発動
弓勢鋭く五代くんの放った矢が、スイッチに命中しました。
その瞬間――。
“職員の皆さん、おはようございます! さあ、今日も一日頑張って働きましょう! 職員用玄関を開放しました。セキュリティーを営業準備モードにしました。朝礼を行ないますので、速やかに着替えて集まってください。金は迷宮の回りもの。借りて貸して増やして返す。トイチ、トイニには当たり前”
魔法で録音された軽快な音楽と音声が響き渡り、遺構 “ジグルルーの信託銀行” が、長い眠りから目を覚ましたのです。
「しゅ、趣味が悪いぜ」
「気を抜くな。他に異常はないか?」
「この玄室に関してはなさそうです。ただ……」
早乙女くんが冷や汗を拭い、隼人くんが確認し、わたしが答えます。
……ブゥン……ブゥン……。
身体に伝わる駆動音と振動が不気味です。
「何かが再稼働したみたいだな」
五代くんが短弓を手にしたまま呟きました。
用心深く、すでに次矢がつがえられています。
「よくは知らないんだけど……この部屋って銀行の支店長室みたいな感じ? つまりセキュリティを操作できるような?」
「たぶん……支店長室でセキュリティの操作ができるかは知らないけど」
田宮さんに、心許ない面持ちで同意する安西さん。
「どちらにせよ、セキュリティは生きているようです。罠や守護者の存在が考えられます。気をつけましょう」
「銀行だけに、ガードマンだな」
そうですね――と、早乙女くんに微笑みます。
「これ以上変化はないようだ。他を調べよう」
隼人くんの判断にわたしたちは玄室を出て、回廊を引き返しました。
「見ろ」
ふたつめの分かれ道まで戻ったとき、五代くんが異変に気づきました。
行き止まりになっている北の回廊に、奇妙な物体が出現していたのです。
「な、なにあれ……?」
二区画先に浮かぶ『四つの円盤』を見て、安西さんが困惑します。
「セキュリティーが『営業準備モード』になったので出現したのでしょう」
わたしは円盤を観察しながら言いました。
円盤は縦横二個ずつ並んでいて、それぞれに薄く青・赤・緑・黄の色が着いています。
「なんだと思う?」
「『営業準備モード』なら入室用の暗証端末……でしょうか。想像ですが」
訊ねられるまま隼人くんに、浮遊する円盤の印象を述べます。
「そうだな……」
嘆息混じりにうなずき、隼人くんは決断しました。
「どちらにせよ、作動させてみないことには道は拓けないだろう――五代、頼む」
「どれを狙う?」
「任せる」
再び矢筒から矢を抜き、短弓につがえる五代くん。
ごく自然な動作で弓を引き絞ります。
訓練場で短期間の訓練を受けただけのはずですが、どうして堂に入っています。
「青を狙う」
宣言するや、五代くんは矢を放ちました。
矢は狙い違わず青い円盤を直撃します。
「やるじゃない」
「最初に言っておかないと、外れがたまたま別のに当たったように思われるからな」
「プライドが高いんだから」
笑顔を向ける田宮さんを無視して、五代くんが次の矢をつがえました。
「反応がない。結局外れだ――次、赤」
再度矢が放たれ、今回も宣言どおり赤い円盤に命中しました。
次の瞬間。
“おはようございます! まずは着替えて、それから清掃。綺麗な銀行に、綺麗なお金。マネーロンダリングが必要なお客さまには、必ず当行を勧めてください”
またも魔法の音声が流れて、行き止まりだった回廊が開いたのです。
「こういう仕掛けか」
「適切な円盤に触れるとセキリュティーが解かれて、入行できるというわけね」
納得する隼人くんに、田宮さんがうなずきます。
「すごい! すごい! 二本とも命中だよ!」
「いいから進もうぜ。日が暮れちまうよ」
はしゃぐ安西さんを無視して、早乙女くんがどこか不機嫌そうに鼻を鳴らしました。
安西さん――というよりも、五代くんの活躍が面白くないのでしょう。
「よし、進発だ」
不満げな早乙女くんに彼と五代くん以外が苦笑し、わたしたちは新たに拓けた回廊を進みました。
そして……そこからが本当に大変だったのです。
“ジグルルーの信託銀行” は、わたしたちの想像をはるかに超えて複雑な構造をしており、侵入者を翻弄し続けたのです。
