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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
563/669

絶句★

防護巡洋艦『畝傍(うねび)艦』ノ証


風雲急ヲ告ゲル対外情勢ニ鑑ミ、明治一九年一二月三日新嘉坡(シンガポール)を出航

本国ヘノ回航ヲ急グモ、南シナ海ニテ大嵐ニ遭遇ス

乗組員全員意識ヲ失ウ

気ガツケバ、コノ迷宮ニ囚ワレテイタ


水モ食料モ尽キル

狂気ガ忍ビヨル

黄金ノ幻ヲ見ル

仏蘭西人、亜剌比亜人ノ離叛相次グ

日本人孤立ス


我ラ還ルコト能ワズ

我ラ生キルコト能ワズ

祖国ノ行ク末ヲ案ジツツ、軍人トシテ名誉アル最期ヲ選ブ

日本国ヨ永遠ナレ

天皇陛下、万歳

大日本帝国、万歳

サラバ


大日本帝国海軍大尉 飯牟礼俊位(いいむろとしたか)



「……なんだ、これは……」


 苔の下から現れた傷文字を読み、絶句する隼人くん。


「どうしたの?」


隠し扉(シークレット・ドア)か?」


 異変に気づいた田宮さんと早乙女くんが、駆け寄ってきます。

 少し離れた壁際に座り込んでいた安西さんも、顔を上げました。


「もっとずっと驚くべきものです。そこの壁を見てみてください」


 わたしは一歩下がり、ふたりのために場所を空けました。

 隼人くんも(なら)います。

 壁に刻まれた文字を判読するうちに、ふたりの顔色が変わっていきます。

 田宮さんは驚愕に。

 早乙女くんは困惑に。


「な、なによ、これ……」


 期せずして田宮さんの口から、隼人くんと同じ呟きが漏れました。


「畝傍……なんて読むんだ、これ?」


畝傍(うねび)だ。奈良県にある小山だ」


「小山ですが万葉集にも詠まれている名勝です」


 隼人くんの説明に付け足します。

 前の世界では隼人くんは歴史が、わたしは古典が好きだったのです。


「この(ふね)は、その小山から名付けられた……防護巡洋艦『畝傍艦』。日清戦争の前にフランスに発注され完成後にシンガポールまで回航されたが、日本に向けて出港後、南シナ海で行方不明になった。」


「ちょっとまて! ちょっとまてって! 意味わかんね! なんでそんな(ふね)の名前がこんな地下迷宮の壁に彫られてるんだよ!?」


「だから同じなんでしょ……突然訳も分からないまま、この世界(アカシニア)に飛ばされてきたわたしたちと……」


 田宮さんの言葉に今度こそ状況を理解する早乙女くん。

 血が噴き出てくるほどに無念の滲む文言に圧倒され、言葉を失います。


「いえ、同じではありません」


「……どういうこと?」


 否定するわたしに田宮さんが、訝しげな視線を向けます。


「わたしたちは純然たる自然現象によってこの世界にきました――ええ、そうです。

この世界の魔法では人為的な “異世界転移” は不可能だからです」


「そ、そうだ! 初めて会ったとき、確かマグダラ女王もそんなことを言ってた!」


 早乙女くんが大きな拳で大きな掌を打ちます。

 わたしはうなずき、言葉を続けます。


「ですがそれが可能な人間――いえ、場所が存在するのです」


「迷宮……ね」


「はい」


 田宮さんの()()()に、わたしは再びうなずきました。


「迷宮はこの世界(アカシニア)(ことわり)から外れた場所です。時間と空間が歪んでいることがその証左です。思うに迷宮それ自体が何かしらの装置、あるいは魔方陣のような働きをもっているのではないでしょうか?」


「魔方陣? 迷宮なら人為的な “異世界転移” が可能になるということか?」


「そうです――迷宮には “(サムライ)” や “忍者(ニンジャ)” がいますが、彼らは迷宮支配者(ダンジョンマスター)の力で遙か東方の島国 “蓬莱(ほうらい)” から召喚された人たちです。規模は大きいですが単なる “転移” であって、異なる世界から連れてこられたわけではありません。


