激突迷宮
女騎士は、敵のリーダーと切り結んでいた。
王配ドーンロアの従士である彼女は準貴族であり、リーンガミル聖王国の正規の騎士に任じられている。
互いに片手剣と盾を持った基本型。
力量は同程度だったが、越えてきた死線の数が段違いだった。
一〇合、二〇合と打ち合ったあと、敵のリーダーは不意に盾の背後に身を隠し、そのまま強烈な体当たりをぶちかましてきた。
迷宮の “人間型の生き物” には時として、斬撃よりも効果的だった。
剣にばかり意識が向いていた女騎士は、突然の変化に対応できない。
相手よりもよほど軽い身体が吹き飛ばされ、地に転がる。
受け身をとって立て直すも眼前には、すで切っ先が突きつけられていた。
「くっ! 野蛮な!」
「悪いが、女騎士には慣れてる」
レットの圧勝だった。
◆◇◆
その騎士はドーンロアの郎党で、最も巨漢だった。
身の丈は一九〇センチを優に超えるだろう。
職業 は若いドワーフと同じ戦士。
甲冑の上からでも筋肉の総量が推して知れる、剛の者だった。
巨漢の騎士は当初、自分の胸ほどしかないドワーフを与し易い相手と見なしていた。
熟練者である騎士は決して相手を軽んじてはいなかったが、それだけに一騎打ちでは体格差が覆しようのないアドヴァンテージとなることを熟知していた。
巨漢の騎士はドワーフの頭上から、愛用の戦棍を打ち下ろした。
“力あるもの” の銘を持つ魔法の戦棍で、+2相当の強化が施されている。
膂力に優れた騎士には切れ味鋭い魔剣よりも、相性の良い得物だった。
巨漢の騎士は一切の加減のない乱撃を、眼下のドワーフに見舞った。
若きドワーフ戦士は頭上に盾を掲げ、元々の短躯をさらに縮こまらせて、その攻撃に耐えた。
少しでも盾が下がれば、兜ごと頭を割られる。
だがいかに “伝説の盾” といえど、戦棍による打撃をすべて吸収することはできない。
衝撃はダメージとなって盾を持つ腕に蓄積され、やがて感覚がなくなり、痺れた手から握り手が飛ぶ。
(そうやって俺が疲れるのを待っているのだろうが)
騎士は年若のドワーフが憐れになった。
やはり経験が足りないのだろう。
見込み違いだ。
自分の持久力を甘く見ている。
この程度で息が上がるほど、自分の耐久度は低くない。
しかし古強者の騎士には、油断も情けもない。
力で圧倒する勝利こそドワーフへの手向け――とばかりに、巨漢の騎士は回転を上げる。
そして――。
「はぁ、はぁ――こ、これはなんとしたことだ!?」
兜の奥、噴き出した汗にまみれた顔で、巨漢の騎士が呻いた。
こんな馬鹿なことがあろうか!
先にスタミナが尽きたのは、なんと自分の方ではないか!
騎士の耐久度は種族上限の18
だがカドモフのそれは、同じ種族上限ながら22
残酷なまでの人族とドワーフの差だった。
さらにカドモフの持つ “伝説の盾” には “鎧” と同様、治癒効果がある。
肩で息をする騎士の眼前で、ドワーフがゆっくりと盾を下ろす。
巨漢の騎士はそこに、自分を圧する巨躯を見た気がした。
「――ぬんっ!」
騎士が慌てて戦棍を構え直すより早く、ドワーフの戦斧が一閃した。
低い重心から横一文字に振り抜かれた魔斧は藁でも刈るように、騎士の両すねを刈り飛ばした。
指で弾いたチェスの駒のように、巨漢の騎士が回転する。
悶絶した騎士を、唯一無二のカドモフが見下ろす。
「“食人鬼” の方が、よほどデカい」
◆◇◆
魔法使い同士の戦いは、先手必勝だ。
ドーンロア麾下の僧侶と魔術師 は、その鉄則を十二分に理解していた。
相手に先んじて魔法を唱え、叩き込む。
だが強力な加護や呪文ほど詠唱が長く、常に最強の魔法を唱えればよいわけでもない。
詠唱時間と威力の費用対効果が、最も高い魔法を選択しなければならない。
そしてドーンロアのふたりの魔法使いは、己の加護と呪文を選択した。
魔術師が唱えたのは “神拳”
魔術師系第四位階の呪文で、魔導王国リーンガミルの魔術師師ギルドか、提携する冒険者訓練場でしか授かることのできない呪文だ。
特徴は “単体攻撃” であること。
魔術師の役目は、剣では捌ききれない集団への対応にある。
事実、同位階の “焔嵐” や “凍波” は中規模集団攻撃魔法だった。
単体への攻撃呪文は第一位階の “火弓” しかなく、それとて大概の状況では同位階の “昏睡” が選択される。
だが、すでに彼我の前衛が入り乱れて格闘を演じているこの状況では、別だ。
相手の魔術師だけを狙い撃つにはもってこいであり、さらに単体攻撃に特化しているので直撃した際の与ダメージは、“焔嵐” や “凍破”を上回る。
耐久力に劣るホビット魔術師を打ち倒すには、最適の呪文だった。
(先手を取った!)
