迷宮樹林★
壁に彫り込まれた悪魔がまるで大きな口を開けたように、その扉は現れました。
わたしたちを招き入れる如く、すでに開け放たれている扉。
「まさに “悪魔の口の中” に……ね」
警戒する田宮さんが愛刀の柄に手を添えたまま、述懐しました。
「じょ、上等だ。異世界を股にかけるハイブリッド坊主を舐めるなよ。悪魔だろうが魔王だろうが、まとめて退散させてやるぜ」
驚かされたぶん鼻息も荒く、早乙女くんが言い放ちます。
「行くぞ。侵入直後の不意打ちに気をつけろ」
隼人くんの指示を心に刻み、パーティは悪魔の口を潜ります。
肌を刺す、これまで以上に冷やっとした湿度。
それにこれは……腐葉土の匂いでしょうか?
まるで森の直中にいるような感覚に陥ります。
それもそのはずです。
悪魔の口の中に広がっていたのは “樹林” だったのですから。
「なに……この場所?」
寒さと奇異感に安西さんが二の腕を抱いて、ブルッと震えました。
「案外 “ルーソの店の鍵” はすぐに見つかるかもしれないな」
慎重な五代くんがそんな言葉を漏らしたほど、異質な空間でした。
光も水もない迷宮に生い茂る樹林。
特別な “何か” がある場所だと思うのも無理はありません。
「まずは外縁を確かめる。林の警戒を怠るな」
樹林を遠巻きに、空間の外縁ギリギリを進むわたしたち
ほどなく周回を終え、この空間が差し渡し七区画ほどのほぼ円形をしていることが分かりました。
樹林はその中央に、南北に渡って生い茂っているようです。
「待ち伏せには持ってこいだな」
樹林を見つめて、早乙女くんが呟きました。
「ええ。近づいた途端に矢を射かけられるかも」
「いや、それよりも引き込まれた後、視界の効かない木陰や樹上から奇襲される方が怖い」
「どちらにせよ、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』です。物理的な脅威にはわたしの戦棍で対処できます。さらに万全を期すのなら――」
考えられる危険を口にする田宮さんと隼人くんに、案じた一計を説明します。
「攻防一体の計だな」
「計略に掛からない魔物もいますし、何よりも後味が悪いですが」
五代くんの言葉に、苦笑を浮かべます。
「いや悪くない」
珍しく五代くんが口に出して認めてくれました。
なんでしょう。この人は少しだけあの人に――。
「よし、それで行こう」
隼人くんが決断を下します。
わたしは懐かしい思いを断ち切り、手にしていた魔法の戦棍の力を解放します。
一振り、二振り、三振り。
これで全員が、+1相当の板金鎧二枚を重ね着したのと同じ装甲値を得ました。
あとは樹林に分け入ってからです。
パーティは各々武器を手に慎重な心構えで樹林に向かい、足を踏み入れました。
枯れた果てすべての葉が落ちた、迷宮樹林。
“永光” が林立する名も知れぬ樹木を幽鬼の如く浮かび上がらせたとき、わたしは次の一手を打ちました。
ドシャッ!
次の瞬間、頭上から落ちてきた大量の “塵” が、腐葉土に音を立てたのです。
「まだです! ネームド以上の敵との混成部隊かもしれません!」
即座に背中合わせに防円陣を組み、樹上・樹間からの襲撃に備えます。
一秒、二秒――三〇秒。
さらに警戒に身構えていましたが、脅威の気配は感じられません。
「さすがだな、瑞穂」
やがて隼人くんが口に広がる有害物質の味に顔を顰めながら、円陣を解きました。
「運が良かったのです。樹上にいた魔物がなんであったにせよ、ネームド未満でしたから」
わたしも緊張を解き、微笑を返します。
不意の奇襲をさけるための計略。
“聖女の戦棍” で “神璧” を巡らし、さらに先手を打って “滅消の指輪” で結界を張る。
広範囲に効果がある呪文です。
襲いかかろうとしていた魔物がなんであれ、モンスターレベルが8レベル以上かつ不死属でなければ、攻撃を受ける前に無効化できます。
さらに8レベル以上の他の魔物との混成部隊でもなかったようで、今回に限っては幸運に恵まれたといってよいでしょう。
「宝箱だ!」
そのとき早乙女くんが大きな樹のうろに隠されていた、宝箱を見つけました。
「いちおう玄室扱いなのね」
田宮さんが腑に落ちない表情で呟きます
