推しの子
ドタドタドタ!
ドタドタドタ!
ドタドタドタバタ!
「きゃーっ!」
(まるで転職直後の探索者だ!)
目の前で亡霊に追いかけ回されるドワーフのガブリエルを見て、アッシュロードは歯ぎしりした。
転職は探索者の心身に、大きな負荷をかける。
それまでの職業で培った筋力や知力などの能力が、別の職業では枷となることが多い。
戦士で身につけた筋骨隆々の体躯が、俊敏な動作が要求される盗賊 にはかえって制約になり、魔術師で得た深い知識は僧侶に必要な敬虔な信仰心と相容れない。
転職では身体に染みついたそれら前職の癖を、訓練場内にある時間軸の固定された道場で矯正する。これは “龍の文鎮” の隠者ポトルが自らの領域に施したのと同種の魔術だ。
矯正に要する期間は実に五年にも及び、過酷な再訓練によって能力はすべて種族の基本値まで低下する。
転職希望者が高齢の場合は修行に絶えきれず、老衰死してしまうことすらあった。
再訓練を終えて元の時間軸に戻ったとしても、五年分の老化と能力値の低下。
さらにはレベル1から腕を磨き直さなければならない労苦が待っている。
通常の転職でさえ、この厳しさである。
ガブリエルの場合は肉体そのものまで変化している。
(――いや、だからこそ幸運なのでは? 生まれ変わったばかりのあいつが、ここで “貴族の亡霊” と遭遇したのは?)
“紫衣の魔女の迷宮” では転職直後の探索者は勘を取り戻すために、“貴族の亡霊” に遭いに行くのが常だった。
攻撃力が低く打たれ強い “貴族の亡霊” は転職者にとって恰好の稽古相手であり、再度のレベル上げに最適な魔物だった。
出現する階層も利便性のよい第一層。
紫衣の魔女が狂王のために、探索者の育成に手を貸していると言われる所以だ。
その恰好の相手と遭遇できたのはガブリエルにとって、望外の幸運なのでは?
(あいつは自分を熟練者の盗賊 だと言った。だとするなら魔道具を使った転職に近いのか!?)
迷宮の深層で発見される宝の中には、現在では製法技術の失われた古代魔導王国の遺物がある。
“盗賊の短刀”、“蝶飾りのナイフ”、“転生の金貨” など、各職業の達人たちの精髄が封じられたこれらの品の秘めたる力を解放すれば、力量や戒律、能力値をそのままに転生することが可能だった。
(ガブがレベル1ではなくレベル13の熟練者に生まれ変わったのなら、魔道具を使った転生に近いのか!? それならまだ神経が繋がってねえだけで、レベル上げの必要はねえ!)
新しい身体に戸惑っているだけで、筋力も敏捷度も落ちてはいない。
神経が繋がれば熟練者の動きになるはずだ。
「ガブ!」
「な、なに!? いま忙しいの!」
「そいつの攻撃力はドラムを叩くようなもんだ、構わずにぶん殴れ!」
「で、でも届かないのよ!」
「踏み込め! 掻い潜れ! 刺し違えろ!」
「えーっ!?」
「『えーっ!?』じゃねえ! いいからやれ! 傷は俺が治してやる!」
アッシュロードの叱咤怒号にガブリエルは逃げ回るのをやめて、おっかなびっくり “貴族の亡霊” に向き直った。
覚悟を決めると左右の手に短刀を煌めかせ、亡霊に向かって踏み込む。
スカッ!
スカッ!
ポコペンッ!
ガブリエル攻撃は左右ともにミス。
亡霊の攻撃は、殴りやすそうな高さのガブリエルの頭にヒット。
「コミックバンドかよ!」
「痛~い! タンコブが出来てしまったわ!」
「いいから、もう一度だ! おめえの生命力なら四〇発は耐えられる!」
「そんなに痛いのは楽しくないわ~」
繰り広げられる喜劇的戦闘に、アッシュロードは発狂しそうだった。
しかし原因も意味もすべてが不明なこの危地から脱するには、眼前で七転八倒するコミックバンドを推すしかない。
「ガブ、おめえなら出来る! おめえは俺の守護天使だろう!」
これぞ迷宮ジゴロの殺し文句。
才媛の受付嬢がいたら、超ズルいエルフの僧侶がいたら、女神の愛娘たる聖女がいたら、またも繰り返された光景にぶち切れていただろう。
それだけに効果は覿面だった。
スイッチが入り、全身の神経が繋がり、天使に宿る盗賊の精髄が目覚める。
ゴロゴロゴロゴロゴロ! ――シュパッ、シュパッ!
駆ける数倍の速さで転がり亡霊の攻撃を回避し、懐に飛び込むや否や左右の短刀で朧な身体を切り裂く。
亡霊から反撃を受ける前に再び、ゴロゴロゴロゴロゴロ! と急速離脱。
「よし!」
素早い前転からの一撃離脱。
丸っこい身体を最大限に活かした見事?な立ち回りに、アッシュロードの拳に力が籠もる。
確かな声援と熱い視線に、新生ガブリエルは覚醒した。
これこそ通常の “転職” と、能力を維持したままクラスチェンジする “転生” の違いだった。
「Murrrrrrphyyyyyyyーーーー!!!!」
響き渡る断末魔の絶叫。
膾に刻まれた “貴族の亡霊” が、今回の生命力を全て失い消滅する。
玄室に静寂が戻った。
「やったわ、アッシュロード!」
短刀を腰の鞘に戻すと、ガブリエルが屈託なく駆け寄ってきた。
散々ドタバタしたが終わってみれば、フクフクの圧勝だった。
「ああ、よくやった。上出来だ」
アッシュロードは触れないように丁寧に、ガブリエルの頭頂部にできた大きな瘤に手をかざした。
“小癒” の柔らかな輝きが、守護天使の心地よさ気な笑顔を照らす。
なんともまろやかな推しの子ではないか。