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「……まただ」
「……これで何回目?」
「……七回です」
「……もう何十回も押してる気がする」
二×二の苔むした玄室。
その壁に備え付けられたスイッチを見つけたわたしたちには、徒労感が充ちていました。
四つの円盤を操作して行き止まりの回廊を開くと、その先には二×二の玄室が現れ、室内には新たな四つの円盤を出現させるスイッチがある……。
この数時間、ずっとその繰り返しなのです。
時空が歪んでいる迷宮ならでは感覚……疲労です。
「……押すぞ」
「……頼む」
五代くんが何度目かとなる動作で、矢をつがえます。
何度も拾って再利用しているので鏃は欠け、武器として用はなしません。
矢が放たれます。
疲労による集中力の欠如。
慣れによる危機感の鈍磨。
けたたましい “警報” が響き渡りました。
「――気持ちを切り替えてください! 遭遇 です!」
円盤を出現させるスイッチと思い込み “警報” の罠を作動させてしまったパーティに、わたしは叫んでいました。
動揺して隙を作ってしまえば、被害の拡大を招くだけです。
「先手は取られてない! 迎え撃つぞ!」
「「「「おう!」」」」
リーダーの叱咤に、パーティは一瞬で冷静さを取り戻しました。
いずれも灰と隣り合わせの迷宮で揉まれ生き抜いてきた、古強者たちです。
世間知らずの高校生ではありません。
玄室の外から多数の跫音が近づいてきました。
(多い。ですが人数に比して、騒々しくはありません。おそらくは――)
「“盗賊”、六×二集団!」
入り口に現れた予想どおりの集団を見てわたしは再び叫び、次いで戦棍を掲げました。
最高級の魔法の戦棍に封じられた “神璧” の加護が、祝詞を唱えての嘆願よりも圧倒的に速くパーティを包み込みます。
「おおっしゃ! 俺も行くぜ――厳父たる男神 “カドルトス” よ!」
早乙女くんが士気も高々に片方の集団に向かって “棘縛” の加護を嘆願すれば、安西さんももう一方に向かって “氷嵐” の呪文を唱えます。
“盗賊” たちは魔法を唱えるふたりに突進してきますが、“神璧” に守られた前衛の三人が立ち塞がります。
「――発っ!」
田宮さんが裂帛の抜き打ちで斬って捨てれば、隼人くんの魔剣が軽装の頭骨を叩き割ります。
身軽なうえに、この階層に慣れているはずの “盗賊” たちを圧倒する、ふたり。
厚い苔に覆われた床は非常にスリッピーで、いかに身軽でスパイク付きのブーツを履いた “盗賊” といえど足を取られます。
田宮さんと隼人くん、そして――五代くんは取られません。
ドサッ!
背中に短剣 を突き立てられた “盗賊” が、一瞬で背後に回った五代くんの足下に倒れました。
前衛が防げるのはここまでです。
残りの “盗賊” は九人。
そのうち前列にいる三人が、詠唱中の早乙女くんと安西さんに迫ります。
ふたりを守る最後の壁は、わたしです。
(――先頭のひとりを防げば、魔法が完成する!)
やはり接地状態の悪さから、突き進んでくる “盗賊” たちには若干のラグがありました。
最初のひとりを防げれば、この戦闘の趨勢は一気にわたしたちに傾きます。
逆にわたしを斬り倒し、早乙女くんと安西さんの詠唱を妨害できれば、俄然 “盗賊” たちが有利になります。
さあ、来ました。
ここが今回の分かれ目、切所です。
“盗賊” が細身の曲刀を振り下ろし、わたしは右手の戦棍でそれを受け止めました。
“盗賊” の口元が、ニヤリと歪みます。
軽い曲刀と重い戦棍。
どちらが先に二ノ太刀を振るえるかは明らかです。
ガンッ!
すくい上げるように振られた『盾』の角が “盗賊” の顎を粉砕した瞬間、早乙女くんたちの魔法が完成しました。
不可視の棘が前列の残りを絡め取れば、カミソリよりも鋭い無数の氷片が後列の六人をズタズタに引き裂きます。
「シールドバッシュには円盾より、方形の盾の方が向いているのです」
警察式のシールドバッシュで先頭の “盗賊” を退けたわたしは、“反発” の呪文で苔むした床から浮く足先を、残るふたりに向けました。