魔術師は勝利を確信した。
相手のホビットも自分と同じ熟練者のようだが、明らかに出遅れていて、ようやく詠唱を開始したばかりだ。
たとえ詠唱の短い低位の呪文を投げつけられたとしても、同レベルの自分なら耐えられる。
“火弓” “昏睡” “雷撃” “焔爆” ――。
どの呪文が来ても耐えて、己の呪文を完成させられる。
呪文が完成に近づくにつれて、魔力が身体に満ちる恍惚感が魔術師を包んだ。
最後の韻を踏んで、印を結ぶ――。
ボグゥ!
その瞬間、今まさに完成させようとしていたのと同じ呪文がカウンターとなって、魔術師の顔面を直撃した。
(……な、なぜ?)
K.O.され意識を失う直前に頭を過ったのは、リーンガミルの出身ではないホビットが、なぜこの呪文を習得しているのか。
そして同じ呪文を唱えていながら、なぜ自分がまくられたのか。
そのふたつだった。
「スローすぎて、欠伸が出るよ」
詠唱速度に関しては他の追随を許さないパーシャが、鼻の下をこすった。
◆◇◆
聖職者同士の戦いは久方ぶりだ――と、ドーンロアの僧侶は思った。
聖職者に必要な強い信仰心は帰依する神への一途な指向性ゆえに、ひとたび疑念を抱くと容易に闇へと転落する。
そういった魔に魅入られた聖職者たちが、迷宮には数多くいた。
かつて冒険者だったドーンロアの僧侶は幾たびも、そんな破戒僧たちを屠ってきた。
だが目の前のエルフの尼僧には、そのような気配は一切ない。
迷いなき信仰に裏打ちされた自信と気高さ。
女神ニルダニスの息吹を感じるようだ。
なればこそ男神カドルトスに帰依する僧侶として、負けるわけにはいかない。
ドーンロアの僧侶はエルフの尼僧を強敵と認識し、打ち勝つ手段を考えた。
加護の嘆願では人族の自分は、エルフには及ばない。
人族の信仰心は種族上限に達しても15しかなく、エルフの20には遠く及ばない。
逆に武器を奮っての戦いでは、筋力や耐久度に優る人族に軍配が上がる。
詠唱の短い第二位階の “静寂” で相手の発声を奪い、加護を封じる。
しかる後に肉弾戦で制圧する。
(我らは神の戦士! 聖職者の力量は、加護の嘆願だけで計られるものに非ず!)
ドーンロアの僧侶とエルフの尼僧が、同時に加護の嘆願を始める。
第二位階の “静寂” の祝詞は短い。
熟練者である僧侶は瞬く間に祝詞を唱えあげ、尼僧の加護を封じた。
発声を封じられたエルフの尼僧が、戦棍と盾を持ち上げ身構えた。
けなげにも迎え撃つ気だ。
僧侶は憐憫の情を催したが、慈悲をかけるわけにはいかない。
彼に出来るのは戦棍を振り下ろす瞬間、尼僧の魂が安らかなることを男神に祈ることだけだ。
にじり寄るドーンロアの僧侶の目前で、実った麦穂のような山吹色の髪が揺れた。
(厳父たる男神 “カドルトス” よ! どうかこの尼僧に魂の安息を!)
僧侶が右手に握った戦棍を振り上げる!
歴戦の人族の僧侶が振るう槌矛は、華奢なエルフの尼僧に防ぎ得るものではない!
相手の武器を弾き、盾を割り、骨を砕き、命を奪い、その魂を――。
魂を――。
「あれ……? あれええーーーーー!!!?」
ドーンロアの僧侶が、振り上げようとした右手の先っぽがないことに気づいて、絶叫した。
痛みも出血もない。
でも手首から先が、スッパリと切断されていた。
まるでかまいたちに襲われたように。
尼僧が電光石火の一撃を見舞う。
エルフの敏捷性から生み出された遠心力の乗った柄頭が鎧の薄い部分を襲い、僧侶を吹き飛ばす。
戦意を喪失した僧侶の前に、エルフの尼僧が立つ。
「わたしのライバルが誰だと思ってるの?」
探索者一の美声で、風のフェリリルが告げた。
故意に祝詞を止めての、加護を封じられた振り。
この程度の腹芸も出来ずに、あの娘に勝てるわけがないのだ。
◆◇◆
盗賊 は、陰に潜んでいた。
視線の先には、味方の君主と鍔迫り合いを演じる、もうひとりの君主の無防備な背中がある。
隠れる からの不意打ち 。
背面攻撃の絶好のチャンスだ。
盗賊が動――けなかった。
いつの間にか首筋に、冷たい刃が当てられていた。
「タイマンに水を差すのは、野暮ってもんだぜ」
アッシュロードの背中を突こうとした盗賊のさらに背後から、ジグの冷ややかな声が響いた。