 ですがわたしは “龍の文鎮(岩山の迷宮)” で、本物の “(サムライ)” に会っています。

 その人は紛れもなく幕末の日本からきた剣豪でした。

 アッシュロードさんやドーラさんは、中世期の “十字軍” とも遭遇しています。


 迷宮支配者の “真龍(ラージブレス)” に召喚されたのです」


「だが世界蛇(ワールドワーム)ともなれば、それぐらいの力はあるんじゃないか?」


 隼人くんの意見に(かぶり)を振ります。


「いえ世界を司る存在からこそ、世界の理のから外れることはないのです。“真龍”が三十郎さんや十字軍を召喚できたのは、迷宮だったからと考えるのが最も自然です」


「まって、それじゃわたしたちが倒してきた盗賊たちって!」


「ええ、おそらくこの畝傍の乗組員だった人たちでしょう……この迷宮の支配者は、わたしたちの想像を遙かに超えて邪悪です。連れてくるだけ連れてきてあとは狂うに任せた」


「むしろ積極的に狂気に導いた気配すらある――ここを見ろ。『黄金ノ幻ヲ見ル』とある。欲望を刺激して、正気を失わせたのかもしれない」


「水も食料も尽きて、あるのは絶望だけ。そんな時に “黄金の幻” 見せるだなんて、どこまで人間を愚弄しているのよ」


「偽りの希望としてこれほどの相応しいものはないでしょう。そして最低限の武器と防具だけを与えられた彼らは狂気を糧に、金塊貯蔵庫へ続く隧道(トンネル)を掘った」


「なんて野郎だ!」


 憤りが場を支配します。


「――だがこれは示唆だ。迷宮なら “異世界転移” が可能というな」


 重苦しい空気を払うように、隼人くんが力強く言いました。


「そうか! 連れてくることが出来るなら、還ることだって!」


「そうよ! そのとおりだわ!」


 早乙女くんと田宮さんの表情にも活力が戻ります。


「瑞穂はどう思う?」


 隼人くんがわたしを見ます。

 突き刺さるほど真剣な眼差しが、わたしを捉えて放しません。


「あるいは……そうかもしれません。絶望も希望も、迷宮はあらゆる望みを受け入れてくれる場所なのかも」


 わたしの抽象的な返事に、隼人くんが何かを言いかけたときでした。

 視界の片隅で動く物がありました。


挿絵(By みてみん)


遭遇(エンカウント) !」


 歪んだ時空のなせる業。

 今の今まで安全だった玄室に、突然現れる脅威。

 これが迷宮です!


「“憑屍鬼(ワイト)”×8!」


 叫ぶなり魔法の戦棍(メイス)を一閃させ、封じられている“神璧(グレイト・ウォール)” の加護を解放。

 燐光を帯びた不死属(アンデッド)の不浄な手からパーティを守ります。

 

「“憑屍鬼” なら麻痺(パラライズ)にさえ気をつければ――」


 戦棍と盾を構える早乙女くんの言葉に、ゾクリ……! とした悪寒が走りました。


「いえ! もっと強い負の波動を感じます! おそらく吸精(エナジードレイン) もあります!」


 数多の不死属と(まみ)えてきた聖職者の直感が、わたしを叫ばせていました。


「げっ!?」 


(なんです、この強い無念――怨念は!? とても“憑屍鬼” のものでは――)


 そしてわたしは、ハッと気づかされたのです。

 立ち塞がる不死属から放射される、強烈な波動の正体に。


「飯牟礼俊位……大尉」


 壁に刻まれた傷文字の名前が、口から零れます。

 にじり寄る八体の “憑屍鬼” は巡洋艦『畝傍』の、日本人回航員だったのです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界転移なんて、やられたほうにしたらたまったものじゃないんですよね。 拉致に等しいですから。 ましてや、船ごとの転移、さぞや無念だったでしょうね。 ご冥福をお祈りします。
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