが常だった。

 攻撃力が低く打たれ強い “貴族の亡霊” は転職者にとって恰好の稽古相手であり、再度のレベル上げに最適な魔物だった。

 出現する階層(フロア)も利便性のよい第一層。

 紫衣の魔女が狂王のために、探索者の育成に手を貸していると言われる所以(ゆえん)だ。

 その恰好の相手と遭遇できたのはガブリエルにとって、望外の幸運なのでは?


(あいつは自分を熟練者(マスタークラス)盗賊(シーフ) だと言った。だとするなら魔道具(マジックアイテム)を使った転職に近いのか!?)


 迷宮の深層で発見される宝の中には、現在では製法技術の失われた古代魔導王国の遺物(アーティファクト)がある。

 “盗賊の短刀(シーブズ・ダガー)”、“蝶飾りのナイフ(バタフライナイフ)”、“転生の金貨” など、各職業の達人たちの精髄が封じられたこれらの品の秘めたる力(スペシャルパワー)を解放すれば、力量(レベル)戒律(アライメント)能力値(ステータス)をそのままに()()することが可能だった。


(ガブがレベル1ではなくレベル13の熟練者に生まれ変わったのなら、魔道具を使った転生に近いのか!? それならまだ神経が繋がってねえだけで、レベル上げの必要はねえ!)


 新しい身体に戸惑っているだけで、筋力も敏捷度も落ちてはいない。

 神経が繋がれば熟練者の動きになるはずだ。

 

「ガブ!」


「な、なに!? いま忙しいの!」


「そいつの攻撃力はドラムを叩くようなもんだ、構わずにぶん殴れ!」


「で、でも届かないのよ!」


「踏み込め! 掻い潜れ! 刺し違えろ!」


「えーっ!?」


「『えーっ!?』じゃねえ! いいからやれ! 傷は俺が治してやる!」


 アッシュロードの叱咤()()にガブリエルは逃げ回るのをやめて、おっかなびっくり “貴族の亡霊” に向き直った。

 覚悟を決めると左右の手に短刀(ダガー)を煌めかせ、亡霊に向かって踏み込む。

 

 スカッ!

 スカッ!

 ポコペンッ!


 ガブリエル攻撃は左右ともにミス。

 亡霊の攻撃は、殴りやすそうな高さのガブリエルの頭にヒット。


「コミックバンドかよ!」


「痛~い! タンコブが出来てしまったわ!」


「いいから、もう一度だ! おめえの生命力(ヒットポイント)なら四〇発は耐えられる!」


「そんなに痛いのは楽しくないわ~」


 繰り広げられる喜劇的戦闘に、アッシュロードは発狂しそうだった。

 しかし原因も意味もすべてが不明なこの危地から脱するには、眼前で七転八倒するコミックバンドを推すしかない。


「ガブ、おめえなら出来る! ()()()()()()()()()使()()()()!」


 これぞ迷宮ジゴロの殺し文句。

 才媛の受付嬢がいたら、超ズルいエルフの僧侶(プリーステス)がいたら、女神の愛娘たる聖女がいたら、またも繰り返された光景にぶち切れていただろう。

 それだけに効果は覿面(てきめん)だった。

 スイッチが入り、全身の神経が繋がり、天使に宿る盗賊の精髄が目覚める。


 ゴロゴロゴロゴロゴロ! ――シュパッ、シュパッ!


 駆ける数倍の速さで転がり亡霊の攻撃を回避し、懐に飛び込むや否や左右の短刀で(おぼら)な身体を切り裂く。

 亡霊から反撃を受ける前に再び、ゴロゴロゴロゴロゴロ! と急速離脱。


「よし!」


 素早い前転からの一撃離脱ヒット・アンド・アウェイ

 丸っこい身体を最大限に活かした見事?な立ち回りに、アッシュロードの拳に力が籠もる。

 確かな声援と熱い視線に、新生ガブリエルは覚醒した。

 これこそ通常の “転職” と、能力を維持したままクラスチェンジする “転生” の違いだった。

 

「Murrrrrrphyyyyyyyーーーー!!!!」


 響き渡る断末魔の絶叫。

 (なます)に刻まれた “貴族の亡霊” が、今回の生命力を全て失い消滅する。

 玄室に静寂が戻った。


「やったわ、アッシュロード!」


 短刀を腰の鞘に戻すと、ガブリエルが屈託なく駆け寄ってきた。

 散々ドタバタしたが終わってみれば、フクフクの圧勝だった。


「ああ、よくやった。上出来だ」


 アッシュロードは触れないように丁寧に、ガブリエルの頭頂部にできた大きな瘤に手をかざした。

  “小癒(ライトキュア)” の柔らかな輝きが、守護天使の心地よさ気な笑顔を照らす。

 なんともまろやかな推しの子ではないか。



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― 新着の感想 ―
[一言] このガブの場合、短剣で攻撃するよりも、スーパー頭突きやローリングアタックのほうがダメージ与えられると思いますw
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