第四の区域
内壁にポッカリと開いた “悪魔の口” を再び潜って、樹林地帯を後にしました。
枯れ朽ち、迷宮の闇に幽鬼のように林立する白骨樹林。
誰も振り返る人はいません。
五人全員が口元を引き締め、黙々と歩を進めます。
特にわたしの前を行く背中は、鬼気迫っていました。
安西さんは容量一杯まで膨らんだ背嚢を背負い、杖を支えに、過重に耐えながら進んでいます。
背嚢に目一杯まで詰め込まれた、五代 忍くん……。
灰化は……肉体が燃え尽きた状態ではありません。
肉体が同体積の灰に変質してしまう現象です。
ですから比重の関係で多少は軽くなっているとはいっても、体力に劣る魔術師 の安西さんが背負える重さではありません。
でも今はその重さこそが、彼女を支えているのです。
彼女を奮い立たせ、絶対の生還を決意させているのです。
先頭を行く隼人くんが立ち止まり、隊列が停止しました。
「どっちに行くの?」
二番手に就く田宮さんが訊ねます。
進めるのは、北と西の二方向。
北には樹林地帯に入る前に隼人くんが、『広間があるなら調べてみたい』といった空間が広がっていて、西には一ブロック幅の回廊が伸びています。
わたしたちは西に続く回廊の南側の扉から来たのですが、一方通行だったらしく、今は内壁と見分けが付かなくなってしまっています。戻ることは叶いません。
隼人くんは逡巡しています。
迷宮探索は基本的に “虱潰し” です。
未踏破区画に向かって移動し、地図の空白を埋めて行きます。
ですが “赤銅色の悪魔” との死闘で消耗し、なにより斥候 の五代くんを欠いている現状では採りづらい選択 でした。
「近い方から調べていきましょう。その方が効率的です」
隼人くんはわたしの言葉にうなずき、パーティは北に進路をとりました。
わたしは一列縦隊の最後尾を守りながら頭の中で、階層の構造を反芻します。
(この階層は、三つの独立した区域で構成されています。
ひとつ目は “苔の大通り” から続く “ジグルルー信託銀行”
ふたつ目は “鏡の間” から “時の賢者ルーソ様の研究室 兼 店舗 “に繋がる区域。
本来このふたつの区域は行き来が不可能なはずですが、何者かによって “鏡の間” から銀行区域の “金塊貯蔵庫” に掘られた隧道により双方向での移動が可能になっていました。
その隧道も今は崩れてしまっています。
そして三つ目、第三の区域が今わたしたちがいる場所。
ふたつ目の区域と一方通行の扉で繋がれていて、三階で入手した “悪魔の石像” で開く “悪魔の石刻”があり、 悲劇の舞台となった “白骨樹林” へと到ります……)
(見つけ出すべきは上層への縄梯子。あるいは昇降機です。特に昇降機はすでにその存在が確認されていて、実際に “ダック・オブ・ショート” さんたちが利用して下層に降りています。
今にして思えばわたしたちも途中まで便乗すべきでした。
キーアイテムである “青い炎” を使う縄梯子の方がより重要な区域に降りられると考え、実際にその通りだったのですが……せめてこの階層での位置だけでも確認しておけば……)
「扉だ」
隼人くんの声が詮無き思考から引き戻します。
目の前には二扇の扉が並んでいました。
すぐに開けたりはせず隼人くんはまず、周辺の外縁を確認しました。
広間を占めていたのは二×二区画の玄室で、四方すべての壁に扉が並んでいます。
「い、いかにも何かありそうじゃねえか」
早乙女くんの生唾を呑み込む音が、妙に大きく響きます。
「俺が開ける――瑞穂、“聖女の戦棍” を」
罠の有無を確認できる五代くんがいない以上、最も装甲値の低い隼人くんが危険を覚悟で開けるしかありません。
わたしはうなずき魔法の戦棍を力を解放して、せめて物理的な危険から隼人くんを守ります。
強襲&強奪 時と違い例え罠があっても可能な限り作動させないように、静かにゆっくりと扉を開ける隼人くん。
扉に罠はありませんでした。
罠があったのは――。
「気をつけろ、ダメージゾーンだ!」
