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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
530/669

望み★

挿絵(By みてみん)


 “君主の聖衣(ローズ・ガーブ)” が立ち昇らせる蒼白いオーラを背に、探索者たちが戦慄していた。

 もう誰の意識も、ドーンロアにはなかった。

 回廊の先から押し寄せる妖気が無理矢理、彼らを釘付けにしていた。


 探索者のうち四人は “永光コンティニュアル・ライト” の届かぬ迷宮の深みから放射される気配を、すでに肌に刻んでいた。

 あの狂乱の舞踏会で、刻みつけられていた。


「……()デッドのお出ましだ」


 アッシュロードの引きつった声に呼応して、闇の中から “僭称者(役立たず)” が現れた。


「どうしてこんなところに!」


 フェリリルが(おのの)く。


「こいつがもしかして……!?」


「ああ、俺たちがこんなところに潜ってる理由を作った存在だ」


「……迷宮支配者(ダンジョンマスター)のお出ましか」


 ジグの呟きにレットが答え、カドモフが押し殺した声を漏らす。


「……分かたれた魂の相克(そうこく)か」


 アッシュロードとその背後のドーンロアを見て、“僭称者” が口を開く。

 ゾッとするほど年老いた声だった。

 (かす)れ、しゃがれ、生命の潤いの一滴すら感じさせない声。


「……よい余興じゃ、続けるがよい」


「余興だって!? あんた何様のつもりよ!」


 種族的に恐怖(フィア)に強い耐性を持つパーシャがようやく我に帰り、怒鳴り散らす。


「まるで散歩の途中でぶらり出くわしたみてえだな――エルミナーゼはどうした?」


「……望むがままに」


「なんだと?」


 ()()()の反応に、アッシュロードはペースを掴めずにいた。

 ドーンロアの指摘どおり、減らず口を叩きつつ策を練り自分のペースに誘い込むのが、やさぐれ男の常套手段だ。

 しかし突如として現れた迷宮支配者は、熟練者たちを圧する妖気を放ちながらも半ば夢現つのようであり、どうにも噛み合わない。


(まるで湿った古綿だな)


 アッシュロードが内心で毒突いた矢先、閃光が走った。

 白光が黒衣の君主(ロード)と彼のパーティを飛び越し、迷宮支配者を急襲した。

 魔剣 “貪るもの(カニバーン)” が聖なる鎧の力によってさらに斬れ味を増し、“僭称者” の頭上に振り下ろされる。


 ガギンッッッ!!!


 衝撃音が迷宮の澱んだ空気を震わす。


「ぬっ!?」


絶対物理防御アンチ・アタック・シェルじゃねえが、装甲値(アーマークラス)-20はある障壁だ」


 必殺の斬撃を無効化され無表情に驚愕するドーンロアに、アッシュロードが忠告する。

 マスターくノ一が放つ “蝶飾り(バタフライ)のナイフ” の一撃さえ弾く防御障壁だ。

 いかに “君主の聖衣” の加護で倍撃化された+5の魔剣であっても、容易に斬り裂けるものではない。


 身構えたまま “僭称者” の出方を見るしかない探索者たち。

 レットやアッシュロードも、適切な指示を出せずにいた。

 動けばさらなる窮地を招く状況が往々にしてあることに、そしてそれが今だということを彼らは経験的に、本能的に理解していた。

 パーシャとフェリリルは、舞踏会でアッシュロードが編み出した無効化されない魔法封じを考えていたが、同じ手が通用するとも思えなかった。


「……よかろう。望むがままにするがよい」


 ふっ……と “僭称者” が呟いた。

 向かい合う探索者やドーンロアにではなく、それ以外の誰かに。

 直後、迷宮支配者の背後の闇から、黄金の塊が飛び出してきた。


 アッシュロードは咄嗟に左手の小剣 “魂殺し(スレイ・オブ・ソウル)”を落とし、両手で長剣 “悪の曲剣(イビル・サーバー)” の柄を握った。

 破城槌を受け止めたような衝撃が全身に伝播(でんぱ)して、アッシュロードは一瞬で()()()()


「ま、またテメエか!」


挿絵(By みてみん)


 ガクつく足で鍔迫り合いを演じながら、アッシュロードが吐き捨てる。

 目と鼻の先には今し方のドーンロアに勝るとも劣らない鋭さで襲いかかってきた、金色の騎士。

 正義の体現者でありながら迷宮の闇に呑まれた―― “狂君主(レイバーロード)


 アッシュロードは以前別の迷宮で、同様に狂気に堕した君主(ロード)と遭遇していた。

 苦闘の記憶が、まざまざと甦る。


(アレクサンデル・タグマンの亡霊か!)


 “狂君主” の太刀筋にアッシュロードは、確かに見覚えがあった。

 だがその剣は、兄の嫉妬から悲運に見舞われた、若き君主の太刀筋ではなかった。

 眼前の黄金の兜が揺れて、さらりと栗色の髪が零れる。


「エルミナーゼか!」


 アッシュロードが愕然と叫んだ。

 金色の鎧に身を包んだ狂戦士は、命がけで彼らが救わんとしている王女だった。

 兜の奧で真紅に輝く双眸(そうぼう)

 獣じみた唸り声を上げてエルミナーゼが、アッシュロードを襲う。


「おいっ! 感動の再会なら俺じゃなくて()()だろう!」


 必死にエルミナーゼの猛撃をしのぎながら、アッシュロードが怒鳴りぼやいた。


 抱きつくにしろ、斬りかかるにしろ、まずは実の父親だろう!

 愛憎、確執、いずれにしても、まずはそっちだろう!

 なんで赤の他人の俺なんだ!?


 だがエルミナーゼの殺意はすぐ側にいる、ドーンロアにはない。


「狼狽えるな! エルミナーゼ!」


 ドーンロアの叱責の声も、今のエルミナーゼには届かない。

 狂気に憑かれた姫騎士の胸にあるのは――あったのは、いついかなる時も、たったひとりの男の名だった。


「……キサマ……コロス……コロス……!」


「願い下げだ!」


 撃剣の激烈さに、仲間たちも、娘の父親も手が出せない。

 戛然(かつぜん)と斬り結ぶアッシュロードとエルミナーゼを傍観しながら “僭称者” は短くルーンを唱えた。

 読心術(リードマインド)の魔法は興が削がれるので滅多に使わなかったが、今は唱えてもよいと思った。

 “僭称者” はアッシュロードの記憶を覗き、アレクサンデル・タグマンとの因縁を見た。


「……それも一興」


 そして “僭称者” はまた別の呪文を唱える。


「その呪文、唱えさせちゃ駄目だ!」


 パーシャが気づき叫んだときには、すべてが遅かった。

 “対転移呪文マピロ・マハマ・ディロマト” がアッシュロードとエルミナーゼを包み込み、ふたりの姿を掻き消した。

 グレイ・アッシュロードは再び仲間たちとはぐれ、何処(いずこ)かへと飛ばされた……。



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― 新着の感想 ―
[一言] Twitterでたまたまお見かけしまして、1話から一気に読んでしまいました。とても面白かったです! 続きをお待ちしております。
[一言] エルミナーゼ操られてますか。 空高と一緒に襲ってこないだけマシ、としか言いようがないですね。
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