玄室には先住者がいて、彼らが所有物を納めた宝箱が存在する――。
迷宮を支配する理は、この樹林でも有効なようでした。
「どうするの?」
「もちろん調べる。中に “ルーソの店の鍵” があるかもしれないからな」
安西さんに訊ねられ、即答する隼人くん。
この区域の特異性を鑑みれば、そう考えるも無理はありません。
指示を出されるまでもなく五代くんが進み出て、宝箱を調べ始めます。
他のメンバーは見通しの利かない樹間に視線を走らせ、警戒に当たります。
しばらくしてから片膝を突いて作業していた五代くんが立ち上がり、両手を挙げて慎重に宝箱から後ずさりました。
その背中には強い緊迫感が漂っています。
「枝葉、“看破” を頼む」
いつになく緊張を漲らせる五代くんに、理由を尋ねる必要はありません。
祝詞を唱え加護を嘆願すると、彼が緊迫した訳が分かりました。
「―― “電撃” です」
“電撃”……それは解除に失敗した者を灰にする凶悪極まる罠。
効果範囲はパーティ全体にまで及び、運が悪ければ一瞬で全員が灰と化します。
仮に自分一人が運良く回避できたとしても、他のメンバーが灰になってしまえば、迷宮で待っているのはそれ以上の恐怖と苦痛です。
一〇〇年前には存在が確認されておらず、五代くんも “ラーラ・ララ” さん配下の盗賊 から、構造と解除の方法を学んだのでした。
「俺の識別も同じだ」
五代くんがうなずきます。
「“黒い緞帳” の部屋と同じというけか」
隼人くんの喉からヒリついた声が漏れました。
「ええ……でも決定的に違うのは今のわたしたちには “避雷針” がないことです」
わたしたちは一度第三層の “カミカゼ寺院” で、この罠に遭遇しています。
あのとき俗物、怪僧 “ロード・ハインマイン” が “黒い緞帳” の部屋に施した奸計を回避できたのは、“ダック・オブ・ショート” さんが持っていた “雷轟の杖” のお陰でした。
その杖は今、わたしたちの手元にありません。
「どうするんだ?」
五代くんが隼人くんを見ます。
押し黙る隼人くん。
通常の強襲&強奪 なら、考えるまでもなく放置でしょう。
しかし繰り返しますが、この樹林の特異性―― “時の賢者ルーソの店の鍵” がある可能性が、その判断を鈍らせるのです。
「まず他の場所を調べましょう。行ける場所すべてを。それで何も見つからなければ改めて調べに戻りましょう」
わたしの意見に隼人くんだけでなく、メンバー全員から安堵の気配が溢れました。
「そうだ、それがいい。というかそれしかねえよ」
早乙女くんが解れた声で笑えば、その横で安西さんがホッと胸を撫で下ろします。
田宮さんや隼人くん、そして五代くんも同様です。
わたしも吊られて口元をほころばせ――。
「遭遇 !」
直後に叫びました。
視線の先、干からびた幽鬼のように林立する樹木の間に現れた、小柄な人影。
病的なほどに蒼白い肌を怪しく輝かせる、一糸まとわぬ少女。
“妖精”!?
いえ、森の中ですから―― “樹精” !?
「敵か!?」
「わかりません! ですが用心を!」
警戒を発する口からは、すでに嫌な後味は消えていました。
武器を構えるわたしたちの目前で “樹精” が、瑠璃の鈴を鳴らすような澄んだ声で歌い出しました。
心に忍び込む、白痴美と表現するしかない無垢な表情。
(呪歌!? それなら“静寂” を――)
ハッと我に返ったわたしがそう思ったとき、
ボッ!
歌声に呼ばれたように “樹精” の頭上に、人間の頭大の火球が出現しました。
心臓のように脈打つ度に倍々に膨れ上がっていく火球。
「状況、赤!」
わたしは叫びました!
それは “低位悪魔” が越次元してくる前兆!
ですが、とうに山羊の頭を持つ四本腕の悪魔が現れる大きさにまで膨れ上がったというのに、橙色の火球はさらに膨らみ続けます!
そしてそれが見覚えのある、記憶の底の底にまで焼き付いて離れない大きさにまで膨張した瞬間、ついに魔界との門が開いたのです!
現出したのは水牛のように太くねじれた角を持つ巨大な悪魔!
ですがその色はあの冷たい蒼氷色ではなく、対照的な赤銅色!
蒼氷色の悪魔の亜種! 赤銅色の悪魔です!
次回、エバ・パート、いよいよクライマックス!
vs “赤銅色の悪魔” 戦、開始!