隼人くんの鋭い警告がパーティの足を止めます。
“反発” の呪文でわずかに浮き上がる鉄靴の下で、帯電した床がバチバチと不吉な音を立てています。
「いきなりかよ!」
白熱したイオン臭の中、早乙女くんが毒突きます。
「何もないみたいだな――次を調べるぞ」
扉の奥は一×一区画の玄室で、見渡したところ何もありません。
隼人くんはすぐにパーティを危険な罠から遠ざけました。
結局二×二の玄室は並んだ扉の奥で、四室の一×一の玄室に区切られていました。
最初の玄室には電流の床。
ふたつ目と三つ目には何もなく、四度慎重に開けられた扉の先には、床に穿たれた穴が黒々とした口を開けていました。
「強制連結路……ですね」
迷宮内の任意の座標を魔法の隧道でつなぐ仕掛け。
大概は一方通行であり落ちたは最後、戻ってくることはできません。
「一通だと思うか?」
「おそらくは。“反発” の呪文がなければ落ちていたところでしたから。これも罠の一種でしょう。だとすれば戻ってこられるとは考えにくいです」
隼人くんの問いかけに答えます。
「“紫衣の魔女の迷宮” の九階には、最下層一〇階への強制連結路があると聞きます。戻ることは叶わず、魔物は数段強力になるそうです」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず……とは言うものの、今の状態では踏み込めないな。西の回廊の先を調べてそれでも帰路が見つからなければ、その時に考えよう」
より魔物が強力になる迷宮の深層に落ちるわけにはいきません。
全員が隼人くんの判断を支持し、わたしが安西さんから預かっている地図に周辺の構造を描き込むのを終えると、パーティは引き返しました。
本来は安西さんの役目なのですが……彼女が五代くんを手放さない以上、臨時にわたしが地図係をしているのです。
五代くんを背負いながらマッピングは……出来ません。
パーティは西の回廊を進みます。
第二区域から繋がる今は内壁と化してしまった扉の前を通過し、さらに西へ。
回廊はやがて北に折れ、さらに東へとうねります。
東に三区画進むとようやく回廊は行き止まり、北側に扉が現れました。
今度も慎重に扉を開ける隼人くん。
「一方通行です」
扉を潜る都度、後方確認の癖のついていたわたしは、すぐに異変に気づきました。
「どうやら第四の区域に到達したようですね」
「第四の区域ったって……何もねえじゃねえか。ただの二×二の玄室だぞ」
「ただのじゃないわ。出口がない。罠にはまったのかも」
「お、俺たちを飢え死にさせる気か!?」
田宮さんの言葉に、早乙女くんの顔色が変わります。
早乙女くんの言うとおりにそこは二×二の玄室でしたが、入室してきた扉を含めて四方の壁に扉は確認できません。
「落ち着け――この迷宮の隠し扉は “永光”に浮かび上がらない。まずは探ってみよう」
隼人くんの冷静な声が、浮き足だったパーティを落ち着かせます。
迷宮探索者のリーダーとして隼人くんは、確かに覚醒しつつありました。
そして彼の見立てはここでも正しかったのです。
「ビンゴだ! あったぞ!」
「こっちにもよ!」
手分けして玄室内を探っていた早乙女くんと田宮さんから次々と、扉発見の歓声が上がります。
早乙女くんは北東の北側。
田宮さんは北西の西側にそれぞれ、隠された扉を見いだしました。
「どっちにする?」
「おまえのツキに賭けてみよう」
「月照のツキってわけね。いいわ譲りましょう」
田宮さんがクスッと笑って隼人くんの意見に賛同しました。
わたしにも否やはなく、安西さんは無言のままです。
パーティは北東北側の扉を慎重に開けました。
扉の奥は同様に二×二区画の玄室でしたが、北の壁に二扇の扉が並んでいました。
パーティが一歩踏み出した直後、
――バンッ!
突然両方の扉が開いて革鎧を着込んだ何人もの凶漢が雪崩れ込んできました。
第四の区域は盗賊たちのアジト――盗賊ギルドだったのです。